第11話 快適馬車の旅
最高の医者のところに連れて行く。
タマサという、はだけた赤い服の、胸の大きな女性はそう言った。
だから俺たちは今、快適な高級馬車に乗せられている。俺たちがはじめに手配したのもそこそこの高級馬車だったが、これはレベルが違う。
ふかふかのベッド。最高級の車輪。優秀な御者が完璧な制御をしてくれていて、まったく揺れを感じない。快適そのものだ。
さて、そもそも、なんで最高の医者のところに行くのかといえば、高度な診察が必要な者が二人いるからだ。俺のほうは、高度な痛み止めスキルが効いているからか、そこまでの怪我にも思えなかったのだが、どうやらひどい重症らしい。
「まったく、こんな怪我するまで倒れずに立ち続けたなんて、オリヴァンは、ほんとクソだな」
おそろしく口の悪い女性だなとあらためて思う。若くて美しく、そして色っぽい女性なのに、とても勿体ない。あと、いつの間にか名前を呼び捨てされているんだが、不満を述べてもいいだろうか。
しかし、俺が不満を口にする前に、タマサは言う。俺とは少し離れた場所で頭痛に苦しみながら横たわる女の子に手を触れながら。
「あと、こっちの女の子は……こりゃ魔力酔いだな。たしかに、これはエリクサーを飲ませたくなる気持ちもわかる。見たことないくらい重たい症状だね。相当きつそうだ。何があったのか、わっちに教えなよ」
タマサは信用できる。そう考えた俺は、これまでに起きたことや、グレースから聞いた話などを、不器用ながら、語ってみせた。
漏斗状の大地がいくつも伸びているという、この世界全体の構造。グレースの世界が亡びかけているという古文書。空から厚着で降ってきた少女。
彼女が王女であるというのは言わなかった。
それから、ツノシカ村から小舟で旅立った時の高揚感。大都会ネオジュークでグレースが倒れてからエリクサーを求めて常昼の町をさまよい、エリクサーと名の付く偽物をもらった後で、鑑定士のおじさんから闘技大会の存在を知らされた。
そこから先は、タマサも知っている通り、凶暴な男に殴られまくって重傷を負ったという話だった。
タマサは時々ふんふんと相槌をはさみながら、俺の話を真面目に聞いてくれた。
「他の世界から来た少女ね。なかなか興味深い話じゃないか。けどな、それよりも偽のエリクサーってどんなのだい?」
「なんだっけかな、鑑定してくれた人の話だと、偽物だけど貴重な、スイートエリクサーとかいう――」
「スイートエリクサー!」
突然叫び、タマサがにじり寄って来た。
「わっ、何だよ急に」
グレースが横にいるのに、魅力的な女性がいきなり接近してきて、いい匂いがして、耳元で囁いてきて、ドキドキしてしまうこの展開、ものすごい背徳感がある。焦る。
「出しな。良い医者を紹介してやるんだから」
「だ、出すって何を?」
「それに、闘技場で命を助けてやったみたいなもんなんだから、さっさと出せよクソが」
「だから何を出すんですかぁ!」
俺が焦りを散らそうとするように大声を出すと、タマサは答えるように、耳元で、鼓膜が破れるんじゃないかってくらい大きな声で、「スイートエリクサー!」と叫んだ。
欲望むき出しであった。
俺は耳をおさえながら、言う。
「そんなにいいものなんですか? 偽物ですよ?」
「あたりまえだろ。『スイートエリクサー・偽』だぞ? それまじでどうやって手に入れたんだよ、お前みたいな雑魚が。本当のスイートエリクサーより遥かに美味いって言われてんだぞ。お前みたいな激よわで根性しかない人間が飲んでいいもんじゃないだろ?」
「とりあえず、口悪すぎない?」
「ああん? 口悪いやつには渡せないって? じゃあ燃やされるのと、凍らされるのと、雷と、土に埋められるのと、切り刻まれるのと……どれがいい?」
「いや、そんな脅迫しなくても、欲しいならあげてもいいが」
「ホントか? それくれるなら、一生ついてってやってもいいぞ」
「でも、条件がある」
「わかってんだよ。オッケーだ。どうせ、そこの女の子が元気になったら、その子にも飲ませてやって欲しいとか、そんなだろ?」
「おお、なぜわかったんだ」
「あったり前だろ、何年生きてると思ってんだよ」
「何年なんですか?」
「あ? 母親に習わなかったか、女の年齢を聞くのは犯罪なんだぞ」
「母親は、俺が幼いころに居なくなったらしいんで……」
「ああ、悪いこと聞いたか。でも、わっちも似たようなもんだ」
それまでの高まっていたテンションが一転、暗雲に蔽われかけたが、俺の次の言葉で、悪くない空気を取り戻せた。
「じゃあ、二十二歳くらいかな」
見た目だけで判断した年齢を言ってみた。そしたら、彼女はびっくりしたような表情で顔を赤くし、そうした後で少しニヤついて、
「……へぇ、そう見えるなら、そういうことにしとこうかね」
三人を乗せて、馬車はザイデンシュトラーゼンに向かった。
★
ザイデンシュトラーゼンは、グレースと俺のとりあえずの目的地である。
そこに行けば、どんな情報も得られると考えていたからだ。
先ほど寄った黒ピラミッドに包まれたネオジュークは商人のまちであり、ザイデンシュトラーゼンより歴史の深い大都会だが、そこを行き交うのは、いわゆる普通の人間たちだった。
それに対して、ザイデンシュトラーゼンはかなり特殊で、人間だけではなく、エルフも、獣人の血を引く者もおり、中には知恵を持ったモンスターなども、人間に似た姿を得るという条件つきではあるが、住人として暮らしていたりもする。
多くの種族が入り混じった混沌の町だからこそ得られる情報も幅広いのではないか。そんな風に考えた。
そして俺たちは、いとも簡単に、目的地まで辿り着いてしまった。
苦労したことはといえば、グレースが魔力酔いとやらで倒れたのと、俺が闘技場で大怪我をしたこと……。あれ、こう考えてみると、たかが移動するだけのことだったのに、全然簡単じゃなく、かなり強烈な困難が降りかかっているようにも思える。
馬車は人混みを割って進んでいく。
「すごい賑わってるな」
「ああ、このあたりは、上半身をむき出しにして暴れる山賊だったやつらが開いた店が多いんだ。特に食い物のうまい店が軒を連ねていてな、今では名店ぞろいだぞ」
そんなタマサの言葉を聞いたとき、馬車のベッドの上で苦しそうにし続けるグレースに早く元気になってもらいたいという思いが沸き起こった。
「なあタマサ、グレースの口に合うものはあるかな」
「あのさ、オリヴァン、わっちから、一つ大事なことを言っておくぞ」
「何だよ、あらたまって」
「何が出てきてもスイートエリクサーには敵わないからな」
「しつこいな。もうわかったって」
馬車の外を見ると、そこには、高台にある大きな四角い建物が見えた。その上に、ものすごく目立つ巨大な黄金の桃型の飾りがついている。オリヴァーの伝記で登場した、ザイデンシュトラーゼン城が近付いてきていた。
★
馬車が停まった後、タマサは俺とグレースをベッドごと浮かして運んだ。物体を浮遊させる風魔法を使ったのだという。
そして、このまち一番の大きな建物に足を踏み入れた。いや、ベッドごと浮いてるから、寝たままで、足はついていないんだけども。
「さ、こいつがマリーノーツ最高の医者、シンシアだ。領主の娘でもある」
タマサに連れて行かれたのは、なんと城郭都市の中心にそびえる、ザイデンシュトラーゼン城だった。入り口には洒落た模様の赤絨毯が敷かれていて、これはタマサの趣味のような気がする。
だとすれば、タマサはこの巨大な建築物の中に住んでいるということなのだろうか。
とても慣れた感じがするから、おそらくそうなのだろう。
「おかえりなさい、タマサさん。それと、はじめまして、タマサさんからの伝言鳥で聞いています。オリヴァンさんと、グレースさんですね」
お淑やかで物腰が柔らかそうな茶色い服の女性が、俺たちを迎えてくれた。
グレースは苦しみつづけていて、返事ができなかった。俺のほうは、怪我で見た目こそ包帯を巻き巻きされているが、痛み止めスキルがまだ切れておらず、普通に挨拶を返せるくらいの状態だった。
「はじめまして。ベッドからの挨拶になってしまって、すみません。シンシアさん」
「シンシア・カートリアといいます。聞いていたよりもずいぶんひどい怪我ですね。タマサさん、一番奥の部屋に運んでください。グレースさんのほうは、その一つ前の部屋に」
「一番奥ゥ? あれってゴミの倉庫じゃなかったのかよ」
「ばっ、ばかにしないでください。あそこは最高の医療部屋なんですよ!」