第27話 魔法縛り
タマサが言うには、冷たい風魔法を自分の周囲に纏わせることで、快適に過ごせるという話だった。たしかに昨日、そういう自慢をしてきたはずだ。
それなのにタマサは、洞窟の入口で「いや」と首を横に振り、言うのだ。
「それなんだけどさ……わっち、ちょっと魔法使うのやめとく」
「は? なんで」
俺は自分が涼しさを味わえないことに怒りを抱いて、攻撃的に詰め寄った。
タマサは申し訳そうに言う。
「オリヴァンも見たろ? グレースの出した炎の燃え方。グレースは心身の外の魔力を使うタイプだから、周囲の魔力からの影響が出やすいけどよ、それを差し引いても、剛毛ヒゲを焦がすほどに爆発的に炎上するなんて、マリーノーツでは考えられなかった。そのくらい、ここの魔力はヤバイんだ。わっちが普通に風魔法を発動したら大嵐になりそうだし、水魔法なんか撃ったら大洪水にしちまいそうで、無理だ」
そこでグレースが控えめな胸に手を当てながら、
「じゃあ私がやるわ。風魔法と水魔法を教えて。やったことないけど」
「あ? 使ったことない魔法を今すぐに調節できるわけないだろクソが。魔法なめてんのか?」
「それは、そうかもだけどさ」
きっと、グレースとしてはこの世界に来て魔法が思ったよりも高威力で発動できたことに、嬉しさを感じているんだと思う。だからこそ、自分が名乗り出たのだ。
もともとグレースは、元の世界では、「魔法も使えないお姫様」と陰口を叩かれ、苦しい思いをした経験があるという。だから、たとえ制御し切れなくても魔法を使えているという現状に、かなり喜びを感じているというわけだ。
言い換えれば、調子に乗りすぎているということである。
そこで俺は思いついた案を提示する。
「なあタマサ。グレースの世界に伝わってる炎魔法は、呪文を崩してあるって言ってたよな。だったら、呪文を崩すと本来の威力が出なくなるってことだろ? 呪文を崩して俺たちの周囲にだけ適度な冷たい風を発生させることだって、できるんじゃないか?」
しかしタマサは、わかってないなとばかりに溜息を吐いてみせた。
「いいかオリヴァン。呪文崩しなんてのはな、ある種の特別な才能みたいなもんなんだよ。普通は呪文を崩したら発動さえしないことが多い。いざ発動しても、自分を傷つけることになる場合もある。こんな場所で魔力が自分を傷つける方に向いたら、下手すりゃ命が無いんだよ。
長い長い実験と研究の果てに、新しい呪文ってのは生まれるわけさ。グレースの炎魔法が崩されてたのは、グレースの世界で安全に運用するための神研究だったんだろうよ」
「じゃあ、俺たちは……無防備なままで、この灼熱に立ち向かわなくちゃならないのか?」
「そうなるね」
「いや待てよ。だいたい、根拠に乏しいだろ。昨日、自分で風魔法で涼むことができるって自慢してきたのはタマサだし、もしタマサの魔法が暴走する可能性があるんだとして、撃ってみなきゃわかんないだろ。一発だって試してないのに、言うべきじゃないんじゃないか?」
「いや、実は撃ってんだよ」
「どこで」
「このオシェラートって世界に降りて来た時に」
「っていうと……あの時の激流渦巻きか」
「ああ。風魔法で周囲の水を集めて何とかしたやつだ。緊急だったとはいえ、いつもの調子なら、制御できるはずだった。緩やかな流れの上に着水して、そのまま安全に降りるつもりでいたのさ。でも、無理だった。水と風の威力を必死に抑えてアレだ。
かなり暴走気味だったろ? 精神力も、だいぶもってかれて、消耗させられちまった。身体もバラバラになるかと思った。最初は、調子悪いのかなと思ったんだけど、この世界の魔力のせいだろうよ。とにかく、よほどの事態にならないと、わっちの魔法は使えない」
グレースは諦めたように上着を脱ぎながら、静かに頷いた。
「それはもう、冷風だけの問題じゃないわね」とグレース。
「そうだな、戦力が大幅に落ちる……。いや、戦いたいわけではないが」と俺。
「ま、そういうわけだから。悪いけど、冷たい風なんか期待すんな。我慢してくれ」
「そういうことなら仕方ないか……」
「ただ、いざ戦いに巻き込まれたり緊急の時には、ある程度計算できる魔法が、五回か六回くらいは使えるかもしれない。たぶん五回かな。氷のやつは大したことないと思うから」
「ん? そりゃ一体、どういうことだ?」
「わっちの耳飾りには、いろんな属性の大魔法が封じ込められてる。これは、宝石の所持者が込めてきた魔力の分が、そのまま魔法として発動されるようになってる宝物なわけさ。だから、どんな世界で発動しても威力は一定なんだよ」
「なるほど……いやでも、大魔法って強そうだな。それは、どのくらいの威力なんだ?」
「聞きたいか?」
「聞いておかねばなるまい」
「どれも下手すると、このちっちゃな世界くらい滅ぼせるレベルだけどな」
「じゃあやっぱ使えないじゃねえか」
「あはは」
笑い事ではない。