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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第二部 今は灼熱のオシェラート
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第28話 エシタゴン村の川沿いで

 エシタゴン村の空は紺色だった。


 というか、このオシェラートというロウタスの空は、マリーノーツよりもかなり黒っぽく、青というより藍色、藍色というより紺色と言った方がいいだろう。


「ふぅ」


 グレースは、思い切り息を吐いた。聖地と呼ばれた場所を後にして、のどかな川沿いの村に辿り着いたからである。ようやく普通に喋れる、とでも思ったに違いない。


 そこで、ふと思い出す。俺が犬に噛まれまくっていたとき、聖地で最初に出会った壁画師は、口を開けて指笛を吹いていた。


 俺はその行為に腹を立てていたけれど、もしかしたら、あれは聖地で行えるギリギリの善行で、最大限の優しさだったんじゃないだろうか。


 お礼も言わずに去ってしまったな……。


 だが、過ぎたことを気にし過ぎても仕方ない。今は、俺が生きて来た場所とは別世界の風景を楽しむとしよう。


「ねえオリヴァン。今は昼間かしら。ずいぶん薄暗いわね」


「ああ、一応、空に太陽があるからな」


「私の世界の空は白かったけれど、ここは黒っぽくて、マリーノーツの青い空よりも不気味だわ」


 マリーノーツの空よりも、青いワンピースの君がきれいだよ、みたいな言葉を思いついたけれど、そんな浮ついたこと、口に出すわけにはいかない。


 それにしても、グレースは最高だ。白っぽい上着を脱いだため、俺の目には彼女が、より魅力的に見えていた。


 汗で湿った白銀の髪をかき分ける仕草も。腕に浮かんできている汗の粒も。口を尖らせながら、おでこの汗を拭うときに持ち上げた腕の隙間から見える肌色も。すべてが好ましく思えた。


 ああ、こんなことを気にしている場合ではない。世界を救うための旅路なのだから、グレースと同じように、真面目に歩まなければならないはずだ。


 だというのに、俺は目を奪われてしまっている。


「ん、どうしたの、オリヴァン。私の顔に何かついてる?」


「い、いや……」


 恥ずかしくて目をそらした先には、タマサが先回りして、にやにやと笑っていた。


「なんだよタマサ」


「何でもないよ。ただ、オリヴァンも男なんだなって思ってさ」


「どういう意味だよ」


「別にぃ」


「それよりも、タマサはさすがに暑くならないのか? その赤いひらひらした服は、ずいぶん分厚い生地を使ってるみたいだが。しかも重ね着で……」


「あ? この滝のような汗を見りゃわかんだろ。クソみたいに暑いぞ」


「じゃあ何で……」


「まさかこんな事態になるとは思わなかったからね。わっちの外出着はコレしか持って来てないのさ。部屋着とか作業用エプロンとかはもう少し涼しいのがあるけど、ありゃあくまで室内用だろ。他の変な服を着て外に出るなんて、わっちの常識じゃ考えられないよ」


 その露出度の高い絢爛豪華な服は、一般的には、わりと変な服の部類だと思う。変態的であるとさえ言う人もいるくらいだろう。まあでも、このあたりの感覚は人それぞれだからな。きっとタマサにとって、この服を着ている自分が、本当の自分なのだろう。


 俺たちは、まるで常に夕焼けの中にいるような薄暗さの中で、赤みがかった岩と砂ばかりの道を歩いていく。


 やがて道は、川沿いに出た。そこまで幅の広くない川の水は多少濁っていて、川魚を獲るために、上半身裸の漁師たち三人ほどが槍のようなもので緩やかな水流を突きまわしていた。


 スキルも魔法も使わない。己の肉体と五感のみで勝負するような、いわば原始的な狩猟生活が根付いているらしい。


 俺の暮らしていた村も、外の世界と隔絶されていたため、似たような原始的な狩猟採集の風景が繰り返されていた。


 それが良いとか悪いとか評価するつもりはない。ただ、懐かしいと俺は思った。


「そうだ。なあグレース。腹減らないか? タマサも」


「どうしたの、オリヴァン。朝ごはんなら、聖地の洞窟で御馳走になったじゃない」


 まるで食いしん坊を咎めるような口調だったけれど、それとは裏腹に、グレースのお腹はグルルルとまるで獣のように鳴いてしまって、彼女は顔を真っ赤にした。


 慣れない暑いところを歩いて、汗をかいて、かなりの体力が奪われているのだと思う。


「ほら、やっぱり腹が減ってるじゃないか」


「……それが何?」


 恥ずかしさを誤魔化すために、不機嫌になってみせた可愛いグレースに、ちょっといいところを見せてやろうと思った。


「待ってろ、今、食い物を獲って来てやる」


 自信があった。生まれ故郷のツノシカ村では、よく素手で川魚を獲ったもんだ。


 グレースに、俺の知る数少ないレシピの一つ、超うまい川魚のスパイス焼きを振舞ってやろう。


「あっ、ちょっとオリヴァン。大丈夫なの?」


「大丈夫だ!」


 俺は赤土でできた川の土手を駆け下りた。袖をまくり、靴を脱いで裾もまくり上げ、思ったよりも流れの激しい川に足を沈み込ます。


 うまそうな魚に狙いを定め、勢いよく腕を突き出した。


 魚も驚き、ものすごいスピードでヒレを動かして逃げようとした。けれども、俺の反射神経の方が速かった。久しぶりの魚獲りだったが、うまくいった。


「グレース、タマサ! やったぞ!」


 俺はピチピチ跳ねようとする獲物を両手でしっかり掴んでいたのだが、グレースとタマサは真っ青な顔をしていた。俺のほうではなく、別の方向を向きながら。


 どうしたんだろうかと不思議に思い、二人の視線の先を追ってみる。


 横を向いたら、槍を構えている現地人がいた。俺に向かって鋭利な槍を今にも投擲しようとしている!


「えっ」


 なんでだ。と思ったが、すぐに、なるほど、と思う。


 自分たちの縄張りにいきなり入って来て、挨拶も無しに魚を獲ったら、そりゃ怒られるよな。


 マリーノーツの川と違って、魚もたくさんいるわけではないのかもしれない。


 グレースとタマサのために獲物をゲットすることばかりに気を取られ、人間としての基本的な交流を怠った。考えてみればこれは、まるで原始人のような考えなしの蛮行ではないか。


 怒られて当然である。


「あっちょっと待って。返す。返すから」


 エシタゴン村の上半身裸の漁師たち三人は、槍を構えたまま、黙って俺の行動を見つめている。


 俺は、やばいと思って、魚を川にリリースした。


 けれども、許されなかったらしい。


「罰金」


 男の一人から、そんな言葉が出た。


「え」


「許可なく勝手に魚を獲る行為。二十プレミアム。罰金」


 プレミアムというのは、通貨の単位だろうか。


 あれ、聖地ナミナガ岬の焼けヒゲハンマー男は、そんな独自のお金が流通しているなんて、一言も言ってくれなかった。


 あれかな。神様ご一行だから、道中で俗っぽくお金を払うシチュエーションなんて考えもしなかったんだろうか。


 槍男たちは、俺たち三人を取り囲むフォーメーションを組んで、ぐるぐると回転をはじめる。怪しい動きを見せようものなら、すぐにでも串刺しにしてきそうだ。


「なあタマサ、プレミアムとかいうお金、持ってない?」


「あるわけねえだろクソが」


 タマサは俺の余計な行動に怒っているし、グレースも呆れて、


「どうしてくれるのよ」


 と呟いた。


「こんなつもりじゃ……」


 そんなのは、二人ともわかってくれている。わざとトラブルを起こしに行ったわけではない。




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