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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第二部 今は灼熱のオシェラート
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第41話 氷結をもたらす者たち

 しばらく皆で焚火にあたっていると、オオカミのリールフェンは自分に寄りかかっている者たちを傷つけないよう、ゆっくりと立ち上がり、洞窟の入口に目を向けた。


 俺も白い光が射しこむ洞窟の入口のほうを見た。


 真新しい暖かそうな服を着て、頭の毛を全て剃り落としている男たちの集団が、俺たちのいる洞窟に入って来た。


「少しお話を聞かせてもらってもいいだろうか」


 集団を従えるリーダーは言った。その男は頭には毛がなく、顔中にヒゲを生やしていた。


「来ちまったか」


 目を開いたタマサは、歩き出し、警戒しているオオカミの脇腹をぽんぽんと叩くと、俺を押し退けて先頭に立ち、俺たちを守るように片腕を伸ばした。


「あなたは?」とヒゲの男。


「わっちはタマサ。今回の件は、わっちがやったんだ。こいつらは悪くない。煮るなり焼くなり好きにしな」


 赤い袖からのぞく小さな手を震わせながら。


「いや、俺が――」


 そう言いながらタマサのさらに前に出て行こうとした瞬間、俺の目には驚きの光景が広がっていた。


 頭の毛を剃り落とした者たちは、一斉に(ひざまず)いた。


「ようこそおいで下さいました、氷結をもたらす者たちよ」


「は?」


 タマサは戸惑いの声を漏らした。


「ワタシは、このオシェラートロウタスの神官を束ねております。この灼熱のロウタスに美しき氷の雨を降らせていただき、まことに感謝しております」


 自分を捕えて罪を問いに来たのだと思っていたタマサは、あっけに取られて口を開けて固まっていた。


「あなたがたは、まさに、予言に語られた救世主です」


「い……いやいや、意味わかんなすぎだろクソが。世界が凍ったら、ふつうその犯人は魔女よばわりされて、吊し上げられたり燃やされたり煮られたり焼かれたりするもんじゃないのか? そんな救世主扱いなんて絶対おかしい!」


「魔女? とんでもない。ワタシどもが受け取った予言に、はっきりと書かれていたのです」


「予言?」


 タマサが不審そうに聞き返した。


 男は予言というものを信じ切っているようだった。


「そう、もはや疑いようもありません。すべての滅びを救う、氷結をもたらす者の降臨は、予言されていたのです!」


  ★


 最高神官の案内で、俺たちは直立する白い柱の前に連れて行かれた。


「ご覧ください。こちらが遥か昔、赤き装いの神が遺した最後の予言柱(よげんちゅう)です」


 その空に向かって伸びる柱は白かった。ただし、根元の部分だけ茶色く色づいている。


 長い年月、土に埋まっていた部分が茶色く変色したのだろう。


「この予言柱というものは、古い時代から順に、掘り出す日時が決まっていたのですが、今朝掘り出したばかりのこれが……最後の予言柱です」


 最後の予言柱。この言葉に、ザミスの肩がぴくりと弾んだ。


 茶色い部分に刻まれた文字は、グレースしか読めないような、塔の上でみたメモ紙とは違っていて、俺でも読める文字で書かれていた。


 グレースが美しい声で読み上げていく。


「世界の炎が消えかかっています。長い長い時が経ち、根本の火がうまく燃えなくなってきています。そしてついに、火は消える直前の、最後の輝きを見せはじめました。だから、このロウタスは急激に暑くなっています。


人々のなかには、そんな火などなくせばいいとか、火があるからいけないんだとか、自分の世界だけがとにかく暑くて苦しみに満ちた地獄なんだとか、考えている者もいることでしょう。


けれど、はっきり言います。それは違います。火が消えでもしたら、何の冗談でもなく、何の比喩でもなく、全てが終わります。問題は誰が思っているよりも遥かに深刻で、世界全体が存続の危機を迎えているのです。どうか、他のロウタスより降り立って氷結をもたらした者たちを、かの大いなる火に導いてください。


かの地にて、再びの炎を灯すのは、迷いなき信念と、見守り続ける慈愛と、たゆまぬ研鑽と、憧れを見据える眼差しと、明日へ駆けだす勇気。見返りなど無くとも、誰にも語られなくとも、一切の歴史に残らなくとも、安らぎもたらす選択を、彼ら彼女らはすることでしょう。


それだけの力が、わたくしたちにはあるのです。わたくしも、あなたを信じています」


 柱に刻み込まれた力強い文字は、そこで終わっていた。


 誰に向けたメッセージなのだろう。


 信念、慈愛、努力、尊敬、勇気。どれも俺には足りないことのように思えるから、俺のことではないのかな。


 グレースは、この赤き装いの神による最後の予言を何度か目で追って、やがてハッとする。


「エルフの最長老さんの言っていたことと、重なるところがあるわ」


「確かにな。最後のほうに出て来た、『かの地』って言葉は、目指すべき場所として、エルフ最長老の遺言にも出てきていたな」


 そのとき俺は、エリザマリーが広く深い縦穴の中にある祭壇で、小さな炎を灯した過去映像を思い出した。


 なるほど、『かの地』ってのは、祭壇の火がある場所のことだったわけだ。


「そして、炎をつけろ、みたいなことも書いてなかった?」


「ああ、あったな」


「古文書の内容とも、合ってると思うわ」


「つまりグレース、やっぱりこれは、そういう特別な場所に行って、炎魔法をぶっ放せってことになるのか?」


「きっとそうね」


「なるほど……魔法のことなら、タマサなら何とかできるだろ」


 これは立ち直って元気になるチャンスなのではないか、などと思って、俺はタマサに視線を送った。


 いつもの自信はどこへやら、目を逸らして呟くように、


「わっち、無理だ。この世界(ロウタス)の混沌とした魔力のなかで、ちゃんとした魔法撃つのがこわい」


「タマサ……?」


「わっちはさ、かつてマリーノーツにたくさん来てた転生者ってやつらには遠く及ばないし、大勇者になるようなヤツほどの才能は無い。耳飾りに封じられてた大魔法を満足に制御することさえできないくらいなんだよ」


「タマサなら大丈夫だ」


「は? 無責任なこと言うなよオリヴァン。わっちの命だけじゃない。一歩間違ったら、世界全体が一瞬で蒸発するかもしれないんだぞ!」


 タマサは本気で危険を訴えてくる。でも、予言者の言葉を考えれば、炎が消えてなくなってしまったら、どのみち世界は終わるのだ。


 俺の過去を見る目に映った予言者エリザマリーは、きっと嘘や冗談でこんな手の込んだ予言を残したりしない。


 俺たちはもう、やるしかないのだ。


 俺には魔法の力なんて、一切ない。いま、世界全体を見渡して、最も可能性をもっているのが、タマサなんだと思う。


 タマサが迷いの中にいるのを見て、グレースが胸に手を当てて歩み出た。


「じゃあ、私がやる」


「グレースが?」


「もともとそのつもりで来たんだから。それに、むしろ私のほうが、実はタマサよりも才能があるかもしれないわ」


 確かに、それはわからない。才能があるか無いかなんてのは、全て後からわかることだ。けれども今すぐに実力を発揮しろと言われたら、タマサとグレースとでは、天と地ほどの差がある。


 もしもタマサの魔法が美しく降り積もった雪だとしたら、グレースのそれは形だけ似せた泥だ、とまで言っても間違いじゃないくらいに圧倒的な差がある。


 だからタマサは、グレースを慌てて止める。


「そっ、それはだめだろグレース。馬鹿なこと言うな。ここらへんの場所の魔力は半端じゃない。ちょっとでも魔法を使える人間ならわかんだろ? 歩いて来た道で、だんだん魔力が濃くなってきてる。たぶん、『かの地』ってのは空に立ち上る赤い光の根元なんだろうけどよ、こっからでも感じるぞ、そこの魔力は、ここの比じゃないはずだ。グレースの技量じゃあ、簡単に暴走して、一瞬で命がないだろ!」


「あら、じゃあタマサの腕前なら、私よりかは暴走しにくいってことかしら」


「そりゃ、わっちはもともと暴走はしにくいタイプだけども……わっちの力でも全然足りなくて……」


「あっ、わかったわ! じゃあ、もし私たちが炎魔法を使って暴走した時は、リールフェンの本気の氷魔法で何とかしてもらえばいいのよ!」


「そのお言葉はお姫さまっぽいけどよ、無茶言い過ぎだろ。無理なんだよ。どう頑張ったって、あんな場所で炎の制御なんか、グレースにも無理だし、わっちにも無理だ。他の皆だって巻き込まれて死ぬぞ!」


 グレースは、タマサの目を見据えて、毅然として言い放つ。


「それでもいいわ。オリヴァンが命を落としたっていい。タマサのせいでそうなるなら、全然いい」


「だいたい、この予言ってやつは本当なのか? 手の込んだ罠で、実は世界を滅ぼそうとしてるヤツに騙されてるんじゃないのか?」


 その可能性もなくはない。俺の過去を見る目だって本物だっていう確証はない。


 確実に信じるに値する証拠なんていうのは、一切ない。


 グレースは直観で確信しているだけだ。


 ちゃんと自分でそう思ったのかもしれないし、誰かにそう思わされているのかもしれない。


 けれど、どっちにしたってグレースの心は決まっている。


「私は、タマサと一緒に世界を救いたい!」


「なんなんだよクソが……」


「リールフェンやザミスが燃えつきて灰になってもいい。タマサが消えてなくなったっていい。タマサがやるって言うまで、私は絶対にここを動かないんだから!」


 そしてグレースは予言の白い柱のそばに膝をつき、座り込んだ。


 オオカミも、すぐそばに座った。真正面から、タマサの目をじっと見つめて。


 それを見たザミスも、グレースの横にあぐらをかいて座った。


「ちょっと……考えさせてくれ」


 タマサはひとり、立ちのぼる赤い光から逃げ出すように、その場から離れていく。


「おい、グレース。どうしたんだ。さすがに無茶言い過ぎだろ」


「私らしくなかった?」


「いいや、グレースらしかったけど」


「タマサは、タマサらしくなかったわよね」


「落ち込んでる人間を、あんま追い詰めるなよ」


「大丈夫よ。タマサはそんな弱くないもの」


 俺は小走りで駆け出した。遠ざかっていくタマサの小さな背中を追いかけるために。



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