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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第二部 今は灼熱のオシェラート
33/66

第33話 祝勝会

 一夜にして借金を返済し、俺たちは豪遊していた。


 といっても、俺は田舎者だし、グレースは真面目で堅実だし、タマサも大師範という地位で見た目こそ派手だが、金の使い方はとても地味である。どちらかというとギャンブルとは縁の薄い倹約家揃いのようだ。


 やることといったら、いい風呂に入り、いいものを食べ、いいベッドで寝るくらいのものである。そもそも俺やグレースは、マリーノーツの法に照らせばまだ未成年で、酒もギャンブルもダメだし、ギルドに所属するにも後見人を立てねばならないほどだ。


 そんな生活をしていたもんだから、大金を手にしたからといって、大した豪遊はできないのだった。


 というわけで、マドーショガーデンの最も高い塔の最上層にある、一番高い有料部屋を借りた。このロウタスで最高級の部屋だという。とても見晴らしがよく、照明器具である燭台にも、美しい彫刻が刻まれたガラスがふんだんに使われている。


 椅子やテーブルなども俺が見てもわかるくらいに質がいい。


 天井近くに掛けてある風景画も、とても美しかった。まだ見たことのない神殿が描かれ、その近くの穴から、赤みがかったエネルギッシュな光の帯が空に向かって放出されている様子が描かれている。


 置いてある何もかもが俺のような田舎育ちには豪華すぎて落ち着かないレベルだった。


 壁画師の仕事を見た時も思ったが、この灼熱世界の芸術は、マリーノーツをも凌駕するかもしれない。なんて思ってはみたものの、マリーノーツの芸術を味わいつくしたわけでもないのだが。


 ちなみに、どういう原理か知らないが、この部屋は魔法もないのに涼しいという不思議な部屋だった。常に温度が一定に保たれているのだという。


 タマサなら何かを知っているだろう。ちょうど先に特別大浴場から帰って来たから聞いてみようか。


「タマサ、ちょっと聞きたいことが……」


「そんなことより、風呂すげーぞ。オリヴァンも入るといい。最ッ高に気持ちいいぞ」


 いい匂いがする。湿った長い髪が縛られ、まとめられていて、六つの耳飾りに淡い光が当たって輝いている。血色の良い顔は、最高にスッキリしていた。数時間前は疲れた顔で、目の下にはクマがあるくらいだったのに、いつも以上に魅力的なタマサになって戻って来た。


 そして、服装がいつもと全然違っていた。派手な赤い服ではなかった。胸のあたりがとてもキツめの青色ワンピースを着て、その上に、薄く白っぽい上着を羽織っていた。こういう真面目そうな雰囲気もタマサは似合うな。


 ていうか、思いっきり見覚えのある服だなと思ったら、それはグレースの服だった。


「タマサ、どうしたんだ? その服。グレースのだろ? 借りたのか?」


「風呂入ってる間にな、洗濯スキルを持った人に、二人の服を一緒に洗ってもらってたんだよ。んで、わっちが先に上がったから、勝手に着て出てきたのさ」


「おい、それ、グレース困ってるんじゃないか? タマサの服っていうと、肩とか胸元とかババーンって感じだろ。恥ずかしがるだろ、絶対」


「ありゃ着かたの問題だからな。わっちは、あのスタイルが昔っからの自分流で、一番落ち着くけど、別に胸元も肩も出さないで着る方法もあるぞ。なんなら、そっちが普通だったりするし」


「そうなのか」


「ああ、ゆったりした服を腰帯で固定してるってだけだから、割と自由自在なんだよ。ここは高級宿だから、異国の服でも構造を理解して、着付けてくれる人もいるだろうよ」


 そこまで計算した上で、タマサはグレースとの衣装交換を楽しんでいるようだ。


「グレースは、今のタマサみたいに青い服の上に白っぽい上着を羽織ってる真面目で落ち着いたイメージだけど、きっとタマサの赤いのも似合うだろうな」


「ま、わっちほど着こなせるとは思えないけどな」


「タマサの美しさは、あの派手な服に負けてないもんな」


「かわいいこと言うじゃないか、オリヴァン坊や」


 さて、期待して待っていた俺たちの前に、美しいグレースがあらわれた。それがタマサの着ていた服と同じものなのかという疑問が湧き起こるほどに、落ち着いた雰囲気を纏っていた。


 美しくセットされた髪、凛と伸びた背筋、美しいシルエット。薄く化粧が施され、爪にも赤色のべースの上にきらきらした細かい模様が刻みつけられ、落ち着いた着こなしの中でのアクセントになっていた。


 とても似合っていた。


 肩を出さず、胸元を露出しないだけで、こんなに違うのか。


 これまで見たことのない新しいグレースに、俺もタマサも見とれていた。


「もう、タマサ、ひどいじゃないの。私の服、返してよ」


「…………」


 言葉を返さなかった。


 タマサは、ちょっと不機嫌になったようだが、それも無理もないことだ。グレースが可憐すぎるからいけないんだ。


 やがて負けたと思ったタマサは、本気でグレースの美しさに嫉妬してしまったようで、腹いせに実力行使に出た。


「グレース、ちょっと着方を間違ってるぞ、その服はな……」


 青いタマサ赤いグレースに近づき、後ろから服の(えり)を掴んだ。


「えっ? いろんな服に詳しいっていう人にやってもらったんだけど、どう違うの?」


「これは、こう着るんだよ!」


 乱暴に服の(えり)を持ち上げて、


「んぁっ」


 急に甘い吐息を出したかと思ったら、いつものタマサみたいに、胸元がはだけ、肩が(あら)わになった。


「なっ……いやぁああ!」


 見開かれた目。尖った耳はもちろんのこと、白い背中まで真っ赤にして、胸の前で腕を交差し、それぞれの腕で逆の肩を抱いたあと、すばやく俺に背を向けた。


「みないで!」


「見てない。見てないぞ」


 かわいい背中しか見てない。


  ★


 どうしたことだ。慌てて胸元を隠した時のグレースの姿が頭から離れてくれない。


 怒ったグレースは逃げ回るタマサから暴力を用いて青い服を脱がせ、俺はものすごく目のやり場に困った。


 で、互いに元の服に着替え終えたところで、食事の時間になった。


 はじめは文明が進んでいないような印象を受けたこのロウタスだが、全然そんなことはなかった。


 質の高い世界だ。


 前菜、スープ、パン、魚料理、肉料理、デザート、食後のお茶。全てが美味い。


 これまで食事を抜いたり、睡眠を削って犬レースを研究したり、風呂を我慢して川で水浴びしたり、根菜サンドを三人で分けたりしていたから、普通レベルの食事でも最高に思える。それが、この世界(ロウタス)での最高級のものを食べるとなると、どれほど美味く感じるのだろう。


「美味しい! ある意味スイートエリクサーよりも美味しいわ!」


 このグレースの言葉はさすがに言い過ぎかなと思うけれど、成功の喜びと空腹という二つの極上スパイスが加わった食事は確かに最高で、めちゃくちゃ楽しかった。


 この夜だけは、グレースさえも世界を救うことも忘れて楽しんでいたと思う。


 食事中、俺は優雅な手つきで食器を操るグレースの手を見ていた。


 派手に色のついたグレースの爪が珍しいというのもあるけれど、それとは別に、気になっていることがあった。


 ――勝つ犬を教えてくれた女性は、誰だったんだろう。


 紺色の空に浮かび上がった映像。そこで見えた手が、もしかしたらグレースかタマサのどちらかである可能性があると思ったのだ。


「なあ、二人とも、手を見せてくれないか」


「手の形で占いとかすんのか?」


「いや、そういうんじゃないんだ。ただ、知りたいことがあってな」


「いいわよ」


 差し出されたグレースの手を丁寧に持ち上げる。


 このお姫様の手は俺の手よりも少し冷たい。それから、文字の書き過ぎだろうか、ペンだこができていた。たとえそれがなかったとしても、浮かび上がった映像の手とは違っていた。


 指の長さや形が全然違う。


「くすぐったいわね。何が知りたいの?」


「俺に希望を与えてくれた右手を探しているのだ。だが……」


「その様子だと、私ではないみたいね」


 続いてタマサの手をとって、ひっくり返したり、押したり引っ張ったりしてみた。


「やわらかいな。タマサの手は。あったかいし、ちっちゃくて可愛いし」


「どうしたよオリヴァン。いやらしく触ってきやがって。酔ってんのか?」


 酒を飲めない年齢だから酔っているわけではないけれど、決していやらしい気持ちで二人に触れたわけではない。


「この手も違うな」


 紺色の空に見えた手は、もっとしなやかで、指が長かった。


 結局、誰の手なのかわからないし、突如として覚醒しかけている俺のスキルの正体が何なのかも、わからずじまいだ。


「一体、何が気になるってんだよクソが」


 手を触りまくられた挙句に、違うとか言われたことでタマサは少し苛立っていた。


 と、そこで俺は、もうひとつ気になることがあったのを思い出した。


「また別の話なんだけどな、タマサに聞きたいことがあったんだ」


「あん? スリーサイズとか言ったらぶっとばすかんな?」


 それはそれで知りたかったりもするけれど、聞きたいことってのは、


「いや、この部屋って、灼熱のロウタスにあるわりには、魔法もないのに涼しいだろ? それが不思議だなって思ってな。常に温度が一定に保たれているのは、どういう理由なのかってことだ」


「そりゃ魔法かかってるからだよ」


「おかしくないか。魔法は伝説なんだろ。壁画師たちとか、タマサとグレースを神扱いしてきたし、魔法が使えるんなら獣でも神扱いするほどなんだろ。ってことは、こんな場所に、魔法がかけられているとは思えないんだが」


「わっちの言う事が信じられないってのか?」


「納得のいく説明が欲しいだけだ」


「いくら口で言っても、オリヴァンは納得しなさそうだね。でもま、そしたら証拠をみせてやるよ」


「証拠? そんなものあるのか?」


「わっちのような大師範レベルになれば、魔法がどこから発せられているのかって雰囲気をさ、ビシビシ感じ取れるからね。だから、まずはオリヴァン。ここに四つん這いになりな」


 タマサは壁際の床を指差した。


「えっ」




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