第49話 情報収集
オシェラートには、多くの洞窟がある。そのほとんどが人々の住居として使われている。
しかし、住人達に聞き込みをしたところ、ひとつだけ例外のある洞窟があるという。
「その場所は、立ち入りが禁じられておる」
あやしい。
「赤き装いの神が姿を消したすぐ後くらいじゃったかの、神官たちの手によって埋められたのじゃ」
あやしい。
ヒゲの生えた最高神官に尋ねてみても、
「言ってはならない掟である」
もはや、あやしさしかない。
さらに問い詰め、ザミスとタマサがヒゲの最高神官をにらみつけたところ、悲鳴混じりに答えてくれた。
「原因は魔物の襲撃だった! だから封印を解き放たれては困るんだ! ここまでしか言えない! 言ってはならないことになっているんだ!」
俺たちは、魔物襲撃事件について調査を開始した。
調査は全く難航せず、あっという間に進展した。
買い物をすれば割引になり、聞き込みをすれば情報が集まった。
それは、俺たちが神のような存在だという話が、オシェラート中に広まったからである。他の世界から降臨し、一時的な寒冷化を招き、その後に天に炎をもたらしたのだ。当然かもしれなかった。
「遥か昔、先祖が魔物の襲撃で怪我をしたという言い伝えがある。そのときに先祖が身に着けていた服がこれだ」
差し出された茶色っぽい破けたシャツには、血のようなものが付着して乾いたような跡があった。
「『腕試しに立ち入りが禁じられた魔の洞窟に入ってやった。魔族に怪我をさせてやった。自分もひどい大怪我をしたが、わが一族の強さを示すことができて本望である。返り血のついた服を家宝として、代々伝えよ』と日記に書いてあった」
痛々しい事件である。
その魔族の返り血とやらがついた服を借りた俺は、リールフェンの力を借りることにした。
リールフェンはオオカミである。オオカミは獣である。獣はたいてい嗅覚が鋭い。ゆえにリールフェンの鼻は間違いなく使えるはず。
リールフェンに小汚いシャツを嗅がせると、何か嫌な臭いを感じたのか、スンッと息を吐き、渋い顔をした。
やがて背中にザミスとグレースの二人を乗せたオオカミは歩き出し、少し歩いたところで、一度立ち止まって振り返る。ついてこいとばかりに、また歩き出した。
俺がシャツを持ち主に返してから、くるんと巻いたオオカミの尻尾に追いつくと、ザミスがリールフェンの耳元で問いかけている声がきこえてきた。
「リールフェン、何か感じたか?」
「わふ」
「よし、そこ行こう」
その様子を見ていたグレースが、オオカミの上で、ザミスの後ろから抱きつきながら、
「ザミス、リールフェンの言ってることがわかるの?」
「逆にきく。おまえ、友達の言葉わからないか?」
「なっ、こ、言葉がわからなかったら友達になれないの」
「なれる」
「そうよね」
グレースは、ほっと安心していた。
「あたしもリールフェンのことば、実はわからない」
「何なのよ」
二人を乗せるオオカミは、俺とタマサを置いていくこともなく、ゆっくりと歩いてくれた。
ふとタマサを見ると、オオカミに揺られるザミスの姿を、じっと見つめていた。何か思う所があるのだろうか。
★
魔の洞窟とやらに向かう道中、何もない草原で、隣を歩いているタマサが突然叫んだ。
「ああクソ、我慢できない!」
「急にどうしたんだ、タマサ。トイレに行くなら草むらだぞ。といっても、ここいらは草が短いからな、少し遠くになるが、もう少し我慢したほうがいいんじゃないか?」
「ちがう。わっちはトイレ行かない」
嘘をつけ。
いや、それはそれとして、タマサは一体何を我慢していたというのだろう。
「ザミス、ちょっと降りてこい」とタマサ。
「あたし? どうしたタマサ」
ザミスは、ひょいとオオカミの背中から降りると、二人、にらみ合うように沈黙した。
やがて沈黙を破ったのは、タマサのほうだった。
「見るに堪えないんだよ」
「何がだ。あたし何した?」
「……服」
「文句あるか。あたし、グレースからもらった。タマサほしかったか? やらない。あたしのだ」
ザミスは、白い鳥の羽で作られた暖かい防寒着を着ている。もうそれを着る必要もないくらいに気温は温暖になったけれど、グレースから受け取ったものだから気に入っているようで、ずっと身に着けたままだった。
その姿が、暑苦しくて気に入らないとでも言うのだろうか。
「そっちじゃない。中に着てるやつだ」
「タマサも、ぼろとか雑巾とか言うか? なら相手なる。あたしのおかあさんくれた服。ののしる。ゆるさない」
「要するに、それ形見なんだろ、母親の」
「だからなに。あたし気に入ってる」
「もともとは、そんな服じゃあないだろ。もっと、わっちの服みたいに、ゆったりしてたはずだ。そんなヘソ出して半袖で短いスカートじゃなかったんだろ」
「自分で身体に合わせて切ったりした。文句あるか」
「大ありよ」
「いいんだ。これで」
そう言って、ザミスは戦闘態勢。背中の籠に入った矢に手を伸ばす。
この世界では魔力のコントロールが困難であるというから、今のタマサに勝ち目はないように思えた。
しかし、タマサは戦いたいわけでは全くなかった。
「ザミス、よく聞け、その服の形には文句はない。でもな、形見なら形見らしく、ちゃんとしろよクソが。博物館に飾られる級のいい生地が勿体ないだろうが」
「は?」
「見るに堪えないんだって言ってんだろ。なんだその、ほつれた袖口とか、擦り切れた首もととか、スカートの裾なんてギザギザじゃねえか。ところどころ破けてるし、あんた母親きらいなのか?」
「きらいなわけない」
「そんな着かたをされるために、あんたの母親はその服をくれたわけじゃあねえよな」
「わ、わからない。そんなの」
「ちょっくら、それを脱いでもらおう。今すぐにだ!」
そう言って、タマサはザミスに飛び掛かった。
突然はじまった揉み合いに面食らって、俺は呆然と見ていることしかできない。
「なにする!」
「抵抗するな。脱げよぉ」
歯を食いしばって、双方からみあう。
押し倒したり、引き倒したり、上になったり下になったり、草原をごろごろ転がりながら、やがてザミスの胸当てが外された。
悲鳴とともに前をおさえていた紐が解かれ、上着が宙を舞ったところで、俺は背を向けて目をつぶった。
グレースの「タ、タマサッ。ちょっと、こんなとこで何してるのよ!」という上ずった声がきこえてきた。
「やめろ! なにがしたい!」
涙声で叫んだザミスに、タマサは命令する。
「わっちに、服を直させろ!」
「いやだあぁ!」
なにもそんな無理矢理に剥かなくてもいいのに。