第43話 光の根元の丘の上
直立した白い柱、最後の予言の柱がある場所で、グレースたちは戻って来た俺たちの説明に耳を傾けていた。
話を聞き終え、勢いよく立ち上がったグレースから出て来た言葉が、
「ほんの少しでも可能性があるってことよね? だったら賭けましょう」
完全に予想通りの返答がかえって来て、俺とタマサは顔を見合わせて肩をすくめ合った。
タマサは真剣な表情で、
「言ったろグレース。もしあんなところでグレースが魔法なんか使ったら、即死級の魔力酔いになったりするんだぞ」
グレースは答えず、俺を見た。やってみなきゃわからないわ。とでも言いたげな視線を送って来ている。
グレースは、俺に味方になれと言っているのだ。
でも、グレースやタマサに死をもたらすような選択を、俺は絶対に容認できない。
俺が首を横に振ると、グレースは再び座り込みの姿勢に戻った。
オオカミと金髪は、グレースの真似をして姿勢を正していた。
「あのな、グレース、なにも、諦めて世界を見捨てるとか、そういう話じゃないんだぞ。もう一回、何か方法がないか探そうってことだ」
「そうやってもたもたしてる間に、世界が滅んだらどうする気なの? 私はタマサとは違って覚悟ができているわ」
「タマサだって、何の根拠もなしに無理って言ってるわけじゃないんだぞ。考えなしに魔法を撃ったら誰も助からないってことだ。焦らず、いったん冷静になって考え直そう」
「オリヴァンだって、私たちに相談もせずに犬レースで無茶な賭け方したくせに」
「あ、あれは、当たる確信があったからだ」
「じゃあ私だって、うまくいく確信があるもの」
「何を根拠に」
「これまでだって、なんとかなってきたからよ」
ただ幸運に恵まれてきただけである。
さすがにビギナーズラックも、もうそろそろ打ち止め、続かないだろう。
グレースがツノシカ村に落ちて来た時とか、オシェラートに舟ごと落下した時なんか、悲劇が起きてもおかしくなかった。むしろ、なんで無事でいられているのか不思議なレベルだ。
三度目はたぶん、無事じゃ済まないような気がする。
さて、それはともかく、そこで、グレースの前にタマサが歩み出た。俺ではグレースを説得し切れないと思ったのだろう。
「グレース。わっちからも頼む。もう少し待ってくれ。何とか方法を考えてみる」
「……少しは元気が戻ったみたいね」
この言葉を耳にして、俺はようやくグレースの考えていることが少しだけわかった。
たぶんグレースは、頭ごなしに無理だと言ったタマサが気に入らなかったのだ。それはきっと、自信を失ったすがたが、あまりにもタマサらしくなかったからだろう。
「まずは、炎をつける場所を見に行くわよ」
白銀の髪のグレースが言うと、金髪少女のザミスが立ち上がる。
「それなら、あたし案内する。行ったことある」
★
小さな丘の上にあった光の根元に着いた時、金髪少女ザミスは、大きなオオカミの前足にしがみついて、こわがっていた。
「おかしい。こんなんじゃなかった」
白い予言柱の近くに、上空高く、雲にまで光が伸びている特別な場所がある。
そこは、かつて、『大いなる火』というものが掘り出された場所である。オシェラートを灼熱のロウタスにしていた元凶が、祭壇に置かれた小さな火……のはずだった。
犬レース場くらいの広さに渡って、広く円筒型に縦穴が掘られており、その底に火がある……はずだった。
ところが、強烈な炎が猛り狂い、穴のそばに立つ俺たちの足元にまでせり上がってきていて、ぎっしりと縦穴を炎で満たしているように見える。
どういうことなのだろう。過去映像で目撃した縦穴はには、こんな溶岩みたいなものはなく、壁面に多くの穴が開いていて。底には小さな祭壇があり、そこで小さな火が燃えているだけという風景だったはずだ。
円筒型の壁面を巻くようにして階段が取り付けられ、底に向かって行けるようになっていたはずだ。
こんな風に、どろどろに溶けた金属と思われるものが禍々しく渦巻き、周辺が異様な熱気に包まれてはいなかった。
熱すぎる。これ以上近づけないように思えた。
なるほど、大いなる火と呼ばれるに相応しいとは思う。
「でも、これなら、俺たちが炎を足さなくてもいいんじゃ……」
そっか、とザミスは何かを閃いたように頷いて、
「火、消える前にボッとあかるくなる。それかな」
灯滅せんとして光を増すというやつなのだろうか。たしかに、白い柱の予言にも、似たようなことは書かれてはいたが。
しかし、それにしても、どうも違和感がぬぐえない。
過去映像の中でエリザマリーが紙を燃やして火に勢いをつけた時、指先くらいの火から手のひらくらいの火に変化した。それだけでオシェラートというロウタスじゅうが急に熱くなったようだった。もしも、これだけの炎が発生している状況になったら、今ごろ、この世界の地表は人が生活できないような温度になっていないとおかしい。
「リールフェン、氷うて。これ凍らせる。道できるかも」
しかし、グレースが慌てて止める。
「あっ、ちょっと待ちなさいよザミス。それで火が消えちゃったらどうするの?」
「そうか。ごめん」
「珍しく素直じゃないの……」
「神官の人、あたし、導く仕事任せてもらった。先すすめないの、こまる」
おそらく、神官を名乗るヒゲの男に無理を言って、自分が案内すると買って出たのだろう。だから、申し訳ない気持ちになっているということだ。
だが、ザミスが予想を外したのは、仕方のない事だと思う。なぜなら、長年、自分に仕事を与えた赤い神の言いつけを守り、ここには近づいていなかったと思われるからだ。こんな風景になっているとは夢にも思わなかったのだ。
「わかった。あたし弓矢撃つ。それで火を少し散らせれば……あれ」
右手を伸ばしたが、その背中に矢はなかった。さっき壊れて、しかも勢い余って燃やしてしまったからだ。
「ごめんなさい……」とグレース。
「おまえのせい違う。あたし弓と矢つくってくる」
そうしてザミスは、リールフェンの背中に飛び乗ると、神殿のほうに駆けていった。
★
ザミスが戻ってくるまでの間、縦穴の周囲を歩いてみよう、という話になった。
なるべく炎を直視しないよう注意しながら、ゆっくりと歩いて行く。
「これだけの炎のわりに、そんなに熱気を感じない場所もあるな」
「言われてみると、確かにそうね。オリヴァンの言う通りだわ」
グレースはやや考え込み、タマサを見た。
「タマサ、どう? やっぱり魔力のほうは濃すぎるくらいに濃いかしら」
「ああ、今まで感じたことのない濃さだ。縦穴の中は、もっとずっと濃いな。ここで魔法は難しいだろ」
「難しい。ということは、絶対に無理というわけではないのよね」
「時間に猶予があるなら、わっちが魔力の濃い環境に何年何十年と身体をなじませることで確率を上げることは可能だ。けど、そうはいかないだろ? 一刻の猶予も無いんだよな」
「エルフの最長老の遺言によれば、そうだったわよね。世界樹リュミエールという場所にあった紙には、そう書かれていたわ」
「ああ、グレースにしか読めない文字で、そう書いてあった」とタマサ。
「じゃあ、やっぱり急がないとな。どうしたもんか」俺は頭上を見上げた。
「こういうのはどうかしら」
グレースは、立ち止まり、思いついた言葉を考えながら繋いでいく。
「えーっと、私とタマサの魔法って、質が違うって話だったわね。たしか、外の魔力を利用する私と、心身の内で魔力を練り上げて放出するタマサ。だったらさ、外から私の中に入った魔力をタマサに流し込み続ければ、タマサの魔力が尽きることはなくなるし、私の中で暴発することもなくなるんじゃない?」
また無茶を言っているようにしか聞こえなかった。だから俺はもう一度グレースをたしなめようとした。
ところが、タマサが真剣に考え込んでいるので、開きかけた口を閉じた。
そしてタマサは言う。
「それ、いいかもな」
「本当? 可能性が高まったかしら」
「今すぐはダメだけど、もしかしたら……。おいグレース。わっちの稽古に、ついてこれるか?」
「可能性があるんなら、何でもするわ」
力強く拳を握り込んで自分の胸に当てたグレースは、大きく息を吸い込み、続けて、
「だって、私は、世界を救いに来たんだから」
目指してきた大いなる火を確認した後の、ごく近い未来、タマサ大師範の魔法稽古の開催が決定した。