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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第三部 混沌の血
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第55話 グレースの答え

「――儂の問いに答えよ。真実を話し、その強さを儂の前に示せ」


 そしてグレースはしっかりと地面に踏み立ち、胸に右手を当てたまま、闇の紅炎龍のぎょろりとした目をまっすぐ見据えた。彼女なりの、いつでも答えを返せる姿勢なのだろう。


 怪鳥のような闇の紅炎龍が問う。


「――おぬしは、なぜ人を救いたいと思ったのじゃ?」


「救えるのは、古文書が読める私しかいなかったからよ」


「――なぜ、その古文書が本物だと思ったのじゃ?」


「疑ったことが無かったわ」


「――孤立、孤独。そんな現実から逃げようとして、信じたいものを信じただけではないのか。もしもそれが本物であれば、自分を閉じ込める狭い世界から脱出できるものだから、口実として利用した。違うか?」


「正直にいうと、自分でもよくわからないわね。そういう感情があるのかな、とも思うことがあるわ。でも、みんなを助けたいって私の気持ちに嘘は絶対にない」


「――そう思わされているだけなのではないか。王の一族に生まれた者の義務として、責任として、人々を助けなければならないと思わされているだけなのではないか?」


「私が誰であっても関係ない。私が王の娘として生まれたからじゃないわ。オリヴァンだって、ザミスだって、タマサだって、リールフェンだって、他の誰だって、私と同じように滅びの可能性を見つけてしまったら、なんとかしたいって思うはずよ。


私もね、責任とか義務とか、そういうのかもしれないって疑ったことがあった。でも、私が倒れたらオリヴァンは必死になって助けようとしてくれた。魔法を教えてくれたタマサは私が王女だとか関係なく厳しく接してくれた。ザミスとはケンカまでできた。


私の無茶なお願いに応えてくれて、無茶過ぎるお願いだったら止めてくれた。本当の仲間との出会いが、何もできない私に覚悟をくれた。私は、たまたま走り出したいと思えるような境遇に追い込まれて、たまたま大切な仲間と出会えただけ。


私は特別じゃあない。特別でいたくない。特別じゃなくても、世界が救えるんだってことを皆に伝えたいのよ」


「――受け入れられると思うか? もとの世界に帰ったところで?」


 そこから赤紫色の闇の紅炎龍は、次々に、別の声色を操って言葉をぶつけてきた。男の声、女の声、年を取った声、子供の声。多くの声を操った。


「――ああ、何もできないお転婆グレースか。あやつは王家の恥よ。いなくなって気分が晴れやかだ」


「――王家の責任も果たさず逃げ出すとは情けない」


「――まったく、じいさまの影響か。世界が滅ぶなど、馬鹿げたことを言いだして、心の病だったのではないか?」


「――これで気兼ねなく優秀な人材に国を任せることができる。旅立ちこそがあの娘の果たした最高の役目だったのだ」


「――失敗作だった。新しい跡取りを作らねばな」


「――どうか、帰って来ませんように」


「――氷や炎の下級魔法も満足に扱えないダメな生徒。王族じゃなかったら追い出していたところだ。勝手に逃げてくれて助かったぞ」


「――特別扱い、特別扱い、特別扱い」


「――次の王女様は、もっと明るいひとがいいな」


「――リールフェン! リールフェンはどこだ? おのれ、大切なリールフェンを連れ去りおって! ひとりでいなくなればよかったものを」


「――いてもいなくても、変わらないわよね。むしろ教室の雰囲気も明るくなるわよ」


「――やっぱり自分で命を絶ったのかしら。やっぱり」


「――あーあ、帰って来てくれないかな。あたしよりダメな人がいなくなっちゃ困る」


「――グレース? 誰だっけ? ああ……あれね、そんな事件もあったね」


「――新しい王女が生まれたそうよ。グレースという名前なんだって。昔逃げ出したダメ王女と同じ名前なんて、可哀想ね。それとも、昔のグレース王女のことを無かったことにしたいのかしら」


 これでもかというほど、グレースを追い詰める言葉が響いてくる。


 歯を食いしばって涙を我慢している横顔が見えた。


 俺の両脇では、ザミスとタマサが、それぞれ戦闘態勢に入っている雰囲気を感じた。


 やがてグレースは唇を開く。


「私は、たとえ私の世界のみんなが、こんなふうに言ってきたとしても。私は、助けたいって……そう言い切れるはずなの」


 震えた声で言った後、ついに涙を流した。


「でも、どうしよう……助けなくてもいいかなって、おもっちゃった」


 闇の紅炎龍は言う。


「――なんと弱きことよ」


 そしたら二人の仲間が怒りの雰囲気を強めた。


「あんたの一番の弱点は何だい? 全力で叩きこんでやる」


 タマサは耳飾りに手を触れながら。


「グレース泣かせた、たおす」


 ザミスは背中の矢に手を伸ばしながら。


 どう考えたって無理な相手だ。俺たちが歯の立たなかった下っ端魔族よりも遥かに上。案内人の黒紫の魔族さえ、崇敬の念を禁じ得ない魔神の紅炎龍。俺たちの戦闘力では、かすり傷一つ付けられないだろう。


「待って、いいの」


 グレースは震えた声で二人を制した。


 それでタマサは耳飾りから手を離し、ザミスは弦に引っかけようとしていた矢を籠に戻した。


「ありがとう、闇の紅炎龍。現実を突きつけてくれて感謝するわ。私が無意識のうちに考えないようにしてたってことがわかったわ。きっと故郷では、立場にとらわれて、私のほうからみんなを遠ざけてしまっていたのよね……。


今度こそ、ちゃんと私の世界の人たちを助けたい。みんなで一緒に生きていきたい。


私はとても弱かった。逃げてばかりだった。旅に出るときだって、こっそり出てくるべきじゃなかった。ちゃんと両親も説得して、先生や学友たちにも挨拶をして、堂々と踏み出して見送られるべきだった。後悔はしていないけれど、正しいやり方じゃなかったのよね。……ただ、一つ、言わせてほしい」


「――ふむ、聞こうではないか」


「それでも私は弱くない! さっきも言ったはずよ。私一人じゃ立ち向かえなくても、いつもオリヴァンがこっそり支えてくれる。リールフェンが寄り添ってくれる。タマサが時に厳しく私の力を引き出してくれる。ザミスが私なんかと対等に派手に張り合ってくれる。だから私は何でもできる! 私は強い!」


「――ほう、じゃが、いずれ、おぬしは一人に戻り、試練の日々が訪れるじゃろう。その時、どうするつもりじゃ?」


「今度は逃げないわ。一人になっても一人じゃないもの。私は、世界を救うために旅をして、短い旅のなかで、大きく変われたと思う。もう立場なんかにとらわれない。ただのグレースとして、みんなと仲良くなってみせるわ」


「――逃げてきたことに気付いてなお、特別な立場を捨てると吐き捨てるか。……儂は、弱き者を見るのが嫌いでな。そういう者には、死をくれてやるのが儂の楽しみなのじゃ」


「私は弱かった。でも今は強い! だから何が起きても死なない!」


「――傲慢なことよ。それは、おぬしの決めることではない。儂の決めることじゃ」


「ここに、死ぬべき者がいるとでも?」


「――これが答えじゃ」


 大きく開いた口。その牙の先に真っ赤な光が溜まる。その光景を確認した次の瞬間にはもう、赤紫色の怪鳥は真紅の炎ブレスを吐いた。


 熱気を伴った風圧が襲い、目の前に炎が迫った。


 俺もタマサもザミスも助けに走ろうとしたが間に合わない。グレースが手の届かないほど前に出ていて、回避する余裕など無かった。


 俺も助からないと思った。


 目を閉じてはいけないと思った。


 もしも最後になるのだとしても、命が散るその瞬間までグレースの姿を焼き付けておきたいと思った。


 グレースは微動だにしなかった。きっと目を閉じることなく、怪鳥のような龍をしっかりと見据えているのだと思う。


 するとブレスが直前で曲がり、俺たちをかすめるように通り過ぎていったのが見えた。


 そのまま数分、いや時間としては長く感じてたのだが、もしかしたら数秒のことだったのかもしれない。


 炎ブレスは絶妙に俺たちを避け、一本の髪の毛を焼くこともなかった。岩肌を完全に溶かして穴をあけてしまった。どろどろの溶岩が冷えて固まり、だんだんと黒くなっているのが見える。


 分厚い岩盤を溶かし貫いて、遠くにロウタスの外側が見えるほどのトンネルが誕生した。


「――弱き自分に立ち向かえる者をこそ、儂は勇者と呼ぶことにしておるのじゃ」


 突然訪れた命の危機と、助かった安堵感から、身動きもできないし声も出てくれない。


 闇の紅炎龍という名に相応しいレベルの炎を撒き散らした怪鳥は、ぎょろりとした目を寄せて、俺たちの背後に視線を送る。


「そこの新たに生まれた穴から出るがよい。儂が直々に、おぬしらを運んでやろう」


 そう言うと、俺たちの前から突然に姿を消してしまった。


 炎をまとった龍が消え、暗闇になる。新しくできた巨大な穴から入ってくる微かな明かりで、互いの顔が何とか見えるくらいの暗さになった。


 沈黙、静寂。やがてそれを破ったのは、腰を抜かして座り込んだグレースの、


「こ、こわかったぁああ!」


 という、安堵の叫びだった。


 それで静止の呪縛から解けたようで、タマサとザミスが駆け寄って、ぺたぺたとグレースに触りながら無事を確かめ、勇気を称えていた。


 そんな優しさしかない光景を眺めていると、立派な巻角を生やした黒紫色の魔族が、歩み寄ってきた。


 地底に暮らす闇の龍とのやりとりを、遠巻きに見守ってくれていたようだ。


「おめでとうございます、みなさん」


「ああ、これで、なんとか帰れそうだ。案内をありがとうな、えっと、カバリリィさんだっけ?」


「いえいえ、オリヴァンさん。こちらも珍しいものを見させてもらいました。あなたがたの旅が、どうか安全で実りのあるものでありますよう、祈っております」


 黒紫の魔族と、意識を取り戻したウマ頭とカニ頭に見送られ、俺たちは光の射す穴に向かって歩み出した。




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