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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第二部 今は灼熱のオシェラート
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第42話 タマサの過去

 どういう原理で発動するスキルなのだろう。


 タマサを追いかけていく途中で、また白い空に、過去の映像が映し出されていた。


 尖った耳で銀髪で、青い服を着たエルフがいた。優しげに微笑みかけた先には、彼女の腕に抱かれている幼い子供の姿。


 見覚えのある耳飾りを握らされているから、きっとタマサだ。


 母は透き通るような美しい声で言う。


「誇り高き流氷の一族は、わたしの他に、どれほど生き残っているのかしら」


 岩に囲まれた狭い部屋に一人、ロウソク一つの明かり。周囲には誰もいなかったので、問いに答える者はいなかった。


「少しでも安全な場所、あなた、探してくれた?」


 そうたずねた時、人影が姿を現した。それは、人のような形をしていたが、人間でもなければエルフでもないようだ。ただ影だけの存在。実体のない、声を届けることくらいしかできない者のようだ。


 ぼんやりと人の形をした何かは言う。男の声だった。


「多少目星はつけてきた。だが、なかなか難しいものだな。あらゆる人々が分け隔てなく笑顔で暮らす希望の都……だったはずのザイデンシュトラーゼンは、戦火に包まれた。もう人々が安心して住める場所でもなくなってしまった。かといって、人間の社会で生きるには、君の血を引いている限り、苦しみしかないだろう」


「わたしたち混血エルフの間にも、人間種の血を穢れていると言い出す人が増え始めているわ。あの高潔な長老のリーフル様でも、その流れには抗えないみたい。これから、この世界(ロウタス)全土が、すごく乱れることになる」


「ああ……それにしても、その子のために、消えかけのオレを死の世界から呼び戻したというのに、それが原因で死の呪いを受け、結果、その子のそばに居られなくなるのでは、本末転倒じゃあないのか?」


「そうじゃないわ。原因はあなたじゃない。どのみち、わたしは長くなかったわ……。呪いは、獣人たちの奇襲のせい……。それよりも誤算だったのは、わたしの魔力が足りなかったことかしら。本当は、わたしがいなくなった後、タマサが大人になるまで、あなたにタマサを見守ってもらう予定だったのだけれど」


「そうだな……このままでは、おまえの魔力が尽きれば、オレも消えてしまう。オレたち人と、エルフとの揺るぎない架け橋を築くというおまえの夢が叶うところを、オレはどう頑張っても見られないのか。せっかく意識だけとはいえ生き返ったというのに」


「ごめんなさいね」


「……おまえの耳飾り、タマサは気に入るだろうか」


「どうかしら。ハーフエルフの間では、耳に装飾品をつけることを、はしたないって思う子もかなり多いから、もしかしたら身に着けてくれないかもしれないわね。自分が捨てられたとか思われたら、わたしを嫌って、これも捨てちゃうかも」


「そんなことになったら悲しいな」


 そんなことにはならなかった。タマサは何よりも大切にしていた。そして、それを、大切な仲間を守るために使って、思い通りにいかなくて、きっと人生でいちばん落ち込んでいる。


「タマサ、元気でね。人の役に立てなくてもいい。大きな仕事をやってのけなくてもいい。ただ色んなひとたちとの出会いを大切にして、元気に生きてくれさえすれば、わたしはそれでいいかな」


「オレもそれでいいな」


 そして母親は亡くなり、タマサは遊郭に預けられ、世話係として活躍し、多くの遊女たちに囲まれて可愛がられまくり、健やかに純粋に美しく育っていった。声も顔もきれいなのに、口が悪いのが玉に瑕だけどもな。とにかく、すぐクソって言うのは、直した方がいいな、とあらためて思う。


 そうして白昼夢のような過去映像は、だんだんと雲の白と混ざり合い、消えていった。


 俺は、このこともタマサに伝えなくてはと思い、全速力で駆け出した。


  ★


 きっと、タマサの耳飾りは、長い間彼女を支える精神安定装置みたいなものだったのだろう。


 母親がおらず、幼いうちに遊郭という場に身を置くことなった彼女が、奇跡的なまでに純粋に育ってきたのは、きっと耳飾りという母親との見えない絆があったからこそなのだろう。俺はそう信じたいと思った。


 タマサは、さっきまでいた洞窟の入口あたりの岩肌に手をついて、息を切らしていた。


 まだまだ雪は降り続け、止まる気配を見せない。


「なあタマサ」


「なんだよ。臆病なわっちを笑いに来たのか?」


 どう返すべきか悩んだ結果、俺は当たり障りのない返答を選択した。


「いや、ただ、なんで不可能なのかってことを詳しく知りたくてな。タマサが実力者だからこそ、危険度がわかって慎重になってるんだろ」


「そうだよ。何とかするためにはさ、とんでもなく強い炎を、空に向かって細長く、途切れないように伸ばしてやる必要がある。残ってる耳飾りに入ってる大魔法なんか使ってみろ、精密な制御ができなくて、この世界(ロウタス)が一瞬で吹き飛ぶぞ。


じゃあ耳飾りに頼らずに、わっちが自分でやれって? 魔法発動の段階で、わっちの心も身体もきっともたない。失敗しても成功しても、二度と目覚めないだろうよ。だいたいさ、わっちなんかに、何か特別なことができると思うか? わっちは特別な生まれなんかじゃないし、親にも捨てられたってことは大した才能がないって思われたんだろ」


 タマサの自虐的な言葉たち。この中で、俺には限りなく気に入らないことがあった。親に捨てられたと思い込んでいるところだ。


 つい数十秒前に、過去視のスキルで見たのだ。いかに彼女が両親に愛されていたのか、俺は知っている。


「タマサ、一つだけ言っておく」


「なんだよ」


「タマサは親に捨てられたんじゃあない。両親は、お前を愛していた」


「何言ってんだ、いきなり……あっ、見たのか? わっちの過去。何か見えたのか?」


 実際はすごく特別な生まれであるとか、母が獣人の呪いを受けて命を落としたとか、そういう細かいことは置いといて、伝えなければならない言葉を告げる。


「タマサの母親の遺言を伝えておく。『元気でね。人の役に立てなくてもいい。大きな仕事をやってのけなくてもいい。ただ色んなひとたちとの出会いを大切にして、元気に生きてくれさえすれば、わたしはそれでいい』だそうだ」


「そういうわけにも、いかないだろ……」


「まあ、俺もタマサにはいつも元気でいてほしいぜ」


「どんなだった? わっちの母親……」


「穏やかな優しそうな人だったぞ。タマサみたいにな。見た目や口調はあまり似てないけれども。青い服のエルフだったな。ハーフエルフか、クォーターか。どのくらいかはわからないけれど、たぶん、タマサにはエルフの血が入ってる」


「……やっぱりか。そのへんじゃないかって思ってたよ」


「俺は、タマサならできると思う。魔力の濃い場所でも負けないくらいに、タマサは特別に強いって、俺は信じてる」


「それでも」


「なんで無理なんだ。グレースにもわかるように説明したほうがいいと思うぞ」


「言ったろ。この世界(ロウタス)の魔力は恐ろしく濃いんだ。ただごとじゃない濃さなんだよ。しかも、『かの地』とかいう特別な場所は、おそらくこの場所も比にならない。世界で一番、魔力が濃い。それがどういうことか、わかるか?」


「魔法のことはわからんな」


「じゃあ教えてやる。魔法ってのはな、強い力を行使できるかわりに、代償を伴うんだよ。魔法を使える者は、使えない者とは別の種類の生き物って言ってもいいレベルなんだ」


「どう違うんだ?」


「魔法を身に着けた者はさ、身体の内と外で魔力を取り込んだり放出したりするための(ゲート)を手に入れることになる。大なり小なりね。


魔力の使い過ぎで倒れるってのは、体内で練り上げた魔力が門から外に出過ぎてしまって、生命力を消費してしまうっていうことなんだよ。逆に、魔力酔いってのは、目に見えない門が決壊して、外からの濃すぎる魔力に入り込まれて、身体の内部が制御不能に陥るってところだ。


魔力の使い過ぎを起こすのは、わっちみたいに体内で練り上げる魔力を軸に魔法を行使するタイプ。実力にそぐわないほど魔力の濃い場所で魔法発動すると、外から要求される魔力量が一気に高まる。体力も気力も、大量に消費するわけだな。どんな魔法も大威力になるけども、結果、魔力が全部持っていかれてすっからかんになって、しかも、まだ門を通して外の世界から魔力を要求されることになる。借金で首が回らないみたいなもんだな。だから倒れるって話だ。下手すりゃ二度と目覚められない。


逆に魔力酔いになりやすいのは、グレースみたいに外の魔力を利用して魔法を発動させるタイプだな。環境によって魔法の力が左右されやすいのがこの系統だ。外の魔力が濃すぎる場所で魔法発動すると、狭すぎる(ゲート)から一気に外の魔力が流入して、一瞬だけ強い魔法を撃てても、入り込まれた魔力を処理できない。自分のとは異質な魔力を大量に取り込むことになって、下手すりゃ身体の中が魔力で空気入れた風船みたいにパンパンに膨れ上がって、なんかの拍子で爆発なんかしたら、バラバラになって即死だよ」


「ちなみに、成功率というか、生存率ってのは、どれくらいなんだ? 半分くらいはいける感じか?」


「一万回に一回とか、もっともっと低いか……ってくらい」


「……なるほど。よしわかった、グレースを説得しよう」


「な? そうなるだろ?」


「タマサが目覚めないのも嫌だし、グレースがバラバラになるのもダメだ。何か別の方法を編み出すべきだ。命がけで万に一つなんてのは、どう考えたってマトモじゃないからな。たぶんグレースは絶対あきらめずに、『可能性が少しでもあるなら賭けましょう!』とかキラキラした目で言ってくるだろうが、いったん落ち着いて、もう一度みんなで話し合おう」


「よかったぜ、オリヴァンがちゃんと冷静でいてくれて」


 タマサは、グレースたちのもとへ戻ろうと歩き出した俺についてきてくれた。


 そして、しばらく歩いたところで、聞こえるか聞こえないかってくらいの小さな声で、


「ありがとよオリヴァン。楽になったよ。ちょっとだけな」




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