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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第三部 混沌の血
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第52話 ウマ魔族とカニ魔族

「これは、逃げた方がよくないか?」


 俺の頬を冷や汗が伝っている。


 タマサはこくこくと頷いて、俺の後ろに隠れた。


 グレースやザミスは、オオカミの背中にいる分、安全が確保されていると思う。リールフェンは吹雪よりもはやく走れるから、なんとか逃げ切ることができるだろう。


 問題は、俺よりも圧倒的に戦闘力があると思われるタマサが、俺を盾にしようとしていることだ。


「あの、タマサ。あいつらと戦ったら勝てたりする?」


 頭の後ろで、ぶんぶんぶん、という音がした。否定の風圧が首筋を撫でる。


 遠くで松明のようなものを持って徘徊しているのは、二体の半獣半人の形状をした生き物だった。両方とも、頭が人ではない。片方は両目が上に突き出し、手がハサミ状になっていて、カニっぽい。もう片方は長い牙が生えてはいるが、馬のようなシルエットだった。


 異形の怪物を目の当たりにして、俺は恐怖に包まれた。


 そいつらは、人語をザミスよりも流暢に操ってこう言った。


「ウマそうな人間のニオイがスル。恐怖スル人間のニオイだ」


「言われタラバ、タシカニ」


 獣頭の人型徘徊生物を岩陰からのぞき見ていた俺だったが、カニのほうと目が合った。続いて、馬の血走った目も俺を見た。


 こっちに向かって走ってきた。


「うわ、まずいタマサ。逃げるぞ!」


「あ、ああ」


 俺はタマサの手を握って、来た道を引き返して駆けだした。


 その後をオオカミがついてくる。すべての荷物を背負ってグレースとザミスを乗せていてもなお、追いつかれることなく、氷魔法で牽制さえしてくれている。


 魔族と思われる生き物は、興奮を抑えきれない。


「ヒヒィッ」


「ほんとにニンゲン! 何十年ぶりだかにぃ!」


 声を裏返し、口から体液を撒き散らしながら追いかけてくる。


「ま、まちなよオリヴァン、わっちは体力勝負は苦手で」


 タマサは走るのが速くない。その上、ひらひらした服装も彼女の動きを制限している。


「言ってる場合か!」


 俺はタマサの背中から腰に手を回し、横に抱え込んだ。


 タマサの足が浮いて、俺は一人分の重みを片腕に抱えながら逃げる。


 なんとか、追いつかれずにしばらく逃げることはできたが、しかし、来た道を戻るということは、行き止まりに行き着くということを意味する。


 洞窟に入った時に、退路は岩で塞いでしまった。


 もはや、戦うしかない。ヒヒヒヒと笑ったり、口から泡をぶくぶく吐いている禍々しい生き物との対決は避けられない。


 こちらの戦力は、ザミスの矢が三本、威力を極限まで落としたタマサの魔法、リールフェンの氷魔法。それだけ。


 相手の力は未知数だが、人間を見て躊躇なく襲ってくるような魔族なのだから、多くの人間を倒してきたってことだろう。


 ザミスがオオカミから飛び降りて、矢を掴んで弓にかける。


「くるな。矢ささったら、いたい」


 牽制。


 しかし、カニの頭をした魔族は、お構いなしに突っ込んできた。


 ザミスも華麗な足さばきで回避を試みたが、カニの攻撃が弓を弾き飛ばし、矢は放たれる前に地面に落ちる。攻撃することもできなかった。ハサミがザミスの顔のすぐそばを過ぎ、金髪が数本、宙を舞う。


 それでザミスは怒った。


「なにするぅ!」


 距離を取りながら残り二本の矢を同時に弦にかけ、放った。


「おっと、当たらないカニぃ」


 冷静さを失った攻撃であったためか、軌道は簡単に読まれ、矢はかすりもせず。


 これであっという間に三本の矢を失ってしまった。残りの矢はゼロ。あっという間に無力になった。


 敵が強いのか、ザミスが弱いのか。


 答えはすぐに出た。


 リールフェンが大きく口を開け、氷魔法を放ったが、当たらない。岩肌に無数の穴をあけるだけに終わった。


 タマサは呼吸を整え、ザミスを救うべく魔法の準備に入ったが、小さな雷も、小さな炎も、当たらない。不意をついて地面から飛び出させた小さな土の槍が顔面にヒットしても、有効打には程遠く、土の槍のほうが折れてしまった。


 連続の魔法使用が心身にこたえたようで、タマサはふらつき、岩壁に背中と手をついた。


 あれ、敵、めっちゃ強すぎない?


 おそろしく俊敏で、強靭な身体を見せつけられて、なすすべ無しの絶体絶命なんだけど。


「姉さんたちの耳飾り、使うしかないか。オリヴァン、何属性がいい? 氷以外な」


 大魔法が封入されているという耳飾りだが、ここは洞窟内の狭い通路だ。


「なあタマサ。こんなとこで、それを放って、大丈夫なのか?」


「はははっ、誰も無事じゃ済まないけど、こいつらも巻き添えにできるだろ」


「落ち着け! あと、なんとか脱出する方法はないか? 頭の上に穴をあけて、リールフェンに乗って飛び出せば、なんとか逃げられやしないか?」


「わっちの様子をちゃんと見てごらんよ。もとあった岩を動かすだけの魔力が残ってると思うかい?」


 自分を指差す手が、小刻みに震えている。腕を上げるのにも、相当しんどいようだ。


 どいつもこいつも、限られた戦闘力を無鉄砲に使い過ぎなんじゃないかな。


 なんて、戦力ゼロの足手まといが言う資格は無いか。


 完全な窮地に陥り、ついにグレースが唇を開く。指先でゆっくりと三角形を描きながら、呪文の詠唱。


「――掠め取られた炎に非ず! 地底に叫ぶ業火に非ず! 我が清き煌きを以て、層雲を散らし、澄み渡る(から)に相見えん! マクシマムフラム!」


 それは、間違った呪文である。しかし、この場所では、間違った呪文とは思えないほどの威力が出るのだ。


 周囲の強い魔力の影響か、タマサの特訓の成果か。以前よりも強い爆発的な炎を前方に発生させた。視界がオレンジ色に染まる。熱と炎でカニと馬にまとめてダメージを与え、「シェェエ!」とか「ヒィイイ」とか苦しむ声が響いた。


 爆風に、俺たちは顔を覆った。


 敵には直撃であり、どう考えたって事態を好転させる隙が出来た。


「グレース、最高だ」


「あら、オリヴァン今頃気付いたの?」


 苦しいだろうに強がるグレースの腕を掴んで支え、耳元で言ってやる。


「前から知ってたさ」


 リールフェンに乗って魔族の横をすり抜けるなり、タマサの回復を待って岩をどかして脱出するなり、生存の可能性が生まれた。


 とにかく、袋小路から脱出して、休める場所に向かう必要がある。


 前か、後ろか、俺の判断に、みんなの命が掛かっている!


「みんなで横をすり抜けるぞ。リールフェン、皆を乗せて走れるか?」


 まかせろ、とでも言わんばかりにキリッとして、オオカミらしい表情になったのも束の間。


 前方の敵に、大きな動きがあった。


 炎魔法によって発生していた土煙が晴れてきたとき、少し傷ついた敵のうしろから、三体目の魔族があらわれたのだ。


 光沢のある黒紫色のボディ。頭からは、ねじれた角が生え、目は赤く妖しく光り、牛や羊のような顔で、隆々と盛り上がった筋肉をもち、つま先立ちで歩いてくる。


「なに遊んでんですか、おまえたち」


 女性っぽい声だった。


 馬の魔族は、これまでの興奮と威勢はどこへやら、急におとなしくなって、


「カバリリィ様ッ、なぜこのようなところに?」


「人間のニオイがしたからです」


「そんなぁ、せっかく久々の獲物だと思ったガニぃ……」


 カニの魔族は意気消沈、がっくりと肩を落としている。


 せっかく俺たちを食らおうとしていたのに、上司の邪魔が入って獲物を横取りされる、みたいな状況なのだろうか。


 祈るのは、あの新しく登場した魔族が、見掛け倒しのザコ魔族であることだけだ。


 しかし、次の瞬間には、新たに登場した魔物は左腕でウマ魔族の腹を殴り抜いて沈黙させ、右腕でカニ頭の顔面にヒビを入れて気絶させた。


 絶望的な強さに見えるのだが。


「なあタマサ、なんか、もっとヤバそうなの来たけど、あれ、なんだ」


 俺の疑問に、彼女は、諦めの色を帯びた声で答えてくれた。


「ありゃ、バホバホメトロ族だな。あのサイズは、子供の個体だと思うけども」


 子供とは言うが、見上げなくてはならないほど目線が高く、俺の二倍以上の身長があった。横幅なんか俺とは比べ物にならないくらいに(たくま)しい。


 ねえ、バホ何とかメトロ族って、他ならぬタマサが、さっき最強の魔族だって言ってなかった?


 その魔族さえあらわれなかったら大丈夫だ、とかへらへら笑いながら言ってなかった?


 言わんこっちゃないとは、まさにこのこと。


「オリヴァン、大魔法、撃っていいかい?」


「できれば一撃で楽になれるやつを頼む」


「いやいや、諦めんなオリヴァン。なんとか生き残れるよう全力は尽くしてみせるよ」


 しかし、汗だくのタマサが耳飾りに手を触れようと手を伸ばしたその時、目の前のいかにも悪魔っぽい魔族は、こう言った。


「待ってください。争うつもりはありません」




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