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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第三部 混沌の血
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第49話 情報収集

 オシェラートには、多くの洞窟がある。そのほとんどが人々の住居として使われている。


 しかし、住人達に聞き込みをしたところ、ひとつだけ例外のある洞窟があるという。


「その場所は、立ち入りが禁じられておる」


 あやしい。


「赤き装いの神が姿を消したすぐ後くらいじゃったかの、神官たちの手によって埋められたのじゃ」


 あやしい。


 ヒゲの生えた最高神官に尋ねてみても、


「言ってはならない掟である」


 もはや、あやしさしかない。


 さらに問い詰め、ザミスとタマサがヒゲの最高神官をにらみつけたところ、悲鳴混じりに答えてくれた。


「原因は魔物の襲撃だった! だから封印を解き放たれては困るんだ! ここまでしか言えない! 言ってはならないことになっているんだ!」


 俺たちは、魔物襲撃事件について調査を開始した。


 調査は全く難航せず、あっという間に進展した。


 買い物をすれば割引になり、聞き込みをすれば情報が集まった。


 それは、俺たちが神のような存在だという話が、オシェラート中に広まったからである。他の世界から降臨し、一時的な寒冷化を招き、その後に天に炎をもたらしたのだ。当然かもしれなかった。


「遥か昔、先祖が魔物の襲撃で怪我をしたという言い伝えがある。そのときに先祖が身に着けていた服がこれだ」


 差し出された茶色っぽい破けたシャツには、血のようなものが付着して乾いたような跡があった。


「『腕試しに立ち入りが禁じられた魔の洞窟に入ってやった。魔族に怪我をさせてやった。自分もひどい大怪我をしたが、わが一族の強さを示すことができて本望である。返り血のついた服を家宝として、代々伝えよ』と日記に書いてあった」


 痛々しい事件である。


 その魔族の返り血とやらがついた服を借りた俺は、リールフェンの力を借りることにした。


 リールフェンはオオカミである。オオカミは獣である。獣はたいてい嗅覚が鋭い。ゆえにリールフェンの鼻は間違いなく使えるはず。


 リールフェンに小汚いシャツを嗅がせると、何か嫌な臭いを感じたのか、スンッと息を吐き、渋い顔をした。


 やがて背中にザミスとグレースの二人を乗せたオオカミは歩き出し、少し歩いたところで、一度立ち止まって振り返る。ついてこいとばかりに、また歩き出した。


 俺がシャツを持ち主に返してから、くるんと巻いたオオカミの尻尾に追いつくと、ザミスがリールフェンの耳元で問いかけている声がきこえてきた。


「リールフェン、何か感じたか?」


「わふ」


「よし、そこ行こう」


 その様子を見ていたグレースが、オオカミの上で、ザミスの後ろから抱きつきながら、


「ザミス、リールフェンの言ってることがわかるの?」


「逆にきく。おまえ、友達の言葉わからないか?」


「なっ、こ、言葉がわからなかったら友達になれないの」


「なれる」


「そうよね」


 グレースは、ほっと安心していた。


「あたしもリールフェンのことば、実はわからない」


「何なのよ」


 二人を乗せるオオカミは、俺とタマサを置いていくこともなく、ゆっくりと歩いてくれた。


 ふとタマサを見ると、オオカミに揺られるザミスの姿を、じっと見つめていた。何か思う所があるのだろうか。


  ★


 魔の洞窟とやらに向かう道中、何もない草原で、隣を歩いているタマサが突然叫んだ。


「ああクソ、我慢できない!」


「急にどうしたんだ、タマサ。トイレに行くなら草むらだぞ。といっても、ここいらは草が短いからな、少し遠くになるが、もう少し我慢したほうがいいんじゃないか?」


「ちがう。わっちはトイレ行かない」


 嘘をつけ。


 いや、それはそれとして、タマサは一体何を我慢していたというのだろう。


「ザミス、ちょっと降りてこい」とタマサ。


「あたし? どうしたタマサ」


 ザミスは、ひょいとオオカミの背中から降りると、二人、にらみ合うように沈黙した。


 やがて沈黙を破ったのは、タマサのほうだった。


「見るに堪えないんだよ」


「何がだ。あたし何した?」


「……服」


「文句あるか。あたし、グレースからもらった。タマサほしかったか? やらない。あたしのだ」


 ザミスは、白い鳥の羽で作られた暖かい防寒着を着ている。もうそれを着る必要もないくらいに気温は温暖になったけれど、グレースから受け取ったものだから気に入っているようで、ずっと身に着けたままだった。


 その姿が、暑苦しくて気に入らないとでも言うのだろうか。


「そっちじゃない。中に着てるやつだ」


「タマサも、ぼろとか雑巾とか言うか? なら相手なる。あたしのおかあさんくれた服。ののしる。ゆるさない」


「要するに、それ形見なんだろ、母親の」


「だからなに。あたし気に入ってる」


「もともとは、そんな服じゃあないだろ。もっと、わっちの服みたいに、ゆったりしてたはずだ。そんなヘソ出して半袖で短いスカートじゃなかったんだろ」


「自分で身体に合わせて切ったりした。文句あるか」


「大ありよ」


「いいんだ。これで」


 そう言って、ザミスは戦闘態勢。背中の籠に入った矢に手を伸ばす。


 この世界では魔力のコントロールが困難であるというから、今のタマサに勝ち目はないように思えた。


 しかし、タマサは戦いたいわけでは全くなかった。


「ザミス、よく聞け、その服の形には文句はない。でもな、形見なら形見らしく、ちゃんとしろよクソが。博物館に飾られる級のいい生地が勿体ないだろうが」


「は?」


「見るに堪えないんだって言ってんだろ。なんだその、ほつれた袖口とか、擦り切れた首もととか、スカートの裾なんてギザギザじゃねえか。ところどころ破けてるし、あんた母親きらいなのか?」


「きらいなわけない」


「そんな着かたをされるために、あんたの母親はその服をくれたわけじゃあねえよな」


「わ、わからない。そんなの」


「ちょっくら、それを脱いでもらおう。今すぐにだ!」


 そう言って、タマサはザミスに飛び掛かった。


 突然はじまった揉み合いに面食らって、俺は呆然と見ていることしかできない。


「なにする!」


「抵抗するな。脱げよぉ」


 歯を食いしばって、双方からみあう。


 押し倒したり、引き倒したり、上になったり下になったり、草原をごろごろ転がりながら、やがてザミスの胸当てが外された。


 悲鳴とともに前をおさえていた紐が解かれ、上着が宙を舞ったところで、俺は背を向けて目をつぶった。


 グレースの「タ、タマサッ。ちょっと、こんなとこで何してるのよ!」という上ずった声がきこえてきた。


「やめろ! なにがしたい!」


 涙声で叫んだザミスに、タマサは命令する。


「わっちに、服を直させろ!」


「いやだあぁ!」


 なにもそんな無理矢理に剥かなくてもいいのに。





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