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ボランティアだと思って!

       1


「ほんと助かっちゃったなぁ。神様仏様、源様って感じだよね」

 テスト後の三年二組の教室。源恭介(みなもときょうすけ)は、前の席で半身になる椎名夏希(しいななつき)と向かい合っていた。

 気安い笑顔はいたずらな感じで、椅子の背に乗せた腕の近くでは、きめ細やかなショートヘアがさらさらと風に揺れていた。

「そりゃ良かった。なんかあったら言ってきてくれていいよ。まあ暇だったらだけど」

 心臓バクバクの恭介だが、クールに返事をした。

 夏希はにこりと笑顔を大きくした。小さな口からは綺麗な八重歯が覗いている。

「ほんと? そんじゃあどんどん頼っちゃうから。いやーつくづく、持つべきものは親切丁寧なクラスメイトだよね」

 楽しげな夏希の台詞に、「時間があればな」と恭介はぼそりと返す。

 視線は教室の隅。夏希は眩しすぎて、直視できなかった。

 席替え以来、夏希は頻繁に後席の恭介に話しかけてきていた。

「髪切ったんだけどかわいいかな?」等突っ込んだ内容の話題が多く、恭介は混乱半分、嬉しさ半分だった。俺に気があるのか? ともひそかに思ったりしていた。

 テニス部のエースで、男女関わらず友達の多い夏希。勉強は苦手だが隠すでもなく前向きに明るく生きている。

 優しくて綺麗で快活で、クラスのどの女子よりも女の子していると恭介は思う。一日中でも見ていたい。

 だけど女子というのは、男子とは違う生き物だ。男よりも強固な友達グループを作るし、何より……。


       2


「源先輩。私、中学の時からずっと、ずーっと好きでした」

 女子は恋愛大好き。

 その日恭介の靴箱には、丸い字で「昼休みに校舎裏に来てくれませんか」と書いた手紙が入っていた。従った結果、切羽詰まった調子で告白をされた。

 女の子は片手を胸に当てつつ潤んだ瞳で恭介を見上げている。

 身長は一五〇センチ程で、中学生でも通りそうである。顔は小さくて丸く、胸の高さまでの茶色がかった髪は繊細。目鼻立ちは整ってはいるが幼げな雰囲気だった。

 恭介が答に窮していると、女の子はそろそろと口を開いた。

「突然でびっくりさせちゃいましたよね。私、一年四組の森本佳奈(もりもとかな)です。変な事を訊いちゃいますけど。あの、その……。彼女、とかいるんですか? って私、なんて事を訊いて……」

 高い声音で言い切ると佳奈の顔が赤くなる。

(こんな事かなとは思ってたよ)

 まっすぐに見つめてくる佳奈に平静に告げる。

「ありがとう。気持ちは嬉しいよ。彼女は、いない──んだけど」

 思いやりを込めた言葉を掛けた恭介はぽつぽつと説明を始める。

「今のクラスでこの一ヶ月ずっと、話しかけてきてくれる子がいてさ。その子はなんつうか、優しくて自分をしっかり持ってて。はっきり言っちゃうと、その子が好きなわけ。だから君の告白は受けられない。諦めてくれ」

 真摯さを意識して断言すると、佳奈はおずおずと口を開いた。慎ましげな上目遣いだった。

「好きな人がいるか。そりゃあ楽しいですよね。その人とどんなお話するんですか?」

「勉強の話が多いかな。自分から喋りかけたりはしないけどな。女子とあんま関わりを持たなかったから、要領がわかんなくてな」

 あっさりと答えると佳奈は口を引き結び、決意したような表情になる。

「もしよかったらですけど。これから私とお話しながら登校しませんか?」

 小さくはあるが気持ちの籠もった声に恭介はぽかんとなる。

「話す練習ってわけ? 意味あんの? 一応訊いておくけど、それやったら俺とどうにかなれるとか思ってないよね? それはないよ。俺はロリコンじゃないし」

 オブラートに包んで答えると、佳奈は一瞬苦い顔をした。しかしすぐに意欲に満ちた表情を取り戻す。

「大丈夫です。わかってます。わかっててお願いしてるんです!」

「いやいや、よーく考えろよ? 俺、君の事は好きじゃないんだぜ? それでいいのか? 自分を安売りしちゃあ駄目だよ。君、純粋で真面目でいい子っぽいからさ」

「お褒めの言葉に真剣な忠告、ありがとうございます。感動です、やっぱり先輩は素敵です。私が好きになった人です。でもいいんです。隅から隅まで納得してます。お願いします、先輩。一種のボランティアだと思って、軽ーい気持ちで。ね?」

 佳奈は真剣な瞳で食い下がる。恭介は、(何が君をそこまで駆り立てる?)とたじろいでいた。

 佳奈は強い眼差しを向けて続けている。数秒後、恭介はふぅっと息を吐いた。

「君の提案を受けよう。これからよろしく。でも悪いけど、君んちに行きはしないよ。朝は忙しいからさ」

 穏やかに返事をすると、佳奈は両手を胸の前で合わせた。

「やったぁ、ほんとですか。ありがとうございます! 感謝感激雨あられです! それじゃあ明日から、私が朝に先輩の家に行きます。何時に伺えばいいですか? 五時でも六時でも前泊でも大丈夫ですよ?」

 表情をぱあっと明るくした佳奈は、興奮した調子で喚いた。

「前泊は勘弁してくれ。年下の女の子にそんな真似をさせたのが広まったら、俺の学校生活はジ・エンド。文字通りの終焉を迎える」

 神妙に返すと、「終焉……。なんとも重々しい響きですね」と、佳奈は深刻な雰囲気で呟いた。

「六時半ぐらいかな。でも無理はしないでくれ。体調が悪けりゃ休んでいいし、辞めたくなったら辞めていい」

 恭介が落ち着いた心境で告げた。

 すると、「わかりました。じゃあまた明日! また会う日まで!」と、るんるんの佳奈は恭介に背を向けた。

 小走りをする佳奈の華奢な背中を見つつ、(カップル(仮)ってか。……おかしな事を始めちまったよな。本当に女子はよくわからん)と、首を捻るような思いだった。


       3


 翌日、支度を終えた恭介は、六時二十分に玄関のドアを開けた。

 すると家の前には、体の前でスクールバッグ両手持ちの佳奈が立っていた。満面の笑みで、恭介に親しげな視線を向けている。

「おはようございます! 小鳥がさえずり、風がささやく。物事の始まりにはもってこいのとってもすばらしい朝ですね!」

「……風がささやく? まあいいや、おはよう」

 たじろぐ恭介が小さく返すと、「おはようございます!」と、二度目の挨拶が来た。

(やっぱり間違ってるだろ)と、恭介は苦々しい思いだった。


       4


「中学の時に私、美化委員に入ってて、そのとき先輩が委員長で。すっごい優しく丁寧に仕事を教えてくれたり、居残りまでしてフォローしてくれたりしたじゃないですか。それで私、『この人だ!』ってビビッときて。背中にピカッと電気が走って。で、先輩を好きになったんですよ。でもあっさり断られちゃったんですけどね。うまくいかないもんですよねー」

「……ごめん、覚えてないわ。人生の思い通りにいかなさについては同意だけどさ」

 佳奈がテンションの高い一方で、恭介はフラットな心境だった。佳奈は、恭介とは微妙に距離を開けて歩いていた。歩き始めの距離感を律儀に守っているようだった。

(気を利かせられるんだな。いい子ではある)と恭介は納得していた。

「ほら先輩、明るく明るく。人間、元気が一番。暗くしてたって、なーんにもいい事ないですよ?」

「……ああ、わかった。ポジティブにいくわ」

 ぽつりと恭介が答え、二人はしばらく無言で歩き続けた。

 信号で立ち止まった時、佳奈がおずおずと沈黙を破った。

「先輩、中学の時は部活と委員会、両方してましたよね? すごいなって思ってたんですけど、高校は委員会入ろうとか思わなかったんですか? いや。強制してるわけじゃあないんですよ。ただ単に何でかなぁって思って」

「高校は部活一本でいこうと思ったんだよ。迷いはしたんけどさ。委員会も得るものは多いしな」

「そうなんですかー。委員会も大変ですもんねー。私もやったからわかります」

 合点のいったような調子の佳奈の返答の後、再び会話は途切れた。数歩進むと、唐突に佳奈はぱんっと手を叩いた。

「いい事思いつきました! 先輩、部活の試合って近いうちにありますか? 私、見に行きたい! 先輩のサッカーしてるとこ、ぜひとも見たいです!」

「……ああうん、ずいぶんグイグイ来るな。明日ちょうど練習試合あるわ。来たけりゃあ来たらいいよ。でも目立たないように頼む」

 恭介の静かな懇願を受けて、佳奈はふふんといった感じの澄まし顔になった。

「了解です。先輩のためなら、たとえ火の中水の中。ネタバレしちゃうようなヘマは、絶対に犯しません!」

「……なんかいちいち言い回しが面白いよな」

 思わず呟いた恭介は、おもむろに周りを見渡した。

「そろそろ目撃される危険があんな。もうちょい離れて歩いてくれる?」

(ミスった。ドライな感じになっちまった)

 恭介は瞬時に後悔をした。

「了解です。つかず離れず、心地よい距離感で先輩についていきます」

 楽しげなひそひそ声で返事が来たかと思うと、佳奈はすうっと後ろに下がった。

(……本当に何なんだ。行動原理が理解できん)

 学校へと歩を進める恭介は、一人深く考え込んでいた。


       5


「すっごいスピードでしたね、あのシュート。風を切るとはまさにあの事! インド人もびっくりの、スーパーミラクルシュートですよ!」

「インド人とかはわからんけど、悪い気はしないな。うん。ありがとう」

 翌々日、佳奈と恭介は今日も一緒に登校していた。話題は昨日の試合だった。佳奈は見に来てはいたようで、試合が終わると一人で帰ったらしかった。

(一緒に下校しようとは言い出さないんだな。本当にこっちの言う事はきっちりと守る子だ)

 恭介は感心しつつ、次の話題を探った。が考えていると、「サッカー、いつからしてるんですか?」と、佳奈は興味深げに問うてきた。

「幼稚園」

「長い間続けてるんですねー。私なんか幼稚園児の時にはぽけーっとしてるだけだったのに、先輩ったら真面目に一途に、ひたすらボールを追いかけてたんですね。うまくなるはずです。納得」

「ありがと」と、恭介は素直に思いを口にした。

「ところで君は何か部活してるの?」

「私はテニス部ですよ。中学から続けてます。頑張ってるつもりですけど運動音痴ですからね。ついて行くのもしんどいです」

「下手でも何でも頑張ったら何かしら得るもんはあるだろ。引退まで続けられたらいいよな」

 恭介は、感慨を込めて返事をした。

「ありがとうございます。やりがいはあるので最後までやる気です。それにしてもサッカー部って、筋トレも多くてハードですよね。ほんと感心しちゃいますよ」

「うちの学校じゃ厳しいほうだよな。でもあのぐらいはやらないと勝てないからさ」

 言葉を切った恭介は、隣の佳奈を見た。ちょこちょこと歩く佳奈は、心から楽しげな佇まいである。

「ちょっと聞きたいんだけど、女子同士ってどんな話をしてるわけ? あの子と話す時の参考にするからさ」

 言葉を切った恭介は、期待を籠めて佳奈に顔を向けた。佳奈の表情は一瞬固まったが、すぐに笑顔に戻った。

「そうですね、やっぱり恋愛の話ですかね。でも好きな人とそういう話をするのは勇気がいりますよね。うーん、他だったら……」

 佳奈の話にじっくりと耳を傾けつつ、恭介は佳奈と隣り合ったまま校門をくぐってしまった。


       6


 その日は恭介にとって地獄だった。校門まで一緒にいたせいで佳奈との登校が知れ渡ったのだった。

「堂々と一年の子と歩いてるなんてねー。相手の子見たけど、ぱっと見中学生だよ。逸脱してるよね……」

 廊下の端、恭介に不審げな目を向けながら知らない女子たちがこそこそ話していた。早足で通り過ぎた恭介は、苛立ちを加速させる。

(くだらない。他に話す事ないのかっつの)


       7


 翌日、恭介は重い気持ちで玄関の扉を開いた。

「おはようございます。新しい朝が来ましたね。今日は快晴、気分もテンションもこの晴れ空に負けないように頑張りましょう!」

 今日も佳奈は元気いっぱい。何の迷いも感じさせない声とともに、恭介に満面の笑顔を向ける。

「……全然堪えてないんだな。でも、もう辞めよう。あれだけ噂になってる中で一緒にいたら、どうなるかわかんないよ」

 恭介が静かに返事をすると、佳奈は「噂ってなんですか?」と、きょとんとした顔で答えた。

「知らないのか? 昨日、俺らが一緒に登校してたのが見られてたんだよ。それが学校中に広まって、今じゃあ俺は、中学生にしか見えない一年女子に手を出した、最低最悪のロリコン野郎だよ!」

 耳に届いた自分の声は、想像以上に荒れていた。

「えっ?……でも私、そんな」

 佳奈の顔には、驚きと悲しみが浮かんでいる。

「だからやめやめ。もういいだろ?」

 恭介は畳み掛けるように、投げやりな早口で即答した。

 しかし必死げな佳奈はなおも食い下がる。

「お願いです! 私、先輩をどうにかして……。そうだ! 会うのがダメなら電話すればいいんです! ナイスアイデア!」

 一転、佳奈は、明るい口調になった。

 いらいらと頭を掻いた恭介は、佳奈を睨み付ける。

「電話? 時間の無駄無駄。んな事するわけないだろ。だいたい昨日は、君が途中で離れなきゃいけない事を忘れててこんな大事態になったんだろ。どの面下げてそんな提案ができんだよ! ってか最初に言おうと思ってたけど、いったいなんなのその執念? どっから湧いてくんの? 意味がわかんないよ」

 やりきれなさに任せて、恭介は大声でなじった。離れて歩くのを忘れていたのは自分も同じだ。だがもう止められなかった。

「女子っていっつもそうだよなぁ。誰と誰がひっついただの離れただの。そっち方面の噂ばっかりしてさ」

 泣きそうに唇を震わす佳奈に、恭介は思いつきの言葉を容赦なく投げる。

「ああわかったわかった。君、何か企んでて俺に近づいたんだろ」

「そんな事ないです。私はただ先輩に……」

 俯いた佳奈は涙声で答えた。ひっくと一回鼻をすすると、目から滴がこぼれ落ちた。

 だがやがて、そろそろと再び顔を上げた。目こそ赤かったが、表情は晴れ晴れとしている。

「今まで本当にありがとうございました。それと、離れなきゃいけないの忘れててすみませんでした」

 変に爽やかな佳奈は、「では失礼します」とぺこりと頭を下げた。間髪を入れずに、小走りで去って行く。

(やっと厄介払いができたか。ったく俺とした事が、なんであんな馬鹿げた提案を受けたんだ)

 気持ちが軽くなった恭介は、学校へと歩き始めた。


       8


 その翌日、恭介は一人で登校した。朝練、授業中、放課後練。ずっと頭に浮かぶのは佳奈との会話ばかりだ。

『ほら先輩、明るく明るく。人間、元気が一番。暗くしてたって、なーんにもいい事ないですよ?』

(イライラをぶつけてだいぶきつい台詞を吐いちまったけど、……なんというか、うん。思い返してみれば悪くはなかったな。あの子と過ごす時間。こういうのが、何気ない日常の大事さを噛みしめるっていうのかもな)

『背中にピカッと電気が走って。で、先輩を好きになったんですよ』

(つくづく恥ずかしいセリフだよなあ。本人の前でよく言えるもんだ。どんだけ俺を好きなんだよって話だよな。明日きっちり謝ろう。それで終わりにしよう)


 放課後練が終わった。時間は十九時前で、夜の帳が下りている。恭介は帰宅すべく自転車置き場に歩いて行った。すぐに自分の自転車を見つけるが、籠の中の封筒に気づく。表には「源先輩へ」と、見覚えのある字で書かれている。恭介ははっとして中の手紙を取り出す。

「あの日の告白は驚かせちゃいましたよね。私が告白したのは、先輩が好きで好きでたまらなくて。後悔しないように気持ちを打ち明けました。でもあんな結末になっちゃって。私がそばにいると先輩が迷惑するんならもう先輩には近づきません。先輩が好きな人と幸せになる事を祈っています。森本」

 恭介が呆然としているとサッカー部の後輩の柴田が近づいてきた。

「どうしたんすか、その手紙。森本さんっすか? 最近まで一緒に登校してたんすよね」

 驚いた恭介は、柴田に向き直った。

「知ってんのか?」

「中学同じっすからね」

 愕然とする恭介。気づかなかったが、佳奈は恭介より早起きしていたはずだった。佳奈の家から恭介の家は歩いて五十分。佳奈は六時二十分には家の前にいた。つまり。

(そうか、そこまで俺を。なのに俺は……)

 恭介が衝撃で固まっていると、柴田から控えめな声が掛かった。

「森本さん、さっき見ましたよ。テニスコートのとこのトイレ前で。怖い雰囲気の女子と一緒にいました」

「ありがと、行ってくる」

 決意とともに告げた恭介は、走り出そうと振り返った。たがふと思いついて、静かに柴田に質問をする。

「柴田お前、自分が好きな子に、他のやつが対象の恋愛相談持ちかけられたらどう思う?」

「そりゃイヤっすよ。俺の気持ちも考えろって思いますよ」

 柴田は批難を籠めた語調で即答した。

「……そうか、わかった」

 今度こそ恭介は靴箱を後にした。


       9


 他に人がいないトイレ前では、怯えた表情の佳奈を、腰に手を当てた夏希が睨んでいた。

「椎名先輩の邪魔する気はなかったんです。私はただ源先輩に、気持ちだけ伝えておこうって思って……」

 消えそうな声の佳奈を、夏希は表情を変えずに責める。

「あのね、源くん、ぱっと見はぶっきらぼうだけど、ほんとは親切で優しくて。あんたみたいなお子様と関わって、ロリコン疑惑を掛けられていい人じゃあないの。わかった? ってかわかって。そんでもって、もう源くんと関わるのやめて。半径十m以内に近寄らないで」

 泣きそうになる佳奈。そこに恭介が現れる。

「なんか切羽詰まった話をしてるよな。俺も混ぜてくれ」

 冷めた思いの恭介は、重厚感たっぷりに二人の会話に割り込んだ。

「源くん」

「先輩……」

 二人は歩みを止めた恭介のほうを振り向く。

「椎名さん、言い方きつすぎんじゃない? その子、なんかしたの?」

「いや、その……」恭介に詰め寄られた夏希は目が泳いでいた。

「話は聞こえたよ。椎名さん俺の事好きなんだよね。でも俺、何にも悪い事してない子をそこまでぼろくそ言う人とは関わりたくないよ」

 俺も人の事は言えないんだけど、と心の中で呟く。

「その子と話あるから、椎名さんちょっとよそ行っててくれる?」

 無言で聞いていた夏希だったが、とぼとぼと歩き去っていった。

 夏希には目をやらず、恭介は暖かい気持ちで佳奈を見続けていた。

「手紙読んだよ。ほんとごめんな。俺のために色々してくれてたのに、別の子の恋愛相談持ちかけたりして。俺が好きだったのさっきの椎名さんなんだよ」

「……実は知ってました。よく源先輩の話してますから」

 言い終わると同時に俯く佳奈を、恭介は真剣な顔で見つめる。

「君にお願いがあってな。非常に大事な事だから、しっかり聞いてほしい」

 佳奈は顔を上げ、「なんですか?」と不思議げに問う。

 恭介は視線をそらし、指で顔を掻きながら続ける。

「まあ、あれだな。どうにも恥ずかしいんだけど。あの時の君風に言うとだな『これから俺と一緒にいてくれませんか』ってとこかな」

「……先輩。ありがとうございます。とても、とっても嬉しいです。もう私、涙が……」

 佳奈は、顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。

「でも椎名先輩にあんな事言ったらクラスで……」

 恭介は晴れやかな様子で口を開いた。

「ちょっと面倒な事になるかもな。でもどうでもいいよ」

 逃げる気はなかった。それが佳奈の前で夏希の事を相談し、暴言で佳奈の思いを踏みにじった罰であり、同じように苦しみを味わってこそ恋人関係だと思うから。

 嬉し泣きの佳奈を見つめ続ける恭介は、自分の中に強い感情が満ちるのを感じていた。この子のためなら何でもできる。甘くも激しいその感情は恭介に無敵感を与えていた。


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