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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第一部 水と緑のマリーノーツ
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第15話 秘密の部屋と古文書の中身

「ここが宝物庫か……!」


 重たい堅牢な扉が開いて、初めて目にするお宝の数々に、俺のテンションは右肩上がりだった。何より、英雄オリヴァーの伝記に言及されていた秘密の場所に来られたことが嬉しかった。


 グレースも興味深そうにキレイな石やら、植物やら、このマリーノーツという世界を形成するものに一つ一つ興味を向けて、目を輝かせていた。かなり高価そうなものも多くあったが、金銀財宝よりも、自然を感じられるものや、文化を感じられるものに興味を持っていた。


 ――楽しい。


 しかし、肝心の領主シノモリさんの姿は見当たらない。


「いないね。まあ、あの子も忙しいから」


 タマサは申し訳なさそうに言った。


「シノモリさんとは、どういう関係なんだ、タマサ」


「戦友みたいなもんかな。わっちと同じパーティでクソ強い魔王を討伐したこともある。そのとき、一緒のパーティにいた転生者たちは皆、消えてしまった、なんてこともあったね。わっちとかシノモリとかは、転生者じゃないから、この世界に留まり続けたけど」


「そっか……」


「昔はさ、長いこと待ってたんだよ。その仲間たちが戻ってきて、わっちらを迎えに来てくれることをさ。でも、そんな望みは、もう無いかな」


「そうか、英雄オリヴァー・ラッコーンの霊妙な力で魔王が消えたとき、転生者も全員が消えてしまったから……」


「まあ、それもあるね。こんだけ長いこと待っても帰ってこないから、もう諦めたよ。シノモリなんか、すっかり年取っちまったしな」


 なんだか寂しそうに、タマサは言った。昔の仲間たちのことが、本当に好きだったのだろう。


「タマサは、そんな昔からここにいるのに、若いまんまなんだな」


「……そのことも、わっちは、あんまり嬉しく思ってないけどな。ちゃんと一緒に年を重ねていきたかったのに」


 宝物に囲まれた展示室のような場所で、しんみりしてしまった。


 あまり暗い雰囲気になるのは好きじゃない。


 そういえば、英雄オリヴァーも、暗い雰囲気になりかけると、絶妙な話術で話題を変えていたと伝記に書いてあった。俺も上手くはできないだろうけど、明るい雰囲気を取り戻すべく、話を変えてみよう。


「えーっと、俺たちは今何をしてるんだったか。そうだ、シノモリさんを探してたんだったな。どこにいるのかな」


 わざとらしくなってしまった。けれどもタマサは、俺の意図を感じ取ってくれたらしく、すこし声を明るめにして答えてくれる。


「どっかに出かけていった可能性もあるな。シノモリのやつは、すっかり偉くなっちまって、会議の予定でビッシリだから」


 そのとき、俺は部屋の隅にドアノブを見つけた。扉の継ぎ目はうまく隠されていて、少し見ただけでは、そこに扉なんか無いように見える。


 俺が見つけられたのは偶然だった。


 古今東西の色んな物を真剣に鑑賞しているグレースの姿を目で追っていたら、偶然、壁に光るものがあるのが見えたのだ。


「タマサ、もしかして、あそこじゃないか? 扉みたいのがある」


「扉? は? やめろ。そんなもん無いだろ」


「いや、あるって。ほら」


「そっちよりも、わっちの自慢のコレクションでも見るか? 大魔法のこもった美しい耳飾りを展示してあるんだ。わっちのつけているこの六本の耳飾りもそうだけど、他にも、色んな人から借りてんだよ」


「でもあのドアが」


「ないっつってんだろ」


 あからさまな嘘の雰囲気がした。知っているけど隠している感じだ。


 俺が光る場所まで歩いていって、真鍮のドアノブに手を触れると、タマサの手が俺の腕を掴んで止めた。


「ダメだって言ってんだろ。そこ開けるな。特にオリヴァンは立ち入り禁止だ」


「なんだそれ。逆に気になるだろ」


 ダメだダメだと言われると、逆にやりたくなってしまうもの。


 中に隠したい人でもいるのかもしれないと思い、ノックしてから扉を開けた。


 英雄オリヴァンが隠れ住んでいたりして、なんてことを思ったけれど、中には誰もいなかった。


 振り返ってみると、グレースが俺たちの後ろからのぞき込んできていて、タマサは頭をおさえて絶望的な表情をしている。


「甘い、良い香りのする部屋だわ。さっき他の展示にあるのを見たけれど、香木っていうのかしら」


 たしかに、グレースの言うように、良い香りがしている。香木というものだとするなら、奥にある巨大な朽ち木がそうなのだろうか。


 ほかにも、くすんだ色の弦楽器だとか、糸で綴じられた穴の開いた古い書物だとか、透かし彫りが施された巨大な鳥の像――黄金に輝き、尾の長い鳥の形をしている――だとか、一風変わった宝物がそこにはあった。


 しかし、どうにも腑に落ちないことがある。


「タマサ、ここの何がそんなに秘密なんだ?」


「あー、えっと、重要度が高いからだっての。そんなの見りゃわかるだろクソが」


「なんでそんなに怒ってんだ」


「立ち入り禁止のところに入ったら怒られんだろ。当たり前だ」


 怒りながらも、なにか焦っている様子だった。


 どういうことなのか問い詰めてやりたかったけれども、グレースは、俺をたしなめて言うのだ。


「オリヴァン、立ち入り禁止のところに入ったらダメでしょ。ちゃんと謝りなさい」


「いや、でも気になるだろグレース。特に俺が入っちゃいけないなんて言われたら」


「男の子は入っちゃいけないってことだったかもしれないじゃないの。もしこの部屋が、女の子が浸かっている最中のお風呂だったら、あなたどうしてた? 一生その子の面倒みなきゃいけなくなるわよ」


 裸を見たら一生添い遂げる。それは俺の村の常識とは違うけれど、まあ、もしそんなことがあれば、相手を傷つけて、取り返しのつかないことになっていた可能性はある。


 俺はグレースのおかげで、ちょっとだけ反省できた。


 タマサは溜息一つ吐くと、相変わらずハッキリしない言い方で、


「まあ、こんなこと言うと、またお前が怒り出すかもしれないから、あんまり教えたくないんだけどもさ、英雄オリヴァーに憧れてる人間には見せたくないってだけだ。あとは察しなよ。これも、わっちの優しさなんだからさ」


 わけがわからないけれど、たしかに口の悪さは玉に(きず)だが、タマサは優しい女性だと思う。


  ★


「あの穴の開いた書物、私の世界で解読してた古文書に少し似ているわ。質感とか、()じ方とか、そっくり」


 グレースが秘密の部屋に置かれた宝物の一つを指差したところ、タマサは少し考え込んでから、


「あれは、たしか『原典ホリーノーツ』っていうんだ」


「なんで宝物に穴が開いてんだ?」と俺。


「古いから虫にでも食われたんだろ」


 タマサはそう言うが、虫に食われたにしては綺麗な円形の穴だし、(きり)とか千枚通しみたいなもので意図的に刺さないと、ああはならない気がした。


 もっと詳しく見ようとして宝物に近づこうとしたグレースを優しく呼びとめて、タマサはこんな問いを投げかけた。


「この『原典ホリーノーツ』ってのはさ、『聖典マリーノーツ』っていう、この世界では誰もが知ってる書物のもとになってるんだけど、グレースの世界の古文書には、何が書かれてたんだ? よければ、わっちも見てみたい」


「ごめんなさい。もともとの古い本は持って来ていないの。私が訳した紙束だったらあるけれど」


「お、それが見たいね。今すぐ見たい。持って来てくれないか?」


 俺は、ここでようやくタマサの意図を察した。古文書が見たいなんていうのはただの口実で、何よりも秘密の部屋から、さっさと出てほしいのだ。何か詳しく調べられたくないことでもあるのだろう。


 しかし、グレースはタマサの意図に気付かない。翻訳の紙束を取りに行かずに、自分の世界に残された古文書の内容を説明し始めた。


「かなり短く要約すると、こんなところね。


流氷の一族という誇り高い一家がいた。彼らは高い知識をもち、複数の世界を移動する手段を持っていた。その力で世界を渡り、ロウタスの崩壊さえも何度も生き抜いたとされる。


流氷の一族は、非常に高い魔力を有しており、氷の魔法でさまざまなものをつくることができた。


彼らはマリーノーツというロウタスを安住の地と定め、長い時間をかけて自分たちの生存に適した豊かな大地にしようとしている。それは、高い知能を用いて多くの技術を獲得したことで、かつて暮らしていたロウタスの大地を枯らしてしまった反省からだった。


流氷の一族は二つに分かれたとされる。居残った者と旅立った者。その際に同じ王冠を分けて持つことになった。いざ本当に滅びを迎えた時、残った者たちと、別のロウタスへと旅立った者たちとが、合流できるように。


滅びが近付いた時、王冠をもって、その者たちの長をたずねると良い。彼はエルフの始祖の一人とされ、すべての人々から尊敬されるべき者なのだから」


 グレースより前に、グレースと同じ一族がロウタスを渡り、それが現在マリーノーツで暮らす人々のはじまりに関わっているということらしい。


 話を終えたグレースは、タマサに感想を求める視線を送った。


「へ、へぇ……王冠か。それって、黄金だったりするか?」


「黄金? ええ、たしか、そういう注釈がついていたけれど……タマサ、何か心当たりがあるの?」


 グレースは目を輝かせて、タマサの手を掴んだ。


「…………ないな」


 目をぐらぐらさせながら、平静を装って、タマサは答える。


 そこで俺が「なんだよ、今の間は」と言ってやると、タマサは持ち前のキツい視線で俺を射抜いた。


「ちなみに、その王冠ってやつの特徴は?」とタマサ。


「古くて質素なものよ。磨いたら輝くのかもしれないけれど……。あ、そうだわ。実物がある。私の家に伝わる王冠を持って来ているの。私が寝ていた部屋にあるから、取って来るわね」


 グレースは俺とタマサを残して、部屋を出て行った。


 二人きりの部屋。他に聞いている者はいない。


 タマサは美しき絶望を帯びた声で、ようやく秘密の理由を白状した。


「実は、わっちの仲間が昔、ここで黄金でできた宝物を溶かしまくったことがあってな。いや、仕方ないことだったんだけども。んで、その溶かした黄金を固めて作ったのが、あの黄金の鳥の像なんだよ。王冠もいくつか含まれてたはずだ。もしかしたら、グレースの世界の王冠、くべちまったかもしれない……」


「ああ、それを隠したかったわけか」


 本当に溶かしたのが仲間なのか、タマサ本人なのか、怪しいところだ。


 だが、あまり追及しすぎてしまうと、炎の大魔法で消し炭にされてしまうだろうし、何よりも、なんか可哀想に思えたから、これ以上は突っ込まないことにしよう。




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