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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第三部 混沌の血
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第53話 不戦の契約

 ピンチだと思った。でも、「争うつもりはない」と黒紫色の魔族は言った。


 身体は通路の天井に迫るほどで、俺の軽く二倍以上はあり、光沢のある黒紫色のボディ。頭からは、ねじれた角が生え、目は赤く妖しく光り、牛や羊のような顔で、隆々と盛り上がった筋肉をもち、つま先立ちで歩行する。


 見た目は禍々しい、いかにも悪魔の風貌であるが、女性のような声であり、どこか優しげな印象を受けた。


「我々の部下が、大変失礼をいたしました」


 とりあえず、代表して俺が魔族と話をする。


「えっと、わけがわからないが、助けてくれてありがとうって言う場面なのかな」


 俺がそう言うと、悪魔は申し訳なさそうに、


「とんでもないです。本当にすみませんでした。我々誇り高き地底の支配者バホバホメトロ族には、襲って来ない人間に手を出さないという契約があります」


「契約?」


「かつて、我々バホバホメトロ族の長が敗北を喫し、その際に約束させられたといいます」


 最強の魔族を屈服させてくれたその人に大感謝である。


 魔族はさらに話を続ける。


「それに関連して、みずからの縄張りにいる一定以上の力を持つ魔族を制御し人間を襲わせないという契約があるのです。ですので、あやうく契約違反になるところでしたね。わたしが未熟なばかりに、あぶなかったです」


 魔族はカニ頭とウマ頭を引きずって、通路を先に進むと、広い空間まで俺たちを導いた。


 そして、岩の床に座り込むと、気絶するカニ頭とウマ頭を左右の手で撫でながら、最強魔族は微笑んだ。


「この子たちも久々に人間に出会えて(たかぶ)ってしまったようです」


「久々って、どれくらいぶりなんだ?」


「数えていませんが、百とか千とかですかね。なにぶん、陽の当たらない洞窟は、時間の感覚がありませんので」


「ずっと、このオシェラートの地底で暮らしてるのか?」


「ここだけではありません。あらゆるロウタスに我々の血は広がっています。それはそうと……こんなところまで何をしに来たのですか? あなたがたの中にも、魔族と関わりがある者がいるようですし、何かの縁です。力になりたいのですが」


  ★


 グレースが恐怖をこらえ、勇気を出して口を開き、事情を説明した。


 自分たちがもともと、ここよりも高いところにある世界(ロウタス)から落ちてきて、そして帰りたいのだということを。


「む? 上に上がりたい、ですか? それは困りましたね……方法が無いわけではないです……けども……」


「何か問題があるの?」


「それはですね、グレースさん。単純な話、あの方が人を通すことは滅多にないのです」


「あの方?」


「あの方は、とにかく強く、我々魔族より圧倒的な力を持ちます。あの方の前に出て無事でいられるかというと……前例がないわけではないですけれど、うーん……いやぁ……でもですねぇ……」


「やたら歯切れ悪いわね」


「かなり厳しいと思いますが、その強さを証明できれば、あるいは……」


 その言葉を耳にした時、矢を拾って戻ってきたザミスが割って入った。


「戦って勝てばいいか」


 矢が三本しかないし、さっきの魔族に全然通用しなかったのに、その自信はどこから来るんだよ。


「待て待て、ザミス。たとえば、目の前のこの魔族にお前が本気で矢を放って、ダメージを与えられると思うか?」


 俺が言うと、ザミスは首を傾げた。やわらかな金髪がふわりと揺れる。


「なぜか。この人たすけてくれた。いい人。弓矢うつ必要ない」


「たとえばの話だよ。この超強い魔族のひとでさえ、その、あの方って存在の前では(かしこ)まって頭を垂れるレベルらしいぞ。ザミスの弓が通じるものかよ」


「そんなわけない。あたしの矢、つよい。あたれば」


 この発言に、魔族は立ち上がった。


「なるほど。いいですよ、ザミスさん。私に矢を撃ってみてください」


 気に障ったのだろうか、もしくは弱さを痛感させて諦めさせるつもりなのだろうか、それとも単純に俺たちの強さを確かめるという意味合いもあるかもしれない。


「でも、あぶない。ケガする」


「おやおや何をおっしゃいますか。半端な弓スキルなんかで我々に傷をつけることなどできませんよ。私、『再生のカバリリィ』は、一族の中で最も丈夫だと言われております」


「え、ほんとにやるか?」


「ええ」


「え、ほんとに撃たなきゃだめか?」


「試してください」


「でも」


「いいですから」


 助けてくれた恩もある生き物に対して矢を向けるのに抵抗があるのだろう、ものすごく撃ちたくなさそうなザミスだった。


 しかし、どうしても撃ってほしいようだったので、彼女はしぶしぶ矢を籠から取り出した。


「……じゃあ、右の腕うつ。かまえろ」


「構えなど必要ありませんよ。どこからでもかかってきてください」


 と、そこでザミスが弓を構える前に、タマサがザミスの弓を掴んだ。


「ちょっと待ちなよ」


「ん? なんですか」と魔族。


「別に止めようってんじゃないよ。ただ、その前に約束しな。ザミスが矢を撃っても、反撃とかは無しだ。人間に襲われたってことにされて、反撃の口実にされちまうかもしれない」


「おや、そんなこと、考えてもみませんでしたね。さすが人間、ずる賢いです。もちろん、お約束しますよ。あなたがたに対して、敵意は一切ありません」


「わかった。ザミス、やってみな」


 タマサは弓から手を離し、優しくザミスの背中を押した。


「じゃあ……」


 ザミスは数歩下がって距離をとり、弓を構える。


 籠から矢を取り出して弦にかけ、強く引っ張ったとき、ザミスは集中して引き締まった顔になった。


 凛として、誰をも寄せ付けないような雰囲気を纏った。


 そうして無言で放たれた矢は、洞窟内の空気を切り裂いて、真っ直ぐに飛んでいく。


 矢は目にもとまらぬ速さで、筋肉の塊だった魔族の左腕を貫き、はるか遠くの岩に突き刺さり、岩に蜘蛛の巣のような形のヒビを入れるに至った。


「ウァッ!」


 明らかに悲鳴をあげた魔族。しかし、


「い、いたくないです」


 俺は、「いや、そんなわけないだろ」とツッコミを入れざるを得ない。


「えっとぉ、右腕のはずじゃあ……」戸惑いの魔族。


 確かに、さっきザミスは、右の腕に向かって撃つと言った。でも、ザミスから見て右側だから、魔族側からみると左腕になるのだった。


 魔族が右腕で涙を拭っていたのを見て、ザミスは、張りつめた雰囲気から一転、ハッと我に返った。


「わ、わ、ごめん。だいじょぶか?」


「平気です。すぐに治りますので。私は一族の中でも最も再生能力に優れているのでね」


 そう言っている間にもう、魔族の身体は修復され、どっちの腕に穴が開いたんだかもわからなくなるほど元通りになった。


「おおすごい。治った」


「それにしても、すごい威力でしたわね」


「どうだ。そのおまえよりスゴイやつ、あたしの力、認めてくれそうか?」


「いえ、弓の技とか見せたところで、それが理由で認められるなんてことは、まず無いと思いますよ」


「えっ、じゃあ、なんで撃たせた……」


「いやその、ちょっと、人間とかエルフより強くてスゴいんだぞッてところを見せつけたくてですね、ハイ……。欲張って調子に乗りすぎでしたね」


 黒紫色の最強魔族は、フフッと自嘲気味に笑った。


 この一連の行動を見ていて、俺は安心していた。見た目とは裏腹に、魔族だってちゃんと話が通じるし、そして、これから会うことになるであろう強い力を持つ何者かというのも、戦いの力ばかりを基準に物事を考えてるわけじゃないってことが推測できたからだ。


「武力での戦いでは何も解決しないんだってことだぞ、ザミス」


「じゃあ、どうやって解決するか。あたし、これしかできない。認められないと上いけない。なにすれば認められる?」


「そうだなぁ……そんなに焦って力を見せようとしなくていいんじゃないか? たぶんだけど、ザミスがさ、これから先、どうしたいのかってのが大事だ」


 ザミスは、しばし考え込み、


「わからない。でも、助けたい。守りたい。グレースたちと一緒にいたい」





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