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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第二部 今は灼熱のオシェラート
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第39話 寒冷化

 冷たい雲に映し出された映像が終わって呆然としていた俺だったが、やがてさっきまでの灼熱が嘘のような寒さに気付き、思わず震えてしまった。


 タマサの耳飾りの力を解放して、氷の大魔法が発動した。本来、なにか強大なものを倒すために封じ込められていた力だったのかもしれない。それほどの、圧倒的な魔力。


 掘り出された後に放置されていた予言の柱をひとつ、存在が目に見えないサイズまで砕き切り、消してしまった。そしてなお、氷魔法の余韻でロウタス全体が一気に冷え込み、雪なんかを降らしているというのが現在の状況である。


 地上に目を戻した俺の目には、眠るグレースにしがみついて、泣いている金髪の少女の姿が映っていた。そのすぐそばには、二人を守るように、じっと寄り添っている賢いオオカミがいた。


 本来なら、俺が駆け寄りたかったけれど、金髪少女ザミスの気持ちの方が、もしかしたら勝ったのかもしれない。


 なにせ俺は、グレースが倒れてしまったというのに、空に流れる映像のほうに見入ってしまったくらいだ。


 もちろん、グレースは頭も打っていなければ呼吸もしているわけで、魔力酔いによる睡眠状態に過ぎない。だからといって、俺が駆け寄らない理由はなかったのだが……。


 いや、過ぎたことで思い悩み過ぎるのはよくないな。


 これからの事を考えよう。


 そのまま放っておくと、雪が積もっていくのにも気づかずに、一晩中でも泣き続けて二人で凍え死んでしまいそうなので、俺は二人のためにも、呆然と突っ立っているタマサに何とかしてもらうよう頼んだ。


「魔法で疲れてるところ悪いが、グレースを起こしたい。頼めるか?」


「ああ。疲れてないからね……。わっちは、ほとんど魔力つかってないんだよ。耳飾りに入れられていた魔法が発動しただけだからな」


 タマサは気持ちを切り替えるように溜息を一つ吐くと、かじかむ手に息を吹きかけながら、俺の荷物から小さな麻袋に入った『黒山羊の巻角』というアイテムを取り出した。


 そしてそれをグラスにひとつまみ落とし、水を注ぎ、根菜類からとった甘い粉を入れた。


「できたぞ。まあ絶対に美味くはないけど、飲めるレベルだろ」


 俺は感謝を告げて受け取ると、グレースに駆け寄ってしゃがみこんだ。ザミスを優しく押し退けて、グレースの頭を抱えてすこしだけ身体を起こしてやった。


 ゆっくりと、一口ずつ含ませていく。


「くっ、変な味ねっ……」


 グレースは咳き込みながら起き上がった。


 ザミスは目をむいた。


「すごい。うそだろ。グレース消えそうだったのに。生き返った。なにもの」


 俺はただの人間で、これはただの気付け薬である。


 でも、なんだろうな。氷の大魔法だとか、ザミスやエリザマリーの過去映像を見たりしたことで、俺も少し興奮気味だったのだろう。


「世界を救う、英雄だ」


 ところが、この格好つけた発言がよくなかった。


「英雄? 英雄……敵を倒す人。たたかう人」


「いや、そんな大層なものじゃ」


 と言いかけた時には、俺は矢の先を向けられていた。


 緊張が走る。


 わけがわからない。


 突然の危機に、混乱しかない。


「え、なんで」


「英雄、戦って相手をころす。きけん」


「いやいや、まって、弓を下ろしてくれ……。昔はそうだったかもしれないが、なにも英雄ってのはそればっかりじゃあ……」


「あたし、攻めてくるものから守る。それが役目」


 俺に向けられた矢は、小刻みに震えている。


 母親から受け継いだ弓矢を人に向けて撃ちたくない。けれど、答えによっては本当に撃たなくてはならない。心のうちが読めるわけではないけれど、絶対に人を撃ちたくないんだと思った。


 だから、手が滑らない限り、俺は撃たれないはずだ。


 タマサは、引き締まった顔になった。魔法を撃ってでも止める覚悟を決めたようだった。


 グレースは、苦しみながら、か細い声で俺の名を呼んだ。


 オオカミは、ただ澄んだ瞳で事態を見守っている。


 俺は、タマサに手のひらをみせて静止して、グレースを安心させるために頷いてみせた。


 絶対に大丈夫だ。確信があった。


 もしも過去の映像を見る能力がなかったら、慌てて逃げ出して、怪しまれて、本当に撃たれてしまったかもしれない。でも、ザミスがどういう女の子なのかを、俺は知っている。


 力強く言い放つ。


「俺は、いや俺たちは、この世界に生きる全ての人々を救うために、降りて来たんだ!」


 ザミスは矢を背中の細長い籠に戻し、弓を地面に置いた。


「……都合の良い世界つくるために来る、そしたら弓矢で脅す。この世界のため、人を救うため降りて来る、そしたら道を開ける」


 大昔に聞いた赤い服のエリザマリーの言葉を、だいたい記憶していたようだった。神殿のある敷地をまたいだ者に対する、一つの儀式みたいなものなのだろう。


「よかった」


 ザミスは、オオカミの毛並みに頬ずりしながら、また、ちょっとだけ泣いていた。


  ★


 グレースはすっかり元気を取り戻して白っぽい上着を装備したし、寒いところの出身であるから、ちらちら雪が舞った程度で大騒ぎすることはない。


 それから、根性で厚着を続けていたタマサにとっては、むしろ好都合だったし、あの暑さが大丈夫だったら寒さも根性で何とか出来るだろう。


 しかし、ザミスは違う。彼女の服は半袖で、上半身側は胸のすぐ下で切られ、お腹が丸見えになってしまっている。下半身を覆う色あせたスカートもどちらかと言えば布が薄くて涼しげで、足なんて裸足だ。だから、どう考えたってこの状況のままでは危険すぎると思った。


「おまえたち、ついてくる。あったかいところ行く」


 ザミスは俺に言われるまでもなく我慢の限界を迎えたのだろう。俺たちを先導して、小走り気味に進み始めた。


 少し歩いたら、洞窟に着いた。神殿の敷地内にある洞窟は、入口こそオオカミがギリギリ入れるくらいの狭さだったけれど、中は広々としていた。


 洞窟というのは、たいてい外に比べて温度の変化が少ないので、寒暖の差がある地域でも温度が一定なことが多い。


 夏から一気に冬になったという状況では、この洞窟に逃げ込むというのは正しいように思えた。


「ワン公、おまえの家借りる。いいか?」


 ワフ、とオオカミは返事した。


 俺たちは、その入り口近くにあった広めの空間で焚火をして、暖をとることにした。


 ザミスは、洞窟に入ってもまだ寒さに震えていた。


 ふと、彼女は何かを閃いて、オオカミを呼んだ。


「ワン公、ここに伏せろ」


 従順なオオカミは、言われた通り炎のそばにお腹をくっつけて伏せた。


 ザミスはまるでクッションのようにしてオオカミの脇腹に座ると、


「あたたかいな」


 そう言って、グレースに向かって勝ち誇った視線を送った。


「ちょっとザミス、そこどきなさいよ。そこは、私のいつもの場所なのよ。……ねえリールフェン、あなたも、そこに私以外を座らせるなんてどういうことなの? 誰でもいいの?」


「ワン公、あたしのが好き。それだけ。認めろ」


 今は寒いから、お互いに喧嘩でアツくなるのも構わないけれど、いっそ仲良く二人でオオカミの脇腹を使えばいいんじゃないかな。


 なんとなく、オオカミも二人に仲良くしてほしそうな雰囲気を出しているような気がした。


 グレースは、そうだわ、と閃いた。


「寒いんだったら、私の予備の服……三番目くらいに気に入ってる服を貸してあげるわ。マリーノーツで買ったものだけれど、それが一番暖かいし、あなたの着ている服にも似ているし、なにより人助けも上に立つ者の務めだものね」


「いらない」


「どうして? あなたの着ているのも、とってもいい服だけれど、そんな服じゃ見てる方が寒くなってしまうわ。もっと暖かくしたほうがいいと思うわ」


「……おまえ、見る目ある」


「え、どういうことよ」


「この服褒めたの、おまえだけ。みんな、ぼろぼろ、みすぼらしい、へん、きたない言う。そのたび悲しい。でもグレースだけ褒めた。だからあたしも、おまえ褒めてやる」


「そっ、そんなので誤魔化されないわよ。そこは私の席。あなたにもリールフェンのおなかを特別に貸してあげてもいいけど、そこには私が座るわ」


 本当にどうでも良い争いでしかないな。


 こういうのを仲裁するのは、年上のタマサが得意だと思うのだが、ここしばらく、タマサの様子がおかしい。


 厚着で汗をかきまくったところに、いきなり極寒になったものだから、体調でも崩したのだろうか。


 気になったので、俺は赤い着物のゆったりした袖を引っ張り、声をかけてみる。


「なあタマサ、二人の仲を何とかできないか? オオカミを二匹に増やす魔法とかあればいいんだが」


「それどころじゃないだろクソが……。わっちのせいで、大変なことになっちまった」


 犬レースで負けたとき以上の落ち込みようだ。頭を抱えて俯いた。




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