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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第二部 今は灼熱のオシェラート
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第40話 母の形見

 タマサは落ち込んでいる。膝を抱えて丸まって、赤い着物の長い袖で顔を隠してしまっている。


「おいおい、何を思い悩む必要がある。俺たちのピンチを救ってくれた大魔法だったぞ」


「救えた? どこが? グレースのオオカミは、まだザミスって子の手の中だ」


 ああそうだ、まずはそれをさっさと何とかしないとな。


 俺は金髪弓矢少女に語り掛ける。


「なあおい、白い柱を跡形もなく消すほどの魔法だったのだから、俺たちの力はオオカミの実力よりも上であることが証明されたはずだ。それでもオオカミをグレースに返さないってのは、人として良くないんじゃないか」


 しかし、ザミスは頷かない。


「でもワン公、あたしが好き。別れたくない思ってる。つまり友達としても、あたしが上。それだけ」


 魔力酔いから回復し、すっかり元気になったグレースにとって、こんな発言は当然気に入らない。


「や、約束が違うじゃないの。私たちの誰かが上回れば返すって話じゃなかった?」


「たしかにすごい魔法。いきなり冬なった。ほんとすごい。でも氷魔法コントロールできてない。暴走状態。だからリールフェンの勝ち。文句あるか」


「大ありだわ」


「なんで」


「だから、約束は約束でしょ? リールフェンを返しなさい」


「約束は大事、たしかに。……じゃあ、その赤いきれいな服着てるのが言うなら、リールフェン返してもいい。でもグレースは魔法で負けてた」


「あのねぇ、よく考えると、それもおかしいのよ。リールフェンには負けたけど、ザミスに負けたわけじゃないわ。あなた、戦ってもいないじゃないの。私だって、あなたの力を見る権利があるでしょう」


「なるほど。そうかも。じゃあ弓で勝負してやる」


「望むところだわ」


 二人は立ち上がり、洞窟を出て行く。寒い外に再び出て行った。


 洞窟の外に出た二人の声がきこえてくる。


「グレースみろ。遠くまで白い柱、並んでる。倒れてるの多いけど、目印になる目立つ柱ある。あの木のとこの柱、見えるか」


「樹木に寄りかかるようにして斜めになっているやつね。かなり遠いわ」


「そう。あれ目印で撃つ。撃って柱に近かったほう勝ち。いいか」


「ええ」


「じゃあグレースから。うってみろ」


「ん。……それで、ザミス。これはどうやって使うものなの?」


「弓使ったことないのか。矢をここにかける。引っ張って、放す。矢が飛んでく」


「なるほどぉ」


「え、おまえ、なんでこの勝負うけた」


「だって……」


 ついついアツくなって、意地を張ってしまったのだろう。グレースは時々、そういう感じになってしまうことがある。なにもそれが悪いっていうんじゃない。


 だって、もしも意地を張って突っ走らなかったら、吹雪の世界からリールフェンと一緒に別の世界を目指すなんてことは、決断しなかったはずだ。


「いいか、ここをこう持って……だめ。いきなり強く引く、あぶない。さいしょ軽く。慣れるまで」


 弓の勝負のはずが、レクチャーがはじまった。


 オオカミは洞窟の入口で座って待機し、その様子を優しく見守っているようだった。


 残された俺とタマサ。タマサは、みずからの両肩を抱いて、「寒い……」と呟いていた。


 らしくない、弱気な姿が続いている。


「大丈夫か?」


「大丈夫なわけあるか」


「そう……だよな。すまん」


「ここまでとは思わなかったんだ。世界の気候まで変えてしまって、ここで平和に楽しく暮らしてた皆の生活が滅茶苦茶になる。とれていた魚がとれなくなるかもしれない。たくさんできていた根菜も育たなくなるかもしれない。犬レースなんてしてる場合じゃなくなるかもしれない。……わっち、どうしたらいいんだ」


「俺に何かできることがあるかな」


「ない。わっちに関わると不幸になる。放っといておくれ」


 雪の舞い散る外では、柱に向かって美しい所作で矢を放ったザミスの姿。見本を見せた形だ。グレースは、その技術に感激して拍手していた。勝負はどこいった。


 タマサが焚火の前で丸まって落ち込んでいるのとは対照的だ。


 放っておいてと言われたが、やっぱり俺はタマサを勇気づけたい。


こんな暗い洞窟の中、ひとりぼっちで放っておくわけにはいかないと思う。何ができるわけではないけれど、誰かがそばにいなければならないと思った。


 そう思っていたら、俺の意を汲んだのだろうか。賢いオオカミのリールフェンが歩み寄って、一度タマサに鼻くっつけると、やがて彼女を包み込むように丸まった。


 彼女もリールフェンを信頼し、寄りかかって目を閉じた。


 これで俺が外に出かけても、一人になることはないだろう。


「タマサ、何か欲しいものあるか? 町の様子を見に行くついでに、何でも用意するぞ」


「耳飾り」


「え」


「さっき使った、わっちの耳飾り、取り戻したい。なかったことにしたい」


「いや、それは……」


「何でも用意するって言ったじゃねえかクソが……。わっちの耳飾り、もう一度もってくるくらいさ……」


 無理だ。


 タマサの耳には、左右あわせて五つの耳飾りがある。もともと六つあったが、今は五つだ。その一つ一つには大魔法が封入されていて、代わりのきかないものだ。


「特別な、ものなんだよな」


 タマサは目を閉じたまま、ゆっくりと頷いた。


「わっちが子供の頃に遊郭にいたって話はしただろ? その前から、ずっと持ってたものなんだ。遊郭に売られるまえに、顔も知らない母親からもらった、たった一つの宝物(たからもの)だったんだよ。遊郭の姉さんたちの話では、氷の大魔法が入ってるって話だった。


きっと本当に大事な時に使えってことだったと思う。ほかの耳飾りは、遊郭にいた姉さんたちの大魔法が入ってる。それも大切ではあるけれど……でも、それでも、やっぱり氷のあれだけは、特別だったんだ」


 この話はグレースに聞かせたくないなと思った。リールフェンに勝って、リールフェンを取り戻すために、つまりグレースのために、そんな大事なものを使わせたとなったら、彼女は責任を感じすぎてしまうだろう。


 タマサは深いため息を吐いて、震えた声で、


「わっちがさ、無意識のうちに、母親の力をどうせ大したことないと思ってたんだなって、それも、わっちはショックだった」


「やっぱり、あれじゃないか? このオシェラートの環境って魔力が濃いんだろ? その影響で強くなりすぎたんだろ」


 しかしタマサは頭を振った。


「なあオリヴァン……こんな結果を導くために使っちまって、よかったのかな」


 返す言葉に困って、俺は黙り込むしかなかった。


「おい、答えろよ」


 どんな答えも、不正解になる気がした。


「そういや、オリヴァン、さっき空を見てたけど、また何かみえたのか?」


「ああ、ザミスの過去だった」


「それがスキルか。オリヴァンの目には、過去が見えるってことか」


「どうやらそのようだ」


 これまで見えたのは、犬レースの数字と、ザミスの過去。それとエリザマリーって人の過去についても、ある程度見る事ができて、この根元の世界(ロウタス)の秘密も少しだけ知ることができた。


「でも、自由自在ってわけじゃないんだ。まだ二回しか見えたこともないし、発動のタイミングもよくわからない」


「わっちの過去も……みてくれないか?」


 本当に耳飾りをここで使ってしまって良かったのか、その答えを得るための手掛かりが、タマサ自身の知らないタマサの過去にあるのかもしれない。だから見て確かめてほしい。そういうことだろう。それと、母親がどんな人なのかを知りたいという気持ちもあるのだと思う。


 俺は、懸命にスキルを発動させようと頭上を見上げてみたが、焚火に照らされて黒光りする洞窟の岩肌があるだけだった。


「今すぐには無理みたいだ」


「だめかぁ」


 そう言った後、タマサは静かになった。呼吸が深くなったので、おそらく眠りに落ちたのだろう。


 オオカミの脇腹のぬくもりが、思いのほか心地よかったのかもしれない。


  ★


 出かけようかと思ったけれど、タマサが眠ってしまったので、俺はそのまま洞窟内で焚火に当たり続けることにした。


 しばらくそうしていると、めきっ、という音が洞窟の外からきこえてきた。


 グレースかザミスか、どっちかが木の枝でも踏み折ったのかな、などと思って大して気にしていなかったのだが、洞窟内に戻って来たグレースが両手に持っているものを見て、俺はギョっとした。


 ザミスの大切な弓が、真っ二つに折れていた。


 右手と左手に、それぞれ弓の残骸がある。弦がだらしなく地面に向かって垂れてしまっていた。


「おい、グレース……それ……」


「どうしようオリヴァン。ザミスの大切なもの、こわしちゃった……」


 ぼろぼろと泣きながら、どうしたらいいのかわからない様子だ。


 とんでもないことをしてくれる。


 過去を見た俺は知っているのだ。


 それがザミスの母親が遺した形見だということを。もはや何が起きるかわからない。いくらザミスが優しい女の子だといっても、大切なものを壊されたら、怒り狂ってもおかしくない。


 俺にはアイテムを修復するスキルなんか無いし、武力を使った戦いになったら、落ち込んだ今のタマサに戦意があるとは思えない。そもそも人をダメにするような巨大オオカミのぬくもりに包まれて、眠ってしまっている。


 どうなってしまうのかと心臓が早鐘を打ち始めた。


 ザミスが動いた瞬間、思わず身構えた。


 けれども彼女はグレースや俺を攻撃することはなかった。


 グレースから無言で弓を取り上げると、矢とともに焚火の中に放り込んでしまった。


 炎は音を立てて勢いを増した。


「古くなってた。おまえのせいじゃない。新しいの、つくる」


「ザミス……ごめん、ごめんね」


「グレース。あたし寒い。あったかい服くれ。それで許す」


「ごめんなさい……。ごめんなさい……あぁっ……」


 大泣きして、その場の座り込んだグレースを、ザミスは「大丈夫」と言って抱きしめていた。


 もはや俺の出る幕などないほどに二人が仲良くなりすぎていることも、俺の心中をこの上ないほど掻き乱す現実だった。


 やがて泣き止んだグレースは荷物を漁り、ザミスに白い羽根をいくつも使ってつくられた防寒着を渡した。俺とグレースが出会った時に着ていた服だ。


 ザミスは、美しい胸当てやくたびれた服の上からそれを羽織った。


「あったかい――」


「こんなもので足りるとは思わないわ。私の世界に帰ったら、あらためてお詫びをしたいと思うのだけれど」


「――おまえみたいだ」


「え? どういうこと?」


「なんでもない」




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