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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第一部 水と緑のマリーノーツ
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第19話 強い魔法使い

 エルフ最長老の遺言によれば、強い魔法の使い手が必要だという。特に炎魔法が必要らしい。


 魔法の使い手と聞いて、俺とグレースは全く同じ人物を思い浮かべた。


「タマサしかいないよな」


「ええ」


 大魔法師範であると名乗っていたし、実力はこの目で見ていて、申し分ないことを知っている。


「そうと決まれば、さっそく誘いに行ってみるか」


 俺たちは小舟と馬車を乗り継いで、彼女の根城があるザイデンシュトラーゼンに向かった。


  ★


 医師シンシア・カートリアは言う。


「タマサさんなら、いませんけど」


「行き先に、心当たりはないか? 世界を救うっていう大事な用事に付き合ってもらおうと思ってるんだが」


「あの……てっきり、あなたたちと一緒に行ったんだと思っていましたけど……」


「いや、このザイデンシュトラーゼンで見送ってもらった後は、特に会ってないんだが」


「だったら、温泉に行ってるのかもしれません」


「温泉?」


「ええ、マリーノーツ西端のまち、ホクキオにあるお風呂屋さんです。暇になると、いつも入りに行ってるんですよ」


 ホクキオといえば、英雄オリヴァーが初めて降り立ったところだ。


 ここからみれば、西のほうにある。


 最長老の遺言も西へ西へ行けと言っているし、ちょうどいい。ホクキオにタマサを探しに行こう。


「もし温泉にいなければ、ホクキオ近くの峠に、タマサさんの別荘があります。どっちかには居ると思いますよ」


「ありがとう、シンシアさん」


  ★


 草原のなかに、突如としてあらわれる荘厳な神殿風の建物。白亜の宮殿のような見事な建築物。それが、ホクキオが誇る観光施設、英雄露天温泉である。


 なぜ「英雄」などという仰々しい名前がついているのかといえば、この湯を掘り当てたのが、英雄オリヴァー・ラッコーンと、大勇者まなかという伝説の二人だからだ。


 そんな神聖な英雄温泉の入口には、甲冑がいた。


 飾り物の甲冑かと思ったら、甲冑に身を包んだ男だった。怪しさ満点である。それが、この温泉のオーナーであるらしい。


 なんでも、英雄オリヴァーの親友だという話だが、なんだか疑わしい。胡散臭いことこの上ない。


 とはいえ、伝記には甲冑を身に着けたシラベールという人とは縁があり、よき助言者であったと書かれているので、あるいは本物なのかもしれない。


「我が名はシラベール。ここのオーナーをしている。英雄温泉にようこそおいで下さった。ゆっくり休んでいくといい」


 威厳のある声で男は言った。見た目だけでみれば、顔を隠した甲冑男なんて英雄オリヴァーの親友というには疑わしいような気がする。けれど、今は真偽を確かめることを控えて、タマサの行方を探ろう。


「派手な服を着た、髪が長くて、胸の大きな女性は、今日は来ていませんか?」


「派手とな。うーむ、御常連のタマサ様のことであろうか」


 どうやら有名な客のようだ。


「ああ、そのタマサさんだ」


「だが、わが風呂屋は信用第一がモットーだ、お客様の利用情報を教えることはできぬな。英雄風呂に浸かりたいというのならば、おのずと答えは出るだろうがな」


 そうして甲冑はフハハと笑った。今の会話の、どこが面白ポイントなのか、わからない。


「わが風呂屋には自慢の露天風呂があり、本日は、女性の入浴日となっているぞ。どうかな、そちらのお嬢さん、極楽の露天風呂を味わってみては」


「どういうこと? 露天? お外で皆で生まれたままの姿になって湯に浸かるということかしら? 人前で?」


 グレースは眉をひそめた。


「他のお客様がいればそうなるな」


「ひどい淫乱だわ。不潔。信じられない」


 そんなグレースを、まあまあとなだめながら、甲冑はお客様を招き入れようと説得をはじめる。


「そうは言っても、湯をともにするのは同性のみだ。露天風呂といっても、ちゃんと外からは隠れており、警備も厳重だ。のぞきをした者には厳しい教育刑と社会奉仕活動が待っている」


「相手が女性だからって、簡単に素肌を見せてもいいなんてことになるの? そんなの一生御免よ。常識を疑うわ」


「おや、一生ということは、これまで露天の湯に浸かったこともないということだろうか。経験したこともないのに、あの気持ちのいい開放感を知らないとは、不幸なお嬢さまだ」


 わかりやすい挑発である。


 当然、堅物感あふれるグレースに、そんな説得は効くはずもない……と、思ったのだが。


「ふん、そこまで言うなら、わかったわよ。試してみて、全然気持ちよくなかったら、覚悟してなさいよ」


「ありがとうございます。一名様、ご案内でーす」


 グレースは入店証と思しき木札を手渡され、店内に吸い込まれて行く。


「そういうことだから、オリヴァン。ちょっと、どのくらい良いものか、確かめてくるわね」


「いや、目的はタマサを探すことだからな」


「わっ、わかってるわよ!」


 嘘だな。今、快楽への期待を前に、一瞬ぜんぶ吹き飛んでた。声裏返して、顏真っ赤になってるのがその証拠だ。


「お、オリヴァンも、そんなこと言ってる暇あったら、どこかに彼女がいないか探してなさいね」


 誤魔化すように叱りながら、彼女は風呂に浸かりに行ってしまった。


  ★


 さて、どうしたものか、と考えたところ、すぐに思い当たる。


 シンシアさんは、風呂屋の話をするときに、もう一つの可能性について言及していた。


「ホクキオ近くの峠に、タマサの別荘があるって話だったな。この辺りで峠っていうと……」


 アヌマーマ峠。


 以前は山賊や強力な悪魔型モンスターが出ていたという。今は安全になったというが、それでも時折、野生のモコモコヤギというモンスターがあらわれて、通行人を軽く襲うことがあるらしい。


 というわけで、びくびくしながら登ってみたのだが、のどかな田園風景や、ホクキオの町のオレンジ屋根の絶景が広がっているだけで、特に何の脅威にも出会わなかった。


 そして、タマサにも出会えなかった。


 おーいタマサ―と叫んでも、山はこだまを返すばかり。


 すれ違いになってザイデンシュトラーゼンに帰ってしまったか、もしくは風呂を堪能しているかのどちらだろうか。あるいは急に大師範の仕事が入って、魔術を教えに行ったりしている可能性もゼロじゃない。そもそも別荘なんかどこにあるんだ。


 岩場のトンネルの奥に、山賊の隠れ家みたいな場所を発見して、緊張しながら足を踏み入れてみたけれど、その中にもいなかった。


 手掛かりさえも掴めず。


 何の収穫も得られぬまま、風呂屋の近くの草原に寝転んで、何度か寝がえりを打ちながらグレースを待っていると、風呂上がりの彼女がのぞきこんできた。


「お、どうだった?」


「ききたい?」


「ああ」


「いいお湯だったわよ」


 それは、見ればわかる。頬を紅潮させていて、肌がつやつやしている。入る前よりも、なんだか魅力的に見えた。


 でもさ、聞きたいのはタマサがいたかどうかであって、風呂の気持ちよさじゃないんだよ。


 そう思ったけれど、ゆったりと風呂屋のほうから歩いてくる人影をみて、俺はほっとした。


 長い髪、伸びた背筋、派手な赤い服をはだけさせて着こなしていて、大きな胸だとか、肩の露出がまぶしい。


 彼女は小走りでやってきた。


 俺はゆっくりと立ち上がって、彼女を迎えたのだった。


 彼女は運動があまり得意ではないようで、少し走っただけで乱れた息を整えてから、


「おいグレース。忘れもんだぞ。大事なもんのはずだろ? 風呂がよかったからってハシャギすぎだ」


「あら、ごめんなさいタマサ」


「ったく、王冠忘れるとか、王女としてどうなんだ。さすがのわっちも焦って走っちゃっただろクソが」


「うふふ」


 グレースの笑いは、計算通り、といった意味だろうか。


 王冠を、わざと忘れることによって、タマサを外の草原まで連れて来ることに成功したといったところだろう。


「聞いてよオリヴァン。タマサったら、ひどいのよ? 胸がすごく大きいの」


「そんなの見ればわかるだろ。そんなことよりも、ちゃんと話したのか? 最長老の遺言とか、これからのこととか」


 グレースは俺の言葉が不満だったようで、不機嫌そうに、そっぽを向いた。かわりにタマサが答えてくれた。


「一緒に行くかどうかって話だな。悪いけど、お断りだ」


「え」


「なんでだよ、って顏しなさんな。わかるだろ。わっちは、こう見えて魔術ギルドの大師範なんだよ。地位も名誉も責任もあるわけよ」


「そのわりに、暇そうじゃないか? 温泉なんか入ったりして」


「あん? 休みがあっちゃ忙しくないってのか? たまの休日にわっちの好きな場所に来るのが、わるいってのか?」


 怒ったタマサの目つきがあまりに鋭くて、俺は三歩くらい下がらされた。


「いや、えっと、すみません」


「いいかい? わっちが『この人についていきたい』って思った人は、それなりに長い人生の中でも三人くらいだし、背中預けてもいいって仲間は限られてんだ。今は若い子たちに魔法教えるのも楽しいし……あと、なによりあれだ」


「なんだよ」


「若い二人のお邪魔だろうからさ、やっぱり一緒には行けないんだよ。わかったか、このクソカップルが」




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