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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第二部 今は灼熱のオシェラート
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第29話 俺たちは借金を抱えた

 村長らしき半袖服の老人の家に連れて来られた俺たちは、密漁の罪を問われていた。


 一度、聖地ナミナガ岬に帰りたい。そこから旅をやり直したい。


 できれば、まずは聖地で口を開いたり喋ったりしてはいけないっていう情報を持った状態で、この世界に降り立ちたいし、魔法が強まって制御が効かなくなるってことも知っておきたかったし、川で勝手に魚をとったら罰金だっていうのも知っておきたかった。


 ここまでくると、もうマリーノーツにいた時にまで時間を巻き戻して、もっと準備をして、心構えを済ませてから再挑戦したい。


 そう思えるほどに、絶望的状況になった。


 こんな展開、英雄オリヴァーだって切り抜けられやしないんじゃないか。いや、英雄オリヴァーだったら、むしろこんな状況に陥るような、愚かなことはしないだろうけども。


 白髪の村長が、ううむと唸った後、ひとり頷いた。どうやら裁きが決定したらしい。


 白い石が敷き詰められた庭で、その男に見下ろされ、威厳のある声を浴びせられる。


「初犯とはいえ、この村の川魚を勝手にとるなど、あまりに罪は重い。欲望罪が適応され、一人当たり、罰金二十プレミアムだ。つまり三人分で六十プレミアム。……なに? 金がない? ならば百ぐらい貸してやろう。むろん、利子はとるがな」


 この決定に対し、グレースが勇気をもって反論を繰り出した。


「借金はよくないわ。借りるのは簡単だけれど、返すのは大変だもの。せめて持ち物を売ったりとか、仕事をして返すというわけには……。だって、川の魚を獲ろうとしたのは確かにそうだけど、ちゃんと川に返したもの」


「この村では贅沢な持ち物など、欲しがらぬが掟だ。それに、それぞれの村人に役割が決まっており、空席は無い。ゆえに、おぬしら盗人に与える仕事なども皆無だ」


 続いて、タマサも罪の軽減を求めて声を上げる。


「オリヴァンの馬鹿野郎はともかく、わっちとグレースは何もしてないだろ。罰金は六十じゃなくて二十が妥当だろ。いや待てよ。なんなら、グレースも言ったように、普通に考えて思いとどまってリリースしたんだから未遂だろ。魚も無傷だった。お咎めナシがいいんじゃねーか?」


「蛮行を止められなかったのだから同罪だ。あーだこーだ文句を言うなら、百プレミアムの罰金に変更してもいいんだぞ」


 脅しが入って、タマサがうっかり耳飾りに手を伸ばしそうになった。


 あの耳飾りひとつひとつには、このロウタスを滅ぼしかねない大魔法が封入されているのだという。そんなものを一つでも発動されたら、グレースのお友達の犬型の獣どころか、グレースも俺も無事では済まないし、撃たせるわけにはいかない。


 俺はタマサの腕を掴んで止めた。


「じゃあ、どうすんだよオリヴァン」


 タマサは不快感に満ちた声をぶつけてきた。


「受け入れよう。借金を」


 神様扱いされていたかと思ったら、一瞬で犯罪者に身を落として借金生活に突入しようとしている。浮き沈みが激しい旅にも程がある。


 グレースは不服そうに黙り込み、タマサも俺の決定に反対のようだった。


「待ちなよ。やっぱり犯罪者扱いの借金生活は納得いかないね。わっちとしては気が進まないけど、なんとか一番弱めの魔法を見せて、神扱いされてやろうか? それを見せれば借金なんか帳消しになるかもしれないし、そうならなくても、金なんかすぐに集まんだろ」


「それはタマサも辛いだろうから最終手段にしようと思っていたが、それ以外に事態を打開できる(すべ)は無いか……」


「ああ。オリヴァン坊やの尻拭いをするのは、覚悟してたことだからね。ちょっと見せつけてやんよ。何魔法がいい? 土あたりにしとく?」


「そうだな。ザイデンシュトラーゼンで、グレースの弱っちい炎から俺を守ろうとした時があっただろ? 何も無いところから土の壁を出したやつ。あれを極限まで弱めて、ちょっと土をポッコリ隆起させるのを見せるくらいでいいんじゃないか?」


「ああ、そんくらいなら、ヤバいことにはならないかもな」


 タマサは詠唱もせず、なるべく弱く、丁寧に、かるーく指を鳴らして、魔法を発動した。


 結果――。


 勢いよく隆起した巨大な土の塊に村長の家が突き上げられ、紺色の空に吹き飛ばされた。多くの怪我人を出すことになった。


 タマサは少しだけ、よろめいた。


「…………」


 静寂が周囲に広がった。


 グレースは、怪我をした人たちに駆け寄って、大丈夫ですか、と次々に声をかけて、安全な場所に導いている。


 俺とタマサは、目の前の光景を呆然と眺めていることしかできなかった。


 さかさまになって落ちて来た村長の家が、激しい轟音と土ぼこりを立てて瓦礫と化すのを見届けて、ひとしきり言い訳を考えて、諦めて、俺は言う。


「タマサ……やっぱお前、魔法使っちゃダメだわ」


「ここまでヤバイってのは、わっちも予想外だったよ……」


 このロウタスで、タマサが魔法なんか撃とうものなら、悲劇しか起きないことが証明された。


 神って言うよりは、もう悪魔や魔王のほうだよな。


  ★


 シンシアさんからもらった包帯があって良かった。


 亡くなった人がいなかったのは、本当に不幸中の幸いである。霊妙なる緑がかった包帯が効力を発揮し、巻いたそばから傷を治していった。それで多くの人から感謝されたけれど、元はといえばタマサの放った魔法が原因なのだ。


 だが、この村の素朴な民は、そのような疑いは全く抱かず、天変地異の一つだと考え、傷を治してくれたお礼に、罰金も帳消しにしようという意見が沸き起こった。


 村長は、土魔法で屋敷が飛ばされた後、ずっと放心状態で、もはや罰金のことなど頭になく、何も考える気が起きない様子。限りなく気の毒だ。


「なあ、二人とも、この展開は、逆に申し訳なくないか?」


 村長の家を跡形もなく吹き飛ばした挙句、マッチポンプじみた治療を行った結果、借金が帳消しになろうとしている。これで罪の意識を感じない人間がいるだろうか。いや、いないだろう。


 だから、何か力になってやりたい。そう思った。


 俺の言葉に、タマサは、さすがに落ち込んでいるようで、とても静かだった。グレースは頷き、


「ええ、そうね……ちょっと待っていて、村長さんに聞いてくるわ」


 何を聞きに行くのかと思っていたところ、小走りで戻って来たグレースは言うのだ。


「村長さんの屋敷を再建するには、百万プレミアムが必要だそうよ」


 えっ、どういうこと。


 ねえ、借金百万プレミアムってこと?




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