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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第二部 今は灼熱のオシェラート
34/66

第34話 舞い上がれ村長

 ――四つん這いになれ。


 そう言って、タマサは壁際を指差した。


「いやいや、何でだよ、急に何だ」


「証拠を取るために必要なんだよ。わっちがお前の上に立つだろ? そんで、わっちがお前に立ったままで、お前が立ち上がれば、高いところに手が届く」


「それって、俺より大きな踏み台とかハシゴとかを借りてくればよくないか?」


「それだと、わっちがお前を踏みつけることができない」


「酔っぱらってんの?」


「まあね。とにかく、あの天井近くに上に掛かってる風景画だよ。あれを、わっちのとこに持ってきな」


  ★


 宿泊施設に常駐する世話係のような人が、倉庫整理の際に使用する踏み台を貸してくれた。


 これで、タマサのいる高級部屋に戻り、絵を外すことができる。


 踏み台を設置して、俺はすぐにそれにのぼった。タマサはちょっと酔っぱらっているので、足を踏み外したら危険だ。ということで、俺が外しにかかる。


「つめたっ」


「あっ、気を付けなよ。魔力ないやつが触ったら死ぬ仕掛けとかあるかもしれない」


「先に言えよ、それは」


「いや、冗談だよ。わっちの考えが正しければ大丈夫だ」


 正しければ大丈夫だろうけど、間違ってたらどうしてくれるんだろうな。


 さて、俺が額縁をタマサの前に置いたとき、俺は閃いた。何が出てくるのか、わかったのだ。


 この部屋が、マドーショガーデンの城の中で最も高い塔にあって、その中でも最上層にあることを思い出せば、おのずと答えは出る。


「気付いたみたいだね、オリヴァン。そうさ、最上部には何があるって話だっけ?」


「魔道書だ」


 魔法について記述された数枚の紙が、マドーショガーデンという都市名の由来になっている。それらの紙が神聖なものとされたために、ここに岩の城壁が築かれ、紙を頂上に納め、神の威光を確かなものとしてきた歴史があるのだという。


「大昔にかけられた氷魔法が、まだ効いてるなんて、これは余程の術者だよ。わっちと同じか、それ以上のね」


 タマサは絵画を裏返し、指先でおそるおそる触ってから、金具を外し、額縁の背面を開けた。


 絵の裏に、一枚の赤茶けた紙が挟まれていた。魔道書と言うからには、分厚い書籍をイメージするが、本の形式ではなく、一枚の紙であった。その内容は――。


「うん、読めないね。ま、とにかく、これが部屋を冷たくしてんだ」


 確かに、その紙からは、少し離れたところからも感じるくらい、かなり強い冷気が放出されている。この紙が額縁から出て来ただけで、一気に室内温度が下がったのを感じた。


 グレースがわくわくと好奇心をはずませながら紙を覗き込むと、どうやら馴染みの古代文字だったらしく、すぐさま解読できた。きっと、このロウタスにもこの文字が読める者はいないだろうし、マリーノーツの人々も、誰も読めないかもしれない。


「えーっと、なになに……。『便利な魔法紹介その三、氷魔法グレスボイラ。球状の氷を生み出すことのできる中級氷魔法。一度に生み出される氷が大量であるため、習得優先度は高め。二つの氷の塊を上と下から勢いよく噛み合わせるので、うっかり氷で人を挟まないように注意。有効活用できれば、みんなで涼しくなれるから、頑張って取り組んでみてね……』と書いてあるわね。で、あとは詠唱する呪文が書いてある。で、これ書いた人が、『エリザマリー』だって。エリザマリー……どこかで聞いたような」


 エリザマリーという女性は、英雄オリヴァーよりずっと昔に活躍した最初の転生者である。オリヴァーの伝記によれば、女王だった頃に大勇者制度を創始した人で、地下深くに存在する毒草の花畑の中に遺言を残していた人だ。


「つまり、このエリザマリーって人が、このオシェラートロウタスのなかでは、大昔の神様で、便利な魔法を使えるようになってほしくて、この紙のメモを残したと。でも、この世界に魔法は定着しなかったわけか」


「そうだろうね。わかったかい? これが証拠ってやつさ」


「よくわかった。ありがとう、タマサ。……にしても、この粗末な紙には、エリザマリーの優しさが詰まってるみたいだな」


「ああ」


 便利な魔法を習得してほしくて残したのに、誰も読めなくてただの冷房代わりにされているのは、誤算だっただろう。


「まさかエリザマリーが、こんなとこまで来ていたとはね……」


 タマサは呟き、窓際まで歩くと、窓の外を見た。


 俺も彼女の背中を追って、外を眺める。最上階なので視界がかなり開けている。基本的にこの世界の人々は洞窟に住んでいるので、人家の明かりは少なかった。薄闇を切り裂くような、赤みがかった光の柱が見えた。


「次の目的地は、あそこだな」


 俺たちは三人、ドーナツ型のふかふかした超巨大ベッドに飛び込み、大の字を描いて仰向けになった。


  ★


 光の根元に向かって、俺たちは出発する。だがその前に、やっておかねばならないことがあった。


「村長さん、これ、家を建てる資金です。ぜひ使ってください」


「おお、なんと有難い」


 エシタゴンの村長は、すでに俺たちが犬レースで大勝ちしたことを知っているようだった。


 村長は少し考え込んだ様子を見せてから、


「そういえば、きみたちの年齢はいくつだ? 若いように見えるが、二十を超えていたりするのか」


 この質問は罠である。


 もし若すぎる年齢を答えれば、俺たちから金を巻き上げることができると村長は踏んでいるのだ。


 だから、嘘をついて、ヨユーで超えてると答えるべきなのだ。


 しかし、俺たちのグレースは、公明正大、純粋で真実を愛する娘なのである。


 彼女はみずからの小さな胸に手を当てて答える。


「いえ、私とオリヴァンは、それよりも若いわ。お酒も飲んではいけない年齢だもの」


 グレースの言葉を耳にした村長は、下卑た笑みを浮かべた。


「ほほう、まだ子供だったとは。では、賭け事などまだはやいではないか。この世界の犬券購入に関する鉄の掟により、当選した金額は全て没収となる。たしか、一千万はあったはずだ。さあ、差し出せ」


 グレースのように素朴な者たちばかりが住むエシタゴン村。そのなかで村長は金に汚いところがある。話には聞いていたが、まさかここまでとは思ってもみなかった。前にも言ったように、ギャンブルが人を狂わせたということだろう。


 とはいえ、村長の言う事も、一理あるかな。俺にも、ギャンブルはまだ早かったと心から思う。


 しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。もしかしたらグレースとの世界を救う旅そのものが、犬レースなんか比較にもならないほどの、かなりのギャンブルなんじゃないだろうか。


 まあ、とにかくだ、自分のことは華麗に棚に上げるとして、この村長、完全に、金に目がくらんだ顔をしている。取り返しのつかないレベルで金に取り憑かれてしまっているようだった。


 俺たちの目的は世界を救うことだ。だから、この世界で金持ちでいることに大した執着はないのだが、しかし、俺たちから不当に金銭を巻き上げようとする輩が相手なら、それがたとえ村長という立場や権力がある人だったとしても、思い知らせてやらねばならない。


 これは暴力ではない。目を覚まさせるための英雄的一撃である。


「タマサ、やっていいぞ」


「ああ、このゴミには当然の報いだな」


「私も合わせるわ」


 グレースとタマサ、初めての合わせ技。威力が出過ぎないように、細心の注意を払ったため、指先で三角形を描く正式な動作はせず、二人でしゃがみ込んで片手を地面に手をついて、グレースの詠唱がはじまる。


「――(かす)め取られた炎に非ず、地底に叫ぶ業火に非ず、清き我が煌きを以って、層雲(そううん)を散らし、澄み渡る(カラ)(まみ)えん……マクシマムフラム!」


 いつもの間違った呪文。本来の威力は発揮できないものの、魔力の濃いオシェラートでは、小規模ながら爆発的な炎を生み出せる。


 タマサが指を鳴らして炎魔法の発動に合わせた。


 炎をまとった土が、地面から飛び出した。いきなり大きく隆起した。金に汚い村長は、粗末なつくりの仮宿ごと紺色の空に飛ばされていった。


 偶然に通りがかって事件を目撃した村人は、飛んでいく村長を口を開けて見送った後で、こう言った。


「……魔法、魔法だ。呪文を唱えたら、燃える土が下から飛び出して地形を変えてしまった……! あの方は、もしかして、神様」


 別の村人も、魔法を見た途端に感激して、瞳を潤ませていた。


「まさか赤き装いの神だというのか? 新たな犬神さまの降臨を祝いに来たのですか?」


 また他の村人が言う。


「みずからへの信仰がなくなったことに腹を立てておられるのやも」


「赤き装いの神が、そのように心が狭いわけがなかろう」


 タマサとグレースは慣れない環境での魔法で、身体に相当な負担がかかっているようで、少し苦しそうだったけれど、やはりこの世界で人々の心をつかむには、魔法が一番のようだ。




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