第九話 沈みゆくボート
「いやー。予想以上にナイアカラの滝がきれーだったね!」
「それな。俺なんか写真撮りすぎて、スマホの容量いっぱいになったんやけど」
「いや、創。お前に聞いてないからー!」
「え、何それ。天翔くん酷すぎません?」
「ごめん、うそうそ。軽いアメリカンジョークですよ」
「絶対アメリカンジョークじゃないだろ」
『軽いアメリカンジョーク』ってなんだよ。
そんないつものやり取りを天翔としていた俺ら一行は、ナイアカラの滝のイベントを見終わった直後だった。
現在の時刻は四時過ぎほど。意外とイベントが長かったのである。
「イベントって何かと思ったけど、まさか、滝のすぐ近くにまで行けるとは思わなかったねー」
「それね。流石に私でも、今日のイベントは色んな意味で衝撃的だったわ。おかげで服が少し濡れちゃったよ……」
美釉と会話しながら、玲菜は自分の服を手でパンパンと叩いている所を、俺に見せつけてくる。
あの、俺の目の前で、服が少し濡れた程度で言ってくるのやめて貰えません? 俺なんか全身びちょ濡れになったんですけど。というか、衝撃的だったのはこっちのセリフだわ!
そう思いながら、俺は全身からポタポタと水滴を垂らしていた。
――俺らは山の頂上にある、玲菜の祖父母が経営してる旅館、『岩釣荘』に決死の思いで着き、しばらくの休憩したあと、近場にあるという観光名所のナイアカラの滝で始まるイベントを、みんなで見に来ていた。
……なんか、どこぞの有名な滝の名前を文字ったような名前やな。
そして、そこで目に入った滝は日光の光を反射してキラキラと輝き、はるか上の山の頂上から水が降り注いで、凄まじい音を鳴らしていたのだ。
その光景にしばらくの間、俺は目を奪われていた。この旅館に来てから、何かと自然の景色に感動したことがあったが、これは別物であった。
滝の光景を視覚で感じられるだけでなく、水が降り注ぐ音を聴覚で、水と水がぶつかり合って生まれる振動を触覚で、清らかな水と土が、混ざりあってできる独特な匂いを嗅覚で、飲むこともできる滝の澄んだ水を味覚で、五感全てを活用しての体験ができるのである。
俺はそんな風にこの滝に対して感じ取っていた。
俺は今回の卒業旅行を経て、観光に目覚めてしまったのかもしれない。
他のみんなの方を見てみると、じっと滝の方を見つめていた。
あのうるさいアイツらでさえも見入ってしまう……この滝にはそれほどまでの力があるようだ。
――まあどっちかと言うと、俺もその『うるさいアイツら』に入っているんですけどね。
しばらくすると、イベント開始の時刻になったらしく、周りには結構な数の人が集まっていた。
「ねぇねぇ玲菜さんや」
「どうしたの創?」
少し気になることがあった俺は、玲菜に小さい声で耳打ちしていた。
「こんなに人がいるけど、今日ってお前のところの旅館は俺らの貸切らしいじゃん?」
「そうね」
「どこからこんなに人が来てるんや?ナイアカラの滝の観光なんて、かなりの人が岩釣荘から来てそうやけど」
「あー、勘違いしてるみたいだけど、貸切っていうのはあくまで今日私達が泊まる『離れ』であって、本館は別にあるのよ。それで、そっちは普通に営業してるの。だからこの人達は、その本館の方に泊まってる人達だと思うわ」
「なるほど」
俺は手をポンッと叩いて言った。
最初に貸切だと聞いた時は、俺らのためだけにそこまでして大丈夫なのかと思ったのだが、そういう裏があったとは。
それにしても、離れでも貸切にしてくれるのは普通に考えて凄いことなのだがな。
すると、数人のマイクを持った人が出てきて、少し前に玲菜が言っていた、イベントについて説明し始めた。
「皆様、本日はナイアカラの滝を観光しに来て下さり、誠にありがとうございます。今月四月の間は、毎週の土日にイベントとして、特別体験を行っております」
――特別体験?
一体どんな内容なのだろうか。
すると今度は、今話していた女性の人ではなく、男性の人が話し始めた。
「それでは、特別体験の内容を説明させていただきます」
そう言って内容を話し始めた。
特別体験というのは、小さいボートのようなものに乗って、滝のすぐ側まで行くことができるというものであった。
遠くから見ただけで、あれほど凄かったナイアカラの滝を、さらに近くで見ることができるとは……。
しばらくすると、俺らの順番になったらしく、担当の人が操縦している小舟に乗った。
俺ら九人が全員乗り終わってみると、人が一人ほど乗れる程度のスペースが空いていることに気づいた。
すると、小舟に乗っていた担当の人が俺らに向かって話しかけてきた。
「すみませんお客様。本日は人が多く、時間が押しているため、もう一人のお客様と相乗りして頂いてもよろしいでしょうか?」
相乗りか……。
少し気まずい気もするが、人が押しているなら仕方がない。
俺がそう考え、担当の人に言おうとすると、それより早く千夏が答えていた。
「私達は気にしないので、いいですよ!」
みんな色々と決めるのが早すぎだろ……。
「ご協力ありがとうございます! それでは次の方、お乗り下さい」
担当の人がそう言った後に来たのは、体が上下に揺れる程の、大きな衝撃だった。
もうしばらく経った後、俺らは滝のすぐ側で、ぷかぷかと浮いていた。
――今にも沈みそうな小舟で。
先程の担当の人の声の後、俺達の小舟に乗ってきたのは、とてもガタイのいい男だった。
『ガタイのいい』というのは、オブラートに包みすぎか。
はっきり言ってしまえば、一般常識的に言う、『おデブ』だった。
その男の年齢は見たところ、二十歳後半といったところか。
特別体験では、真琴の長い髪の毛を結んでいる大きなリボンが、俺に当たりまくってウザかったこと以外は特に問題は起こらなかった。
そんな感じで、特別体験を終わらせた俺達は、最初の所まで戻ってきて、颯十朗、真琴、美釉、天翔、蒼、玲菜の順番で降りて行った。
小舟に残っているのは、俺と沙耶人と千夏と『おデブさん』だけになった時、少し小舟が後ろに傾いている気がしていた。
その後、沙耶人と千夏が降りると、小舟に残っているのは、俺とおデブさんになった。
――嫌な予感がする。
すると、また小舟が後ろに傾いていっている気がしてきた。
……というより、傾いてた。
どうやら、推定百キログラムは越していると思われる、おデブさんの体重で傾くはずの小舟を、俺達の体重で釣り合わせて、倒れるのを防いでいたのだろう。
だがしかし、今はどうだ。
みんなが降りていき、釣り合わせることのできなくなった小舟は、おデブさんの体重によって倒れていき、水の中に沈んでいく。
――そのまま俺は、大砲の玉のように、滝の下に広がる湖に突っ込んでいた。
――とまあ、こんなことがあり、俺はびちょ濡れになっていた。
「や"ぶぇ"ぇ"……ざみ"い"よ"ぉ"ぉ"ぉ"!」
この時の俺は、吹いている風全てが吹雪のように感じていたと思う。
先程までの爽やかな風とは打って変わって、俺の命を奪いに来ているかのように感じている。
「ちょっと、創!私も濡れちゃうから、こっち来ないでよ!」
「島びちょ濡れ過ぎてやばいな〜」
「いやー、僕じゃ無くて良かった……」
玲菜、真琴、沙耶人の順番で、薄笑いを浮かべながら小声で俺を煽ってくる。
そうかそうか、つまりお前らはそういうやつだったんだな……。
俺だって、落ちたくて落ちた訳では無いのに……。
みんなからの煽りを受けて、俺は少し萎えていた。
だがしかし、そんな煽りの中に、唯一本気で心配してくれている言葉があった。
「創大丈夫?そのままだと風邪引いちゃうかもしれないから、すぐ着替えた方がいいね。あ、もしいいなら、もう温泉入って来ちゃったら?」
控えめに言って、それは神……いや、女神だった。
流石千夏さん……いや、千夏様と呼ぶべきだろう。
「そうだねー、俺はもう温泉入ってくるわ。みんなはどうするんや?」
「そうなのか。じゃあ、俺もついでに、もう入って来るわ〜」
俺の問いかけに答えるように、蒼が大欠伸をしながらそう言う。
……とりあえず、一人じゃなくて良かった。
温泉ぼっちルートを回避し、ひと安心した俺は、服の一部をまとめて手で絞ってみた。
すると、おびただしい量の水が出てきて地面に吸収されていく――
いや、どんだけ濡れてんだよ。
まあ、湖の中に入ったんだから当たり前か。
俺の眉毛にかかる程度だった髪の毛は、濡れたことによってぺったんこになり、目に入ってきて地味にウザイ。
そう思っていると、
「えー、蒼が来るなら、俺は後でいいやー」
「え、何それ。天翔酷すぎないかそれ?」
「ごめん、うそうそ。軽いイタリアンジョークですよ」
「絶対イタリアンジョークじゃないだろ」
何かついさっき俺とやっていたようなやり取りを、天翔が蒼としていた。
そして、何だかんだ言って、全員で温泉に入ることになったのだった。
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