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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第三部 混沌の血
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第61話 混沌の血(1/2)

 やがて、空は何も映さなくなった。


 青空と同化してしまって、何の映像を見せることもない。


 俺の心に、まず湧きあがってきた感情は、


 ――胸くそ悪い。


 俺の先祖は、エルフも獣人も人間も関係なく屍を積み上げた。すれちがう全員から恨まれて当然の血だ。俺はそんな血を、どうやって誇りに思えばいいのだろう。


 いまいる場所が、滅びたロウタスの折れた茎の上であることも手伝って、俺は非常に心細く思った。


 周囲を見ると、肌寒かったのだろう、グレースやザミスが、焚火をして暖を取っているのが見えた。


 ふと、横を見ると、いつの間にかタマサがいた。


「なあ、どうかしたよ、オリヴァン」


 タマサは、俺の様子がおかしいのを見てとったようだ。優しい声で語り掛けてくれた。


「空、見上げてたよな。また何か見えたんだろ?」


「ああ……先祖のことをな。大魔王だった……。あんなやつの血を引いていることに、罪悪感しかない。その後の子孫たちも、ひどい生き方をしている人が多くて、俺はもう、どうしたらいいんだか、わからない……」


「どういうことだい。詳しく説明しな」


「英雄になりたい。大勇者になりたい。そんな俺の目指した輝かしいもの、この血のせいで、叶わないんじゃないかって……」


「落ち着け。まず深呼吸だ。ゆっくり最初から、いくらでも聞いてやるから」


 そして、俺が過去視のスキルで見た映像の内容を伝えると、タマサは深刻そうに、


「世が世ならさ、他人の大切なものを奪い続けるっていう、あんたのご先祖の生き方だって、英雄になることもあるってもんさ。だけど、オリヴァンが憧れてやまないのは、そんなもんじゃないんだよな。


わっちだってそうさ。わっちにとっての英雄は、人を思いやることができて、いつも正しくあろうと悩んでくれて、たくさんの仲間と手を繋げるような……。


とにかくさ、オリヴァン。あんたは、わっちにとったら、もう最高の英雄だよ。産まれてもいない過去の出来事なんて気にすることないだろ。あんたがやり遂げたのは世界すべてを救ったってことだ。英雄オリヴァーだって成し遂げてないんだぞ」


 ありがたいとは思った。でも正直、今はタマサの優しい言葉も、胸の奥には響いてくれなかった。


「世界を救ったのは、タマサとグレースだろ。二人の魔法だ。俺じゃない」


「そういう考え方をしなさんなって。今は、わっちの慰めなんか効果ないと思う。でも、昔のよくなかったことを言いだしたら、本当にきりがないんだぞ。


たとえばさ、わっちはエルフの血を引いているって話だけども、かつてエルフは人間を古の奴隷みたいにして扱ってたって話を聞いたことあるぞ。遊郭にいたころに、エルフの姉さんの一人が言ってたんだよ。『だから、エルフの血を引く劣った自分が遊郭にいるのは仕方のないことなんだ。悪いことをした罰なんだ』ってね……。


当時はその意味がわからなかったけど、今はわかる。でも納得はどうしても出来ない。姉さんは、自分ではどうにもならない流れを受け入れるためにそう思うことにしたのかもしれないけど、やっぱりわっちは、姉さんの言ってることは変だと思う。自分がやってないことを責められたって、本気でどうしようもないだろ。血に罪の刻印が刻まれるなんて、そんなのは野蛮な発想だろうよ」


「それでいいんだろうか」


「ったく、真面目だねえ、オリヴァンは。考え方しだいなんだよ。目の数だけ、色んな見方があるもんさ。他の誰かの目からは、世界を救ったわっちらの炎魔法だって、とんでもない悪行に見えたりすることもあり得るだろう。だからさ、誰に押し付けられたわけでもない罪悪感を、オリヴァンが背負う必要は絶対にないんだよ」


「でもさ……」


「オリヴァンは、ラック――じゃなかった。英雄オリヴァー・ラッコーンの名前に似てるだろ。オリヴァーだって、良い結果ばかり出してきたわけじゃないんだぞ。救えたものもあれば、救えなかったものもある。選んだ人がいれば、選ばなかった人もいる。


全部に責任を負って生きるなんてのは、息が詰まってしょうがねえよ。過去を受け入れるのと、過去に縛られるのは全然違うんだ。乗り越えて、明日に踏み出して行く勇気が、今のわっちらには必要なんだよ」


「ああ、ありがとうタマサ」


 俺は気持ちのこもっていない言葉を吐いて、自分と彼女との間に壁を作った。


「うっわ、今まで耳にした中で最高級にクソみたいな感謝の言葉だな。……でも、今はそれでいいよ。いつか落ち着いた時に、また話そうぜ」


 そう言うと、タマサは俺から離れていった。


 しばらく放っておいてほしかった。でも、今度は入れ替わるように、ザミスがトコトコと歩いて近づいてきた。


「オリヴァン、どうした。タマサにおこられたか?」


「違う。そういうわけじゃない……」


 しかし、怒られているというのは、あながち間違ってもいないかもしれない。あんな映像を見せられて、タマサだけじゃなく、グレースからも、世界中の全種族から怒られているんじゃないかって感覚が襲ってくる。


「いまのオリヴァン、まるで元気ないときのリールフェン。あたしが怒ると元気なくす時ある。いまそんな感じで心配した。それだけ」


「ごめんな。心配かけて。ありがとう。大丈夫だから」


「うそっぽい。グレースよんでくる」


「あ、いいよ、ザミス。本当にいいって!」


 俺はザミスの背中に声をかけたけれど、彼女はそれを無視して、焚火の前に座っていたグレースを引っ張って立たせると、俺のほうを指差して背中を押した。


 グレースが深刻そうな表情でやって来た。


「どうしたの、オリヴァン。何かあった?」


 話したくないと思った。知られたくないと思ってしまった。恥ずかしいと思った。俺を見る目が汚れたものを見るようなものに変わってしまうのが、本当に恐ろしかった。


 先祖から代々続く人殺しの血脈が、俺の中にも流れてしまっていると知られたら、誰もが離れていってしまうかもしれない。


 立ち向かう勇気が出てこない。乗り越えられる自信がない。


 俺に流れている獣人の血だけを抜いたりできないだろうか。


「ああ、こんなこと考えるのも自分勝手で欲張りな、最低な血のせいなのかな」


「血? え、どうしたの? 悩んでいることがあるなら、力になるわよ」


 グレースは強く、優しく、高潔で、美しい。


 たとえば、俺がグレースと一緒になって、子供が生まれたとする。


 もしそうなれば、その子供には、俺の血が入ってしまう。


 俺の先祖は子供を置き去りにしたり暴力をふるったり、そんなことばかりしていた。時代をこえて、何度も続けられてきた血に刻まれた犯罪を、俺がしないとも限らないし、俺より後の子孫の誰かが、獣人の血のせいで暴力的で自分勝手になってしまうかもしれない。


 俺は、こんな泥よりずっと汚い血でありながら、積もりたての雪のようにきれいなグレースと一緒にいて良いんだろうか……。


 悲劇しか起きない気がしてきた。


 悪い想像ばかりが、脳内を走り抜けていく。


 でも、まっすぐなグレースの視線には、応えなければいけないとも思う。これでお別れになるかもしれないけれど、勇気を出して、俺はグレースに打ち明けることにした。


「俺には過去を視る力があるって言ったよな。その力で見たんだよ、俺の先祖が、救いようのない最低なやつだったんだ。欲深い獣人だったんだ。そんなやつの血を引いてしまっていたことを知って、どうしたらいいのか、わからない。正直、生きていていいのかさえ、わからなくなった」


 グレースは黙り込んだ。


 いきなりだから、困っているに違いなかった。


 それでも彼女は、やっぱり彼女らしく真剣に、寄り添ってくれた。


 グレースは、美しく澄んだ声で、言葉を紡ぐ。


「タマサの話だと、オリヴァンたちの生きる世界、マリーノーツにはいろいろな人がいて、人間だからずる賢くて、エルフだからいつも偉そうで、獣人だから欲張りだ、なんて言われてきたらしいわね。でも、私ね、それはきっと、お互いに羨ましがってたんじゃないかと思うのよ。


獣人は生きる元気があって力が強く、エルフは伝統を守るのが好きで美しいものを好み、人間は目の前の問題を解決するために知恵を絞るのが得意。私がザイデンシュトラーゼンの宝物庫の中を見て回っていた時にね、そんな風に認め合って、手を取り合って生きて行こうって本気で考えてたのが伝わってきたわ。


皆がそれぞれの音を奏でて、いい音楽をつくりましょうってね。


私にとって、オリヴァンはとっくに英雄よ。歴史に深く名を刻み込む英雄にも、きっとなれる。たとえ遠い未来で歴史に残っていなくとも、私の心にはずっと刻まれ続けるわ」


 今はグレースの強く優しい言葉でさえ、心に響いてはくれなかった。


 それがグレースを苦しめ、傷つけてしまいかねないとわかっていても、俺は言葉を返さなかった。


 それでも、グレースは、持ち前の勇気で、俺の心の扉を叩こうとする。


「私ね、マリーノーツやオシェラートに行くまでは、星空っていうのを見たことがなかったの。私の世界(ロウタス)では空はずっと白いから。『別の世界(ロウタス)の空には、無数の星の粒が光っていて、とても綺麗だ』ってことは古文書に書いてあったけど、実感が湧かなかった。


夜の砂浜で目を開けたとき、初めて目に飛び込んできた、すごく感動した。


星の光は、本当に宝石みたいにキレイだった。青い空のマリーノーツよりもオシェラートの方が空が暗いから、見える星の数もたくさん増えたわね。


星々は、いつだってそこで輝いていて、ただ()えていないだけ。視えていない星々も、ともに空を照らし続けていたのよ。


伝説の英雄が明るい星で目立つけれど、知られていない英雄が、たくさんいて、見えない星々のような色んな輝きをもった人々が、人知れず、この空を彩ってきた。


オリヴァン。あなたが獣人の血を引いていたと知った今でも、誰かを殺して生き残ってきた一族の末裔だと知っても、やっぱり私はオリヴァンのことが好きよ。


もう一度、考えてみて。長い一族の歴史のなかで、悪い人もいたかもしれないけど、良い人だって絶対にいたわ。人はみんな、美しい輝きを持っているものなのよ。


なんなら、苦しいかもしれないけれど、もう一度、自分たちの一族の過去に向き合ってみて。誰かを救おうと頑張った本当の英雄が、絶対にいるわ。


そうじゃなかったら、オリヴァンが私たちと一緒にいることに説明がつかないもの。そうでしょ?」


 俺は、また返事を返さなかった。


 ずっと俯いて、色あせた地面を見ていた。


 しばらく静かな時間が続いていく。


 このままずっと放っておいて欲しいと思った。


 だが、そこで、不意にグレースが俺の肩を叩いた。


「ねえオリヴァン。あの赤ちゃんは、オリヴァンかしら」


「え」


「空をみて。絵が動いているわ」


 俺のスキルが発動していた。


「もしかして、これはオリヴァンのスキル? 空に過去の出来事が映るっていってたわよね? だったら、スキルがレベルアップして、他の人とも共有できるようになったってことかしら」


 すごく嬉しそうに、グレースは微笑んだ。


 いや、どうなのだろう。グレースにも見えたとなると、もしかしたら、これは誰かが俺たちに向かって過去を見せるスキルを使っているだけであって、俺自体には最初からスキルが無かったのかもしれない。


 そうは思いたくない。俺にはスキルがちゃんとあるんだと思いたい。でも今は、全く自信が持てなかった。


「かわいい赤ちゃんだったのね、オリヴァン」


 タマサやザミスにも見えているようで、二人とも焚火に当たりながら空を見ていた。




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