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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第二部 今は灼熱のオシェラート
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第26話 常夏のオシェラート

 洞窟の中は快適だった。


「スイートエリクサーには届かないけれど、甘みがあって美味しいわ」


 グレースは、すっかりスイートエリクサーを基準にするようになってしまった。


 あんな美味しいものを基準にしたら、きっと幸せになれないと思う。


 さて、食事として出されたのは、根菜を味の付いたスープで煮込んだものだった。なかなか美味しかった。別の世界の料理ということで、口に合うか不安だったが、全く心配無用だった。


 食後に甘いものまで出してもらえた。根菜に甘い粉をまぶしたもので、根菜を乾かしてお茶のようなもので煮出したものと一緒にいただくのがこの世界の楽しみ方だという。


 とにかく根菜フルコース。次から次へと根菜が振舞われまくった。


 根菜を最上のものとする信仰があるのか、それとも根菜しか収穫できないのか。


 食事を運んできてくれた人に尋ねてみたところ、


「ん? 他のものが実る世界もあるのですか?」


 どうやら、根菜以外育たないということらしい。


 このロウタスは、世界全体の中でもかなり低いところにあると予想される。世界全体を一本の樹に見立てれば、根っこに近い場所にあるのだから、根菜ばかりが育つというのも、あり得るのかもしれない。なんて、こんなのは迷信じみているか。


 その後、柔らかい快適な寝床を用意してくれた人に向かって質問してみた。


「この世界(ロウタス)は、何ていう名前なんだ?」


「ええと……ここらへん一帯の、人が暮らす地域の名前ですか?」


「ああ、世界全体の名称だ」


「オシェラートといいます」


 それが、この常夏のロウタスの名前らしい。


  ★


 世界の名前がわかったところで、これからどう動くかを考えてみる。


 俺たちは、世界全体を救うことを目指している。マリーノーツの小さな村で暮らしていた頃は、世界なんてのは平和そのもののようだったけれど、実は世界は滅びの危機を迎えていて、一刻の猶予もないという。


 グレースの世界も、はるか以前はマリーノーツのように緑あふれる世界だったそうだ。それが、雪と氷の世界になってしまった。古文書には、『氷にとざされ、白き天に覆われる日々が続けば、間もなく滅びが訪れる。』とあった。


 どの程度、曇りや雨や雪が続けば滅ぶのか不明だが、グレースが生まれるよりもずっと前から、グレースの生きていた世界(ロウタス)には青空が無かったそうだ。だとすれば、本当に、もう一刻の猶予もないかもしれない。


 古文書の記述を信じるなら、寝て起きて明日になって洞窟から出たら、世界全体が滅んでしまっていても不思議じゃないように思える。


 いや、世界全体が滅んでいたら、俺たちの命も無いか。


 そんなことには、なってほしくない。滅ぶ前に、なんとか救いたい。


 救うためには強い炎が必要だ。エルフの最長老は、次のような言葉を残している。


『世界全体を存続させるための魔力を失いかけており、美しきこの世界全体を存続させる聖なる炎を撃てる者を、()()()に送れ』


 かの地というのが、一体どこなのか。俺たちにはハッキリと思い当たる場所がなかった。


 けれども、ヒントとして、西の果てを目指せだとか、そういう言葉も残されていた。


 そして今、俺たちは、マリーノーツから西の果て、低いところにあるロウタス、オシェラートまで辿り着いたというわけだ。


 最大のミッションは、『かの地』とはどこなのかを突き止めることなのだけれど……。


 明かりを落として暗くした部屋、少し離れた寝床の中で、グレースは言うのだ。


「あのさ、オリヴァン、タマサ。わがままを言っていいかしら」


 俺にもタマサにも、グレースが次に何を言うのか、予想できていた。


「大きなイヌのお友達を探すんだろ」


 そう言った俺に続き、タマサも、


「わっちも、その子を探すのが先だと思うね」


「……ありがとう」


 とりあえず、『かの地』さがしは後回し。リールフェンという名前の、グレースの大きなお友達を探そう。


 この地の人々の話をきく限りでは、きっと、神殿とやらで神扱いされているオオカミが、リールフェンなのだろう。


「よし、じゃあ、明日は、『神殿』とやらを目指すぞ」


  ★


 翌日。


 上半身裸の焼け焦げたヒゲを持つハンマー男は、他の壁画師と違って、その日は仕事がない日だったのだという。そこで俺たちに、神殿の場所を教えてくれた。


「神の降り立った聖地ナミナガ岬を出て、赤き神の通った道を行けば、やがては辿り着くぜ」


 赤き神というのが、俺たちが来るより昔に、ここに降り立ち、魔法を使って神扱いされた人だろう。あるいは、本当の神なのかもしれないが。


 巨大ハンマー男は続けて言う。


「途中、エシタゴンという村がある。村の民は穏やかで、川魚をとって暮らしている。ここまでくれば、空の下で言葉を発しても構わない」


「その、聖地で言葉を発してはいけないっていうのは、何か理由があるの?」


 グレースが素朴な疑問を口にしたが、男は不審そうに、


「おや、神であるならば、その理由を御存じのはず……」


 しまった、と口をおさえたグレース。


 そこで俺は、なんとか言い訳を探す。


 よし、この設定でいこう。


「よく聞け。神にも等級があるんだ。我々ふたりは、まだまだレベルが低いのでな、情報が解禁されていない部分もある」


 俺は即席の設定を語り、男を納得させた。


 もちろん、グレースのことを下等だなんて思ったことは一度もない。でもグレースは、自分が劣っていると言われたと感じたらしく、不満そうな視線を送ってきた。


 でも、仕方ないだろう。こうでも言って信じさせておかないと、協力が得られなくなる。それどころか、撲殺の憂き目にあう可能性だってあるんだ。


「ふむ、そういうことか。この旅は、次の神を育てるための旅でもあるわけか」


 勝手に納得してくれた。


 でっちあげの神の物語が、どんどん一人歩きしていっているようである。


「それで? どうして聖地では口を開いてはいけないんだ?」


「ああ、その話だったな。伝説によると、初めてこの地に降臨なされた時、赤き装いの神は、しばらく息を止めていたらしいんだ。それで、神をも静かにさせる神聖な場所であるなら、凡人たる我々が息をしてはいけないって掟になったわけだな」


 赤き装いの神。


 赤髪で赤い服を着ていたという神。


 タマサは、赤髪でこそないけれど、赤い服を着ている。それが理由で、一目置かれているようだ。


 おそらくだが、神扱いされていた赤き装いの神とやらは、俺たちと同様に、別のロウタスからここに落ちてきた者だと考えられる。この地の人々にとって不思議極まる力を使って数々の奇跡を起こしてみせたことで、神扱いされるに至ったのだと思う。


 ハンマー男は続けて言う。


「おれが案内してやりてえが、聖地に務めている期間は、この敷地から出る事を許されていないんだ。ええっと……それで神殿までの道がどんなだかって話だったな。漁師の村エシタゴンを過ぎると、こんどはオイヌソダテ沼だ」


「オイヌソダテ沼?」


 いかにも犬を育てていそうな場所だ。


「文字通り、犬たちを育ててる場所なんだが、ここのイヌたちは、聖地に放たれてる番犬とは違って、よく訓練された大人しいやつらだ。稀に気性の激しいイヌもいるがな。なに、こっちから殴ったりしなきゃあ安全そのものよ。手ぇ出したら大変なことになる……けどまぁ、神なら大丈夫か」


 神という存在に対する絶対的な信頼があるようだ。


「そんでもって、そこを抜けたら、オシェラートで最も栄える場所、マドーショガーデンだ」


「マドーショ……。魔道書みたいなことかしら。魔法について書かれている本が安置されているとか」とグレース。


「ご名答。さすが神様ご一行だ。かつての神は、魔法について記述された紙を数枚、神は残して下さった。われらオシェラートの民は、これを有難がって、岩で城を築き、その頂上に納めることで、神の威光を確かなものとしてきた歴史がある」


 神の気持ちになってみると……それはたぶん、崇めたりするんじゃなくって、活用してほしかったんじゃないかな、なんて想像できるけど、どうだろう。


 俺の予想だと、たぶん、適度な氷魔法とか水魔法とか風魔法の使い方が書かれていて、人々を灼熱から解放し、生活をより快適にさせたいと願ったんじゃないだろうか。俺が神ならそうするだろう。そう考えてみると、やはり神様と呼ばれた人っていうのは、俺たちとよく似た境遇の人なんだろうと思う。


「最も人が多く暮らすマドーショガーデンの先が、オイナルヒ神殿だ。ここに、新たに神になられた、オイヌ様がいるってぇ話だ。そのさらに先にも何かあるらしいが、そっから先の道について知ってるやつには、ついぞ会ったことがねえな。なにせ、神殿自体、人が近寄ってはいけない場所とされてる。ま、神様なら問題ねえだろうけど」


 つまり、俺たちはこれから、ナミナガ岬を出て、エシタゴンに行き、オイヌソダテ沼を渡り、マドーショガーデンを抜けて、オイナルヒ神殿に向かう。


「よし、じゃあ善は急げだ。世界を救う旅の前に、グレースの相棒を探す旅に出るぞ」


 俺たちはハンマー男に見送られ、洞窟から出た。


 途端に、異様な暑さを感じたため、すぐに二人を洞窟に引き戻した。


「なあタマサ、一生のお願いだ。俺たちにも冷たい風をくれないか?」


 しかし、タマサは浮かない顔をして、首を縦には振らなかった。




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