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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第二部 今は灼熱のオシェラート
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第36話 ザミスの試練

「おまえ、グレースいうのか」


 オイナルヒ神殿の門番を名乗るザミスは、グレースとの戦いを続けていた。


「そうよ。だから何よ」


「いい名前。おまえにはもったいない」


「ありがと……って、褒めてないわね」


 二人が争っている間に、俺とタマサはそこらじゅうに転がっている倒れた白い岩――神殿の柱が倒れたと思われる――のひとつに座り、休憩していた。


 遠く神殿のほうを見ていると、頭髪をすべて剃り落としている神官らしき二人組が巨大な氷が置いてあるところまで歩いて行くのがみえた。遠くから見ても装飾がわかるような大きな刃物で氷を切り出して、運び出していった。


 大きな氷は、切り出された部分を数十秒かけて再生させて、再び神殿内を氷が満たした。


 その神官らしき二人組は、俺たちの侵入に気付いたものの、特に関心が無いようで、神への捧げものなのか、食べ物を置いて去っていった。ウサギ肉だった。


 この神への捧げものというのが、ザミスがさっき食べていた骨付き肉だったりするのだろう。


 神の指名で門番になっているから、神へ捧げものを勝手に食い散らかしたところで問題ない、といったところか。


 さて、紺色の空の下、二人の争いはまだ続いていた。


「リールフェンは私と一緒に行くって言ってるでしょう?」


「ちがう。ワン公は、あたしと一緒。ここ残る」


「じゃあ、リールフェンに決めてもらいましょう。さ、リールフェン、私とこのザミスっていう子と、どっちを選ぶの? 私でしょ?」


 グレースの問いに、オオカミは困った顔をした。


「ここに残るのが、ワン公にとっての幸せ。毎日、骨食える」


「ずるいわ。食べ物で釣るなんて!」


「おまえ、食べ物に負けてるだけ。みとめろ」


「私のほうがリールフェンと一緒にいるに相応しいわ」


「じゃあ、あたしより仲良しなのか。証明しろ」


「わかったわ。証拠をみせてあげる」


 そしてグレースは、いとおしそうにオオカミの顔を見上げながら、手を差し出した。


「リールフェン。お手」


 スッと繰り出した美しい毛並みの前足が、グレースの手の上に優しく置かれた。


「どう? ちゃんと私の言う事を聞いたわ」


 やってやった、みたいな顔をしていたが、ザミスは納得しなかった。


「そんなの、あたしもできる」


「え、私にこの芸を見せてくれるまで、とても苦労したのよ? まさか、そんなはずが……」


「ワン公、オテ」


 ザミスの手にも、しっかりと前足を置いた。


「なんでよ、リールフェン……」


 申し訳なさそうにするオオカミ。


「ともだちに芸させる人、なかなかいない」


「うっ……」


 言葉の矢がグレースの胸に刺さったようだ。


「あたしと同じ。飼ってただけ。友達ちがう」


「そ、そ、そんなことないわ。ね、リールフェン、私たち友達よね」


「……おまえ、人間のともだちいないのか」


「あなたこそ。こんなところで独りぼっちじゃないの」


「誇り高い仕事してる。門番」


「何を守っているの? 遠くに見える光の柱?」


「だいたい合ってる。大いなる火を守ってる」


「大事なものなのね」


「あぶないから近づいたらダメ。見ると目悪くなる。でもとにかく守れ言われてる。さいきん、このワン公様が、あたしと一緒に門番やることになった」


「それは、この国の偉い人とかが決めたの?」


「ちがう。あたしがきめた」


「ねえリールフェン。あなた、誇り高きオオカミじゃないの? なんでこんな子に従ってるのよ?」


 リールフェンと言うべきか、ワン公と言うべきか、とりあえずオオカミと言っておこう。オオカミは、ワウゥ……と小さく声を漏らした。


「そう、ごはんを食べさせてもらうために仕方なく従ってるのね……! ひどいわ! でも、私が迎えに来たんだから、私と一緒に来なさい。いいわね?」


 オオカミは、ザミスの顔色をうかがっている。


 残念ながら、今の飼い主はザミスということのようだ。


 ザミスは言う。


「そのまえに、おまえ、本当に飼い主か?」


「だから、友達だってば」


 グレースの言葉を、はいはいと受け流したザミスは、白く輝く毛並みを撫でながら、


「このワン公、強い。いままで見た中でいちばん強い。あたしと同じレベル。強いものに従う。世の(ことわり)。もしおまえたちワン公より強ければ、連れてっても良い」


 これは、グレースだけに向けられた言葉ではない。俺たちの誰かが、オオカミよりも強いことを証明できれば、リールフェンを取り返せるということだ。


「この子、魔法つよい。氷魔法しかできないけど。でも飼い主なら、もっと氷魔法つよいはず。あたし、みてやる。魔法うて」


 そして、ザミスは横たわる二本の白い柱を指差した。


「あの倒れた柱を氷で砕く。それで力みる」


「よし、やってやるわよ」


 そしてグレースが興奮気味に詠唱に入ろうとしたところで、タマサが青いワンピースの肩を掴んで止めた。


「わっちがやる。グレースじゃ身体がもたないだろ」


 なるほど魔法大師範のタマサ先生ならば、氷のオオカミよりも強いだろうと想像できる。でもグレースは、


「ううん。私がやるわ。私がリールフェンを取り返す」


 たぶん、こうなったら頑固で強情で、絶対に勝つまでやろうとするだろう。たとえ力が足りなくても、無理をしてでも目的を果たそうとするに違いない。それが、このお姫様の性格なのだ。


「タマサ、氷の槍ってあったわよね。私の世界では呪文がなかったの。正しいのは、どう唱えればいいの? 教えて」


「さあな。氷の槍の呪文なんか、生まれてこのかた使ったことねえよ。氷の槍ってのは、基本の基本、初歩の初歩の魔法だし、才覚のある人間なら詠唱しなくても使えるってのが教える側からすると利点なのさ。他の魔法を一度でも発動したことあれば、簡単にできるはずで、最も簡単な部類に入る魔法だ」


「私、撃てたことない……」


 炎魔法は多少使えるグレースだが、氷魔法に関しては経験値が無いようだ。


 そうこうしているうちに、先にザミス陣営に動きがあった。


「ワン公、氷の槍。うて」


 オオカミは縦に大きく口をあけ、鋭い牙を光らせた。


 太い鈍器のような、何にも刺さらないような氷の槍が姿をあらわした。


 瞬間、ザミスがオオカミの身体に手を触れた。


「手加減する。ダメ。本気出す」


 口が一度閉じられ、また開く。


 次の瞬間、無数の小さな氷の槍が口から放出された。一本一本が鋭く細く、きらきらと光を反射しながら猛スピードで飛んでいく。倒れた柱に連続して襲いかかり、微塵切りレベルで粉々にした。


 その光景を見て、俺とグレースは言葉を失い、タマサは頭を掻いた。


「おいおい、クソだな……あのオオカミ、今のわっちより断然強いじゃんか。この世界(ロウタス)の魔力にも本能で完璧に適応してやがる」


「おいおい、それって、やばいんじゃないのか?」呟くように俺は言った。


 そうなると、当然グレースよりも間違いなく強いだろう。下手するとレベルが違い過ぎて話にならないほどなんじゃないか。もしそうだったら、力が証明できず、オオカミを取り戻せないことになる。


 武力で解決しようとするの良くないよ、などと主張したところで、ザミスのこれまでの言動だけから考えると、そこらへんの話が通じる相手とは思えなかった。


 タマサは片手で頭を抱えて悩みながらも、


「方法がないわけじゃないんだよ。大魔法なら、さすがに負けを認めさせられると思うから、わっちなら何とかできるけども……どうしたもんか」


「大魔法……? 大丈夫なのか? 魔法ってもの自体、この世界で発動したら、術者の身体に相当な負荷がかかるって話じゃなかったか?」


「裏技がある。わっちの魔力を使わないで氷の大魔法を撃てる方法が、一つだけ。いざとなったら、それしかないだろ」


「裏技?」


「ああ、一度きりしか使えないヤツだな」


 タマサは耳に手を伸ばし、六つある耳飾りのうちの一つに触れた。


 どう考えてもタマサに頼るしかない、と思ったのだが、グレースは首を縦には振らなかった。


 一体、どこでおぼえたのやら、突如として氷魔法の詠唱に入った。氷魔法を一度も発動できたこともないのに、いきなり何かの呪文を唱え始めた。


「――脈動も許さぬ無慈悲の霊柩(れいきゅう)、地中より来たりて奈落と成れ」


 唱えていくうちに、周囲を冷気が包んで行く。どうやら発動してしまいそうだ。


「ちょっ、グレース! ダメだ!」


 タマサが止めようと叫んだものの、グレースの詠唱は止まらない。


「――震えも許さぬ悠久の恩寵(おんちょう)、天上より来たりて聖域と成れ。……絶氷釜(グレスボイラ)!」


 技の名前をきいて、思い出した。マドーショガーデンの最も高い塔、絵画の裏に隠されていた古いメモは、グレースが解読していた。あのメモに、呪文も書いてあったのだ……。


 グレースだけが読めていたので気付けなかった。思い返すと、グレースは、呪文が書いてあるってことも言っていたような気もする。でも、とにかく俺たちは油断していた。


「やめろグレース!」


 タマサが力づくで止めに入った頃には、とっくに詠唱が終わってしまっていた。


 技が発動した。


「でき……た……」


 ふらりと倒れ込みながら放った一撃。


 俺はグレースに素早く駆け寄り、頭を受け止めて、しっかりと支えてやった。


 地中から氷がせり出してきて、空中で形成された氷が落ちてきて、二つが合体した。中が空洞の氷の球体が完成した。


 内部に人間が入れるくらいの大きさだが、かたちは球形には程遠く歪んでいたし、標的である白い柱にまともに当たらず、ちょっとかすっただけだった。


 ザミスは勝ち誇る。


「ざんねん。勝負あった。ワン公のが強い。こっちの柱、粉々。ワン公、あたしのだ。グレースのじゃない」


 圧倒的な力の差。


 もとの世界でも、圧倒的にリールフェンのほうが実力が上だったのだと思う。


 勝ち目のない戦いだっていうのは、グレース自身もわかっていたはずだ。


「っう……くっ……」


 声を押し殺して、ぼろぼろと流れる涙を止めようとしていた。でも、次々に溢れてきてしまう。


 涙を止めてやれるだけの力が、俺にはない。


 歯を食いしばって、もらい泣きしそうになるのを我慢する。


 タマサは、耳飾りの一つを外し、強く握り込んでから、グレースに力強く声をかける。


「よく頑張ったよ、グレース。あとはわっちに任せときな」


 握っていた手を開き、大切な耳飾りとの別れを惜しむかのように、しんみりと見つめた。かと思ったら、思い切り紺色の空に放り投げ、手をかざし強めの炎柱で燃やしてみせた。


 形を失って炎に溶けた耳飾りは、青い閃光を撒き散らす。世界に冷気が満ちてゆく。


 氷の大魔法が発動した。


 標的の白い柱は、大魔法の力を一点に受け、急速に凍らされ、世の理も通用しないほどに凍らされすぎて、微塵切りどころではない。跡形もない。白っぽい煙となって、すぐに存在そのものが散っていった。消滅した。


 氷の大魔法によって柱は消えたが、その余波が残った。生み出された冷気の波動が、行き場を失い、灼熱の世界(ロウタス)に広がっていく。


 空に白い雲が何度も何度も同心円状に広がっていき、雲が生まれるスピードがだんだんと速まっていく。


 やがて紺色の空は覆われ、白くなった。


 空の分厚い白に、赤みがかった光の柱がぶつかって、俺たちはその光が、根元から上に向かって伸びていたことを知った。


 思わずぶるぶると震えるほどに、空気が冷えこんだ。


 きっと、オシェラートという世界(ロウタス)全体が急速に寒冷化してしまったことだろう。


 しばらくすると、空から白いものが、ちらちらと降って来た。


 雪だ。


「まるで、私の故郷みたい……」


 目を細めて微笑んだ彼女の手を、俺はしっかりと握ってやる。


「…………」


 しばらく静寂が場を支配し、やがてグレースはそっと目を閉じ、俺の中で眠りについた。


 ……なんて言うと、まるで命を落としたみたいだが、何らかの原因で睡眠に落ちただけだと思われる。呼吸もしているし脈拍もある。


 俺はもう、こういう時にこそ、落ち着いて対処しなければならないってことを覚えた。たぶん、この眠り方は魔力酔いとかであろう。


 それも、以前ほど重たくない。


 万能薬、『黒山羊の巻角』をスパイスに使った料理でもタマサに作ってもらえば、すぐに元気になる程度だ。


 だだし、グレースの手足から力が抜けていく場面を見ていた女の子が一人、まるで以前の俺みたいに、ひどく慌てていた。


「オイ。オイ……なんだ。どうした。うごかなくなった。グレース……。どうした」


 返事はない。熟睡しているから。


「そんな……。だめだ。しんじゃ。消えるなグレース! グレース! せっかく、友達なれた!」


 悲痛な叫びだった。


 涙を撒き散らしながら、弓矢の少女はグレースを俺から奪いとり、力強く抱きしめた。


 出会ってから、ほんの数分しか経っていない。そのなかで、ひたすら反発し合って、挑発し合って、オオカミを奪い合って、文句を言い合って。


 (はた)からみていれば、あれのどこが友達だったんだと思ってしまう。完全に敵対者の言動だった。


 でも、ザミスの涙は本物だった。


 魂が飛んでいくのを防ぐように、グレースを強く抱きしめ続けて、決して放そうとしなかった。


「グレースぅ……」


 これ、死なないってわかったあと、ザミスはどういう反応をするんだろうか。照れ隠しで大暴れとかしないだろうな。


 今後の展開に懸念を抱きつつ、俺は、すっかり白くなった空を見上げた。


 その時である。またしても空に映像が流れ出した。




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