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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第二部 今は灼熱のオシェラート
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第38話 名もなき根のロウタス

 氷魔法が広がる空。


 白い空から雪が降ってくるなかで、俺のスキルが発動している。


 俺のスキルは、過去を見る瞳だということが判明した。空に映像として過去の出来事が映し出されるのだが、これは俺にしか見えていないようだ。


 タマサとオオカミが、俺を不思議そうに見ていた。


 他の者にとっては、俺が何もない雲を見てぶつぶつと呟いているようにしか見えないからだろう。


 さて、映像の主役は、これまでは金髪の少女だった。しかしここから、赤い服を着た赤髪の女に焦点が当たるものとなった。


 映像の中の赤髪は、金髪の少女に逃げなさいと告げて別れ、大きな縦穴の周囲につくられた階段を下る。襲い掛かる賊を次々となぎ倒し、そして、祭壇のような場所に置かれた消えかけの火と対面した。


「全ての世界(ロウタス)は根で繋がっています。ここは、そのなかで特別な世界(ロウタス)。空に伸び行かない、唯一の世界(ロウタス)。火が内部から取り出されてしまった以上、埋め戻すことはできません。伸びゆく世界(ロウタス)たちに合わせて、その炎の強さや形を制御してあげるしかありません。この意味がわかりますか?」


 問いかけだ。周囲には誰もいないけれど、俺が見ている。


 だから、これはたぶん、未来の俺に向けられた言葉だったのだろう。


 伸びゆく世界(ロウタス)、伸びゆかない世界(オシェラート)、だとすると地底の炎が遠ざかる、グレースの世界の寒冷化。炎の制御。


 これらのことを繋ぎ合わせれば、問われていることがわかる気がする。


 つまり、何を犠牲にするのかってことだ。


 世界の形は、刻一刻とダイナミックに姿を変えていて、同じ瞬間は二度と訪れることはなく、一度手を加えたら取り返しのつかないことになることもある。


 どちらかを救えば、どちらかが助からない瞬間が目の前を塞いだ時、その引き金を引けるかどうか。


 その勇気と覚悟があるのかと、問われているのだと思った。


 炎を強めたら、あるいは冷え切ったグレースの世界(ロウタス)や、これから冷えてく俺とタマサのマリーノーツが助かるかもしれない。だけど、すでに灼熱のオシェラートという世界は、きっと助からない。暑すぎて人の住めない場所になる。


 オシェラートが本格的な灼熱地獄と化すのを受け入れさせる。普通に考えれば、それしかないのだろう。選択の余地のない一択のように思えた。


 でも、もしも伝記の中の英雄オリヴァーだったら、きっと諦めない。新たな優しい選択肢を探し出して事態を打開するのが、彼の真骨頂なのだ。


 英雄になるならば、このくらいの難問、解決してみせなくてどうする。


 映像の中の赤髪は言う。まるで俺の決意に応えるように。


「そうですね。わたくしでは、根本の炎をほんの少しだけ勇気づけることしかできません。わたくしの仲間も魔法スキルは氷魔法しか使えませんし……。類まれな魔法の才ある者たちが、ここまで辿り着くのを待ちたいと思います」


 魔法の才があれば、何ができるというのだろう。


 今の俺にはわからない。


 彼女が一枚の紙を取り出し、それを祭壇の炎で燃やした。今にも消えそうだった祭壇の小さな炎は、ほんの少しだけ力を増して、指先ほどのわずかな火から、手のひらくらいの炎になった。


  ★


 続いて映像は、神殿の倒れた柱に座っていた金髪少女に切り替わった。


 ずっと逃げ回っていたようで、とても疲れていた。


 そこに、赤髪の女があらわれる。


 赤髪の女は、金髪の弓矢少女に名前を聞いていた。


 ――八雲丸の娘。


 そう彼女が答えると、


「それは名前って言いませんよ。わたくしはエリザマリー。ここで会ったのも何かの縁です。もしよければ、わたくしが名前をつけて差し上げましょう」


 少女は頷いた。


「では、エリザミスなんてどうでしょう」


「エリ……ザミス」


「わたくしの名前、エリザマリーというのですけれど、その名前の一部をあげます。これで、わたくしの娘、みたいなものですね。それで、エリザミス。あなたにお願いがあるのですけど」


 ――わかった、やる。


「え、まだ何も言ってませんけども」


 エリザマリーという赤い服で赤い髪の女性は、その後で少し黙った。迷っているようだった。本当に、こんなお願いをしてもいいのか、ということだろう。


 何を言うのか待っていると、やがて決心して、次のように言った。


「大いなる火を守ってほしいのです。人が住んでいた縦穴は、もう使えなくなりました。炎がものすごーく強くなって、エネルギーが暴れています。危ないから近づいてはいけない状態になってしまったのです。その強い炎を見てしまうと、目が悪くなってしまう。だから、この神殿のある敷地も立ち入り禁止にして、危険な縦穴に人が近づかないように、守ってほしいのです」


 これは、少し嘘が混じっているのだろう。なぜなら、さきほどの映像で祭壇の火に勢いを加えたとき、ほんの小さな火は、手のひらサイズになっただけだった。


 危険だということにして、人を遠ざけようとしたといったところか。


 エリザマリーは続けて言う。


「いいですか、エリザミス。もし自分たちの都合の良い世界のために攻めてくる者がいたら、つらいでしょうけど、心を鬼にして、あなたの弓矢で滅ぼしてください。もし皆とともに生きるため、全ての人々を救うために降りて来る者たちがいれば、道を開けてやってください」


 金髪のエリザミスは頷いた。


 けれど、すこし様子が変である。


 ひどく汗をかいている。急に体調が悪くなったのだろうか。賊に襲われそうになった恐怖が後になってやってきたのかもしれないと思ったけれど、次の彼女の言葉で、事態がなんとなくわかった。


「……暑い」


「それは、やはり炎が強くなってしまった影響かもしれません」


 エリザマリーは全く暑くないようで、涼しい顔のままだった。


 ほんの小さな火から、てのひらほどの小さな火になっただけで、急にオシェラートという世界(ロウタス)が熱を帯びたようだ。厚着をしていた弓矢少女は暑苦しさを感じていた。


「違う服を用意しましょうか。これから門番を任せるにあたって、防御力の高い、ふさわしい服を用意するのがいいでしょう」


 けれども少女は浮かない顔をしながら、流れる汗を我慢し続けていた。


 ――母さんの。脱ぎたくない。


 母親から受け継いだ服。母親から受け継いだ胸当て。母親から受け継いだ弓矢。母親から受け継いだ髪の色。


 少女は、何一つ手放したくないのだ。


「そのようなアイテムがなくても、おかあさんは、あなたの中で、あなたと一緒に生きているのですよ」


 優しい問いかけにも首を縦に振らなかった。


「仕方ないですわね。それなら、わたくしの仲間に頼んで、氷魔法で何とかしてもらいましょうか」


 しばらくすると、青い服を着たエルフの男性があらわれて、金髪少女に赤茶けた紙の切れ端を渡した。それは冷気を発生させており、服を着ていても暑くなくなったようだ。


 その後もエルフの男性とエリザマリーは、ふたりで話し合いながら、白い柱の宮殿や、大きな縦穴を改造していった。


 改造が完了すると、数日をかけて神殿内を氷が満たすようになった。


 灼熱に涼をもたらす神殿の氷は、少しずつ切り出されて、人々に配られた。


 切り出されても、すぐに氷は成長し、無限に生み出され続けるかのようだった。


 エリザマリーは満足そうに頷いた。


 続いて取り掛かったのは、少し離れた場所から白い柱を削り出して運び、一つ一つに文字を彫り込むという作業。


 仲間が紙に書いてくれた文字を見ながら、たどたどしい手つきで小さなハンマーを振って、(のみ)の柄に当てていく。


 神殿の敷地内を守る金髪少女は、文字を刻む作業に興味を示した。


 ――なにしてる。


 エリザマリーは、文字を彫る手を一時止めて、道具を置くと、正面に向き直り、エリザミスの目を見て説明する。


「わたくしの仲間は、未来を知る事ができるのです。つまり、これは予言ということになりますね。手前側から縦穴に向かって、つぎつぎに埋めていく予定です。最後の柱が掘り出されたとき、あなたの役目は終わるでしょう」


 ――いま、なんて彫ってる。


「あまり話すと未来が大きく変わってしまうかもしれませんが……このくらいなら……。ええっと、これはですね……未来における、犬……という文字ですから……」


 ――犬。知ってる。犬は飼うもの。


「ええ、でもこれは、犬レースについてですね」


 ――犬レース?


「犬たちを競争させて、順位を当てるゲームです。そのレースを開くための大規模な専用会場を設置するように、ということですね」


 ――なんで。


「それは言えません」


 うふふと笑いながらエリザマリーは言ったが、金髪少女が笑いを返すことはなかった。


 いくつもの柱が完成し、それを埋め込むという大仕事が完了すると、エリザマリーは出かけていった。指導者的な地位にある者と面会するためだ。


 はるか昔に、この世界(ロウタス)に移り住んだ人々の中で、ある程度の階級というか、序列ができていたようだ。


 そのトップにあたる一族は洞窟に素早く逃げ延び、鎮圧されたことにも気づかず、賊の侵攻に備えたままだった。


 灼熱の世界で、蒸し風呂のようになっていた洞窟の入口を開き、彼らに安全になったことを告げると、氷を生み出す神殿のことや、予言の受け取り方、大きな縦穴を立ち入り禁止にしたことと、門番を置いたことなどを話した。


「大丈夫ですよ。暑くはなりましたが、この世界(ロウタス)は栄えます」


「ロウ、タス?」


 毛深い指導者の男は、知らない単語に戸惑った。


「この世界は、多くの茎のようなものが伸び、その先に開いた花が、いくつも並んでいる構造になっています。成長スピードはひとつひとつ違っていますが、空の一番高いところに近づこうと、懸命に伸びていっているのです。空に向かってひとつひとつ花開いている大地のことを、我々はロウタスと呼んでいます」


「ここも、ロウタスと呼べるものなのか?」


「ええ。ここは、その最も低い場所。最も特別な根のロウタス」


「ここは花開いているのだろうか?」


「それは、あなたたちや、子供たちの選択が、決めていくことでしょう」


「待ってくれ。我々を救ってくれたあなたは神だ。赤き装いの神として、これからもこのロウタスを導いてくれないか」


 逆賊を鎮圧した功績と、氷で人々を救った功績、そして予言を残した功績を称えられ、自分たちを導き続けてほしいと願われた。


 しかしエリザマリーは、


「わたくしの死に場所はここではありません」


 そう言って、背を向けて去って行った。


 やがて、日々がめぐり、神殿からいくつもの柱が掘り出されて横たわり、ロウタス全土が栄え始めた頃、祭壇の炎が急激に強まった。


 暑いロウタスはさらに暑くなり、金髪少女に与えられた赤茶けた紙片の冷房能力も追いつかなくなってきた。


 これが、エリザマリーの計算通りだったのか、誤算だったのかはわからない。


 金髪の少女は、エリ・ザミスと名乗るようになり、暑くなった世界に苦しみながら、しばらくそのまま過ごしていた。


 けれど、やがて我慢できなくなった。


 自分の着ていた服の袖をちぎって、半袖にした。ほつれた糸が、細腕にかかる。長かった裾も、矢の先で斬り裂いた。


 涼しくなった。


 けれど、深く落ち込んだようだ。切れ端を抱きしめて、しばらくうずくまって動けなかった。大事にしなければいけないと思っていた形見の服。それを破ってしまったわけだ。


 ――涼しい。涼しい。動きやすい。動きやすい。


 自分を納得させるように唇を震わせ、紺色の空を見上げた。


 映像の外の空も、少し前までは紺色だった。けれども今は、すっかり白く、雪なんてものを降らせていた。




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