第六話 時間稼ぎはおデブのために
「というか時間を稼ぐって言ってるけど、後ろの軍団ってまだ接近してきてるんじゃないの?」
「……あ、確かに。ヤバくね」
真琴の何気ない発言に、核心を疲れたように俺は驚き、急いで後方に視線を移す。
オオカミ(仮)達の軍団は、大きな地響きと共に、どんどん接近してきている――
と思っていたが、予想とは真反対の光景がそこにはあった。
「軍団の動きが止まってる……?」
後方50m先くらいの道のど真ん中で、数百匹程度のオオカミ(仮)の軍団は歩みを止めていた。
「いや、止まってるというより、何か壁みたいなのない?」
「確かに……何か半透明のバカでかい壁みたいなのあるな……」
それは自然に創られたものとは思えなかった。
俺らと軍団を挟むようにして、縦は空の果てまで続く程の、横は100mずつ程の長さの、半透明で淡く光り輝いている壁が出現していたのだった。
「はぇー……」
俺がそんな少し幻想的な光景に見とれていると、横から真琴の大きな声が聞こえてきた。
「ちょ、島よそ見すんな!」
「ふぇ!?」
右側から強く押し出されて、俺はそのまま頭から左に吹っ飛んでいき、足で地面を掴んでバランスを戻す。
すると、俺のすぐ右側から、何かが通り過ぎたような風が吹いてきていた。
その風がした方を見ると、オオカミ擬きが飛びかかって来ていたのだった。
真琴が俺を押し出してくれてなかったら、きっとそのまま飛びつかれていただろう。
「マジすんませんっした……」
「次来るって! はいはい構えて〜!」
何か、真琴さんいつもに増して乗り気じゃないか?
ともかく、今はこっちか……。
俺は時間稼ぎに集中するために、とりあえずオオカミ擬きの位置を把握する。
先程飛びかかってきたオオカミ擬きが、俺らの後ろに一匹いて、残りの三匹は未だに小屋のドアの前に立たず待っている。
軽く挟み撃ちの状態になっているわけだ。
「まこっさん、前の三匹相手しとくから、その間に後ろのやつやれたりする?」
「多分よゆーだけど、逆に島が心配だわ」
「ふっふっふ〜、俺を侮るでないぞ真琴よ。では頼んだぞ!」
「キモ」
「ストレート過ぎて酷いな!?」
コレが、一応命を狙われていながら戦っているやつの会話なのか……?
甚だ疑問だが、とにかく俺もいい加減いい所を見せてやんないとな。
「いくぞゴルァ!」
「ちょちょちょ! 受け流すだけで精一杯なんですけど!!」
連続で飛びかかって突撃してくる三匹のオオカミ擬きに対して、俺は鍬の柄で防ぐか、左右に飛んで避けることしかできていなかった。
「これじゃまるで闘牛やな」
だが、本命はこっちで三匹を相手にしている間に、真琴に一匹やってもらう予定だ。
所詮、俺は真琴の踏み台って訳だ。
「……自分で言ってて悲しくなる、っな!」
俺はその時、初めて鍬の柄の部分で飛びかかってくるオオカミ擬きを弾き飛ばすことに成功した。
「あれ、意外といける?」
だがしかし、吹き飛ばされた一匹のオオカミ擬きは、少しの間地面に寝そべって手足を動かしたあと、体を左右に揺らして再び元の姿勢に戻り、近づいてきていた。
「あ〜、やっぱり前言撤回で……」
俺が掴んだ一瞬の希望を、またもや失っていたその時だった。
「うわっ、何か灰になって消えた……?」
後方で奮闘していた真琴の声が聞こえたのだった。
「なんだ、何かあったのか!?」
俺は少し驚いて、大きな声で真琴に尋ねる。
その間もオオカミ擬き達は、休むことを知らずに、相変わらずワンパターンに飛びかかってくる。
「いや、何か我が全力の蹴りをアイツの横っ腹に直撃させたらさ、一気に体が灰みたいになって消えたんだよ……これって倒せたってことなの?」
体が灰みたいになって消える……?
そんなことが有り得るのか?
ましてや、横っ腹に全力の蹴りをかましただけで……。
いや、だが、既に変なオオカミ軍団とか半透明な壁とか紅い空とかがいたりあったりしたわけだ。
今更何があってもおかしくはない気がしてきた。
そもそも、ここが日本だと言うこと自体すらも怪しくなってきたくらいだ。
「多分、きっと倒せたってことなんだよ! 知らんけど!」
『多分』、『きっと』、『知らんけど』という三大最凶曖昧化言葉を並べて、真琴に返答する。
「ならそういうことにしておくわ! というか、いつまで時間稼ぎすればいい訳? さっき小屋のドアに居たやつどこに行ったんだよ」
「言われてみれば、確かに……」
先程ドアから身を出していた謎の男は、時間稼ぎをしてくれと俺らに言ったっきり、数分間姿を出していない。
一体どうしたのやら……。
――『噂をすれば影が指す』ということわざは、どうやら本当のようだった。
「お待たせしたのでふお二人共! やっと魔術結晶を見つけたのでふ……!」
――魔術結晶?
何それ美味しいの状態だが、ともかくあの男が何かしていたことは分かった。
というか、その男はドアを勢いよく開けたため、影になっていて見えなかった容姿が、今ははっきりと見えていた。
だが、その容姿は――
「え、おデブじゃん」
いや、はっきりと言っちゃったよ真琴さーん!
「……もしかして、そこの少女君。今僕のことを、くそデブの豚とかいいやがったのでふかぁ!?」
あらま、やっぱり怒っちゃいましたよ。
まあ、そりゃ当たり前だ。いきなり会って間もない見ず知らずの人間に、『おデブじゃん』とか言われて怒らない人間はおらんよ。
……ただ、自分で言われたことを盛ってた気がしたけど。
その男は真琴の方に右手の人差し指を向けながら、声を張って怒っていた。
先程真琴が言い放ったように、フォルムはまん丸としていて、推定三桁は体重がいってそうだった。
更には、なぜか科学者が着ていそうな真っ白な白衣を身にまとっており、その裾は膝の辺りまで伸びていた。
怒鳴ったせいかは分からないが、まん丸の黒縁のメガネは少し傾いており、短く少しつんつんとした髪の毛も揺れていた。
それにしても、失礼なのは承知なのだが、本当に『おデブ』だった。
「おいおい真琴、流石に謝っておいた方がいいんじゃないか? お前だって初対面の人に、『クソチビ』とか言われたら、キレるだろ?」
俺は、真琴の小学生並みに低い身長について触れる。
「いや、だってあの人がおデブなのも、我がチビなのも変わりようのない事実なわけじゃん?」
「ま、まあ確かに……確かに?」
なぜか分からないが、軽く論破された俺は言い返すことをせず、ことの成り行きを見守ることにした。
「というか、口論も程々にしとかないと、未だにオオカミ擬きが延々と飛びかかって来てるわけだよ?」
既に、オオカミ擬きの飛びかかり攻撃の避け方と受け流し方をマスターしてしまった俺は、話しながら防衛していた。
「なぜ魔法を使わないかが少し疑問でふが、とりあえずは、あっちのジェネラルソルジャーの方を一旦片付けるとするのでふ」
そう言い放つと、おデブさんは俺の横を通って、先程まで俺らが走っていた道に出る。
そして、「ホッ」と言いながら、両手をオオカミ(仮)達が謎の壁で止まっている方へ伸ばした。
すると、おデブさんが手を伸ばしたタイミングと同時に、巨大な半透明の壁は消え去り、ストッパーが無くなったオオカミ(仮)達がそのまま前へとなだれ込んでいく。
「え、あのよく分からん壁を消したってこと……?」
というか、さっきも『魔法』がどうのこうの言ってたよな。
魔術結晶とかも何か言ってたし……。
あれ、これはおデブさんの頭がおかしいのか、それとも本当におデブさんの言っていることが正しいのかどっちなんだ?
俺の頭が余計混乱し始めていたが、この後の光景を見たあとでは、確実に後者としか思えようがなくなると思う。
おデブさんはもう一度、今度は握りしめた右手だけを前に突き出していた。
だが、よくよく見るとその右手からは、淡い黄色の光が盛れだしていることが確認できた。
そのままおデブさんは、しばらくの間目をつぶったあと、ボソリと呟いた。
「――荷電収束砲なのでふ」
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