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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第一部 水と緑のマリーノーツ
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第18話 最長老の死

 中に入ると、室内だというのに、草原が広がっていた。


 色とりどりの花が咲き乱れ、爽やかな風が吹き、遠くには美しい山々が連なっている。世界樹の幹の中とは思えないほどの広い空間。それはグレースの想像する楽園に近かったかもしれない。


 花畑に、美しいエルフが佇んでいた。近づいてみると、見上げるほど背が高い。普通のエルフよりも、人間よりも、少し大きいようだ。女性のように見えるが、男性のようにも見える。


「お待ちしておりました」


「あなたが、最長老?」


 グレースの問いに、かしこまった表情を崩さぬまま、そのエルフは答える。


「これは、他のエルフたちも知らないことですが……最長老は、亡くなりました」


「えっ」


「世界樹リュミエールの最長老は、不老不死に限りなく近い存在として、以前は尊敬を集めておりました。しかし、百年ほど前に倒れ、仮死状態で保存されておりました。そして、ほんの一年前の今日に、ついに亡くなったのです」


「あの、私は、ここではないロウタスから来た者なの。ハーフエルフの長老から言われて……最長老から話を聞くようにと言われたわ」


「なるほど、最長老は、すべて、わかっておいでだったのかもしれませんね」


「どういうこと?」


「名もなき最長老は、ご自身が亡くなる前に、書物を残しております。自分が亡くなったあとに、別の世界から降りて来る者がいたら渡すように頼まれました。今となっては、我々エルフの誰一人も読めない書物ですが、別の世界から来た者であれば、あるいは……」


 そうして、エルフは、グレースの小さな手の上に質素な一冊の書物を置いた。わずか数ページの紙が、紐で綴じられている薄いものだ。


「読んでいいの?」


「ええ、最長老は、そのために記したのでしょう」


  ★


「読めたわ」


 グレースは草原に立ったまま、数秒で簡単に解読してみせた。


「すごいな、グレース」


「だって、短いし、古文書の古代語と、あまり変わらないわ」


「どういう内容だったんだ?」


「宝物の相続リストと、短いメッセージね」


「宝物っていうと、王冠とか、そういうものか?」


「ええ。王冠と……あと、歌と、笛と、楽譜」


「音楽についての書物なのか? そんなのをグレースに読ませたかったのか? 最長老は」


「王冠はエラーブルさん、楽譜はリーフルさん、歌はフィーレさんが受け継いだと書いてあるわね。あと、笛は人間など他種族との友好の記念品として、宝物庫に寄贈されているそうよ」


「いや、名前を並べられてもよくわからん」


「私もわからないわ。ただ、気になる言葉がメモしてある」


「どんなだ」


「世界を安全に渡るために、魔術式を歌として残す。近く襲う滅びの日を生きのびよ。みなで助け合い、凪いだ海を渡れ」


「安全に世界を渡れ、か。グレースの方法は、やっぱり無茶だったんだろうな」


「ええ、奇跡だったのね」


 それからグレースは、まるでグレース宛てに添えられているかのようなメッセージを読み上げた。


「自分は根本の炎と繋がっている。もし自分が命を落とすことがあれば、それこそが滅びが近付いたシグナルである。幾度目かの故郷となったこのロウタスだけではない。美しきこの世界全体を存続させる聖なる炎が風前の灯火であることを意味する。


あるいは、世界全体を覆う魔力が我々にとってよくないほうに穢れてきていると考える者がいるかもしれない。だが、そう考える者は、世界を誤解している。たしかに、世界樹リュミエールは、世界全体の気を取り込み魔力に変換しているが、今回の危機は、そうしたレベルのものではないのだ。


つまりは、世界全体が存続のための魔力を失いかけているということだ。より詳しく言えば、世界を支える猛き炎が、勢いを失ってきているということである。


もはや一刻の猶予もならぬ。強き魔法を放てる者を、かの地へ送れ。炎を。強き炎を――」


 グレースは、自分で読んだあとで、首を傾げた。


 かの地というのは、どの地なのだろうかってことだろう。


 エルフっていうのは、格好いい言い回しを好むばかりに、ハッキリと伝えることを怠っているような気がする。


 もう少し、ちゃんと伝えてほしい。


「ねえオリヴァン、心当たりある?」


 俺は少々考え込み、もしかしたら、かの地がどこかということも、歌の中に隠されているのかもしれないという答えに至った。この解答は、かなり自信がある。


「その歌を相続したエルフを探せば、かの地についての手掛かりが掴めるんじゃないか?」


 俺がグレースに提案したところ、横から別のエルフが言うのだ。


「一族に伝わる歌舞を相続したハーフエルフのフィーレは、すでに亡くなっております」


 あれ、これ行き詰まったんじゃない?


 いや、まだだ。ぱっと聞いたときは思い出せなかったが、楽譜を継承したとされるリーフルという名のほうには、よく考えれば、かなり心当たりがあった。


「ミヤチズの森にいた、ハーフエルフの長老。先賢のリーフルっていったよな。楽譜を継承したリーフルってのは、あの人のことじゃないか?」


 しかし、これにも横からエルフが口を挟んで、


「先賢のリーフルは、すでに楽譜を手放しております。現在、楽譜は、この世界には存在しません」


「じゃあ、どうすればいいってんだよ」


「滅びの話には、正直、わたしも驚きました。一つ考えられるとすれば、この世界の構造にヒントがあるかと思います」


「どういうこと?」とグレース。


「ロウタスという世界の構造は、ワインの(さかずき)のように、茎がのび、先端が膨らんだ花のようになっております。それが、いくつも並んでおり、高く伸びたロウタスもあれば、まだ低いところで伸び始めたばかりのロウタスもあります。低いところにあるロウタス……。その根元を目指していけば、あの方の遺言を守ることができるかもしれません」


 その言葉を裏付けるように、グレースは書物に残されていたもう一つのメッセージに気付いた。


「裏に何か書いてあるわ。ええと……『異世界からの救済者よ、西へ西へ小舟をまわせ。海の果てに道を探り、最も小さき世界を目指せ。次の世界へ降りゆけば、おのずと道は開かれん』って」


「最も小さき世界っていうのは、もしかして、生まれたてのロウタスってことかな」


 もしくは、天に伸びゆかない特別な場所があるのかもしれないけれど、いずれにしても、下へ下へと向かうことになるのだろう。


 そのためには西へ――。


 たいへんアバウトではあるが、次の目的地が決まったようだ。




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