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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第一部 水と緑のマリーノーツ
21/66

第21話 舟の名は(2/2)

 俺はタマサにたずねた。突然、一緒に旅に出ることを決めた理由を。


 そうしたら、散々渋った末に、彼女は語り出した。


「この舟にさ、文字が書いてあるだろ? 古い転生者の文字でさ。何て読むか、オリヴァンは知ってるか?」


「ヤクモマルって読むって言ってたな。村の漁師が」


「ああ、八雲丸。その通り」


 タマサは白い砂浜を指先の炎で焦がし、そこに『八雲丸』と文字を書いた。転生者がよく使う文字、漢字とか言ったか。


「どうしたんだ? すこし寂しげだが。八雲丸って名前に、なにか思い出でもあるのか?」


 タマサは静かに頷いた。


「もう、十何年も前になるかな。もっとかな。わっちの昔の仲間なんだ」


「もっと言うと、わっちの大恩人の恋人の名前だ」


 タマサの恋人だったってわけではなく、自分の恩人の恋人。そう聞くと、なんだかそこまで近くもないような気がする。


「昔、わっちは、その八雲丸さまって男性と、わっちの大事な人が結ばれて、幸せになってくれるといいなって思ってた。でも、魔王倒した途端に二人とも世界から消えるとかいうクソみたいな展開になって、わっちは落ち込んでいた時期があったのさ」


「これが、その人の舟ってことか?」


「その人は、昔、川で海賊をやってた頃があってね、この舟の傷みようとか、明らかにヤバいだろ。だからまあ、そん時に使ってたもんだろ」


「めぐりめぐって俺の舟になったってわけか。こんな偶然ってあるんだな」


「どうかね。これも、あの人がくれた(えにし)なのかも。そう思って、わっちはこの舟に乗ることにしたのさ」


 遠い目をして、タマサは空を見上げた。


 夜空の星々を繋いで、タマサの言う大事な人と、その恋人の姿でも思い浮かべているのだろうか。


 言葉遣いは汚いことも多いけれど、タマサは思ったよりもロマンに生きている女の子なのかもしれないな、なんてことを思った。ずっと独り身でいるのも、白馬の王子様的な存在を待っていたりするのかもしれない。


「八雲丸って、どういう意味なんだ、タマサ」


「ヤクモってのは、幾重にも折り重なった分厚い雲の垣根のことなんだ。大事な人を守り抜くためのな。そういう素晴らしい意味を持つから、わっちの大事な人のことも、何があっても守ってくれるって信じられた」


「その、タマサの大事な人ってのは?」


「ハクスイ様っていってな、わっちの面倒を見ていた遊郭の人なのさ」


「ゆ、遊郭?」


 なにやら暗い事情があるような気がした。


「じゃあ、その……タマサは……」


「わっちは幼い時に遊郭に行くことになったから、客の面倒なんてのはついぞ見たことなかったけどな。オトナの遊女たちの雑用係ってやつよ。魔法の技術はそこで身に着けたんだ。当時のマリーノーツの遊郭は、魔法使える女たちが集まってたんだよ」


 遊女たちが自分の身を守るために魔法を身に着けていったという記録。


 そういう話も、伝記で読んだことがある。昔は目も当てられないような、ひどい扱いだった遊郭だけど、英雄オリヴァーの時代には、既にマリーノ―ツの遊郭は大健全であり、総合スポーツ施設のようになっていたという。


 その後、タマサの所属する魔術ギルドに派生していたりするのだった。英雄オリヴァーは、魔術ギルドになる前の、この遊郭の魔法遊女たちと協力して、ダークドラゴンを討伐したのだと伝わっている。


 ということは、もしかしたらタマサも、英雄オリヴァーのドラゴン討伐作戦に参加したのかもしれない。


 伝説の証人、どころか、もはや伝説そのものが俺の横に座って、砂浜をいじくっている可能性だってある。


「タマサは、オリヴァーと一緒に戦ったこととか、あるのか?」


「そういうの語ると、おまえ面倒くさそうだから言いたくねえな。一生伝記でも読んでりゃいいだろクソが」


 急にこの言葉遣いである。これまで、しんみり思い出話をしていたのから一転、俺を苛立たせにきた。


「ひょっとして、仲悪かったとか」


「いーや、別にだな。戦ったといやあ、戦闘じゃあないけど、生ける屍みたいになる呪いを解く作戦には参加したことがあったっけ」


「エコラクーンの浄化作戦だな! あれは伝記の中でもアツい章だよな! でも、あの作戦って、事態が事態だけに少数精鋭で臨んだはずだ。タマサもその中にいた……? ってことは、大勇者フリースと協力して、氷の大建築を作ったのって、タマサなのか?」


「どうだったかな、その場にはいたけども。にしても、オリヴァンは、英雄オリヴァーの話になると、まじで止まらねえオリヴァーオタクなんだな。ほどほどにしとけよ。伝記はあくまで伝記なんだからな」


 あくまで伝記。誇張や虚構もある。それは心得ているつもりだ。


 でも、そういうことを念押してくるのだったら、いっそハッキリ真実を教えてほしい。


「なあタマサ。英雄オリヴァーは、格好いい人間だったか?」


「夢をぶち壊されたいらしいな。いたぶられるの好きなのか? そういや、闘技場でぼこぼこにされてるときも恍惚としたクソみたいな表情してたもんな」


 それは絶対にない。耐えるために必死の形相だった自覚がある。


 タマサは静かにひとつ息を吐くと、言うのだ。


「……ま、言いにくいけどもさ、わっちから見れば、英雄でも何でもない。お前みたいな普通の大したことない人間だったよ」


「そうか……」


 覚悟をしていたつもりだったけれど、いざ突き付けられると思いのほかガッカリするものだ。


 英雄は英雄らしく特別な人間だと思っていた。何者にも乱されずに皆を引っ張って突き進む、この上なく格好いい人間だと思っていた。


 でも、実際に彼のことを知っている人が、普通の人間だったと遠い目をして言っている。


 憧れが崩れ去り、心に刻まれていた伝記の言葉たちが色あせていくように思えた。


 タマサは、消沈する俺をみて、だから言いたくなかったんだよとでも言いたげに目を伏せ、溜息を吐いた。


 暗く沈んだ空気。


 でも、そこで、どこから聞いていたのやら、眠りから起き上がってきたグレースが、舟から砂浜に飛び降りて言ったのだ。俺の心の深いところに、勇気の炎を広げる一言を。


「あら、それじゃあ、オリヴァンも余裕で英雄になれるってことの証明じゃないの!」


  ★


 一晩、一切の雑魚モンスターの湧かない安全な砂浜で眠ることにした。


 でも俺は、眠れなかった。


 女性二人と一緒に川の字だったから眠れないとかいうわけではない。タマサが早起きすぎて気が散って眠れなかったというわけでもない。


 英雄オリヴァーが本当はどんな人間なのか想像したり、伝記のどこが脚色された部分なのかを考えたりしていたら、いつの間にか朝になっていた。


 まぶしそうに目を覚ましたグレースは、目をこすって立ち上がった。青い服には、髪の色と同じような白銀の砂がついていた。それを、ぱたぱたと叩いて、すでに起きていたタマサを見た。


「お、起きたな。じゃあオリヴァーのこともそろそろ起こしてくれ」


「早いのね、タマサ」


「あ? 日が昇ったら起きるのは当たり前だろうが。揃いも揃ってだらしねえな。シンシアのとこで治してもらったんだから体調はいいはずだろ? 朝くらいちゃんと起きろよクソどもが」


 返す言葉もない。


 たしかに、旅に出てから、少し気の緩みがあるような気もする。ツノシカにいたころには、まだ日が昇る前から水汲みに出かけていた。だから、朝は得意なはずだ。これからは朝くらいちゃんと起きることを心がけよう。


 といっても、俺は一切眠れなかったのだから、狸寝入りなだけなんだけども。


「さ、朝飯だぞ、オリヴァン。わっちのメシを喰らえ」


 タマサの声のあとで、グレースに甘い声で優しく起こされるのを待っていた俺だったが、そんな甘えは通用しない。タマサの氷魔法を頬に当てられ、


「いツっ」


 俺は声をあげながら、勢いよく起き上がらされたのだった。


  ★


「うまい!」


 ものすごく多忙な遊郭で働いていたためだろうか。雑用全般について、タマサの仕事ぶりはかなりのハイクオリティだった。


 タマサの作った料理は、ものすごく美味しくて、一流の食事処の味にも負けないんじゃないかと思えるレベルだった。


 一流の食事処の味なんてものをあまり経験したことがないけれど、たぶんこれは一流だ。いや、ある意味で一流をも越えているかもしれない。だって、ぬくもりに溢れた優しい味で、俺もグレースも、この上なく幸せな気分になれたから。


 グレースは綺麗に食べ切った後、


「このスープ最高よタマサ。野菜のエッセンスが味のベースになっているわね。決め手のスパイスは何かしら? ほどよい苦みが全体を整えているわ」


「ああそれは、野生のモコモコヤギの黒い巻角だな」


「えっ、伝記には、『呪いを解く貴重なアイテムだが、それ自体が呪われているかのようにマズイ、二度と口にしたくない最低最悪の味がする』って書かれてたけど」


「そいつはなオリヴァン、扱いが難しいだけだ。ヘタクソが使うと、クソマズいゴミが出来上がるんだよ。わっちにかかれば、この通りだけどな」


 自慢げに言い放ったタマサに、グレースは目を輝かせて、


「すごいわ、タマサ。何でもできるのね」


 グレースは王女さまということもあり、あまり炊事や洗濯や掃除といった雑用関係は得意ではなさそうだった。


「興味あるならグレースにも色々教えてやるよ。お姫様のやる仕事じゃあねえから、今後の役には立たないかもしれないけどな」


「ありがとうタマサ。ぜひ教わりたいわ」


  ★


「きゃははは」


 というタマサの笑い声が、青い空の下に響いていた。


 笑っているのはタマサだけ。俺とグレースは顔面蒼白で、ただ遠心力に身を任せながら、タマサが飽きるのを待っているという状況。


 でも、一向に飽きる気配がない。


 砂浜から水面に戻るとき、タマサは調子に乗り、「わっちは何でもできるから、舟の運転も上手いもんだぞ」とか言い放ち、魔法の力を駆使して、安全とは程遠いクソみたいな操縦をしているというのが、現在の状況である。


「たのしいじゃねえかよクソが! 一度やってみたかったんだよな!」


「って、タマサ! 舟の運転、初めてかよ!」


「大丈夫、大丈夫! わっちは魔法師範だからね、まして、この小舟は、昔は八雲丸さまの相棒だったわけだろ。このくらい激しくて当然だろ」


 よっぽど激しくて荒々しい人だったんだろうか。いや、タマサが初めての操縦でドライバーズハイの極みに達しているだけのような気がする。


 小舟は勢いよく回頭を繰り返しながら、沖へ沖へと進んでいく。


 世界(ロウタス)の最果てにある崖を目指して。





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