#1
ピピピッと目覚ましの音が鳴り一人の男が目を覚ました。男は眠そうな目で寝台の傍に置いてあったスマートフォンを開く。時刻は午前11時と表示されていた。
ちょうどその時ケイトと言う女性からメッセージ着信の通知が携帯に届いた。
『今日は仕事が早く終わりそうだから7時からセブンスストリートでジョンと一緒に飲むんだけどデイヴィッドもどう?』
デイヴィッドは少し考えた後に返信する。
『あぁ、問題ないよ』
カレンからの返信はすぐに来た。
『なら決定ね。今日の夜7時にセブンスストリートで』
デイヴィッドは携帯を閉じ、下着一枚で寝台から起き上がる。
そして昨晩に脱ぎ捨てた黒いライダースーツと狐のロゴが入ったバイクヘルメットを片付ける。彼の細身ながらも無駄なく鍛え上げられた上半身には無数の傷跡が残されていた。
❇︎
都市にある企業の高層ビルが立ち並ぶワークタウン地区。その中でも特に高いエドワーズ社と記されたビルからスーツを着た一人の若い女性が出てくる。それを待っていたかのように黒いスーツをキッチリと着こなした屈強な黒人男性が女性に話しかける。
「こんにちはエドワーズさん。私が今日から運転手兼ボディーガードを努めさせていただきますオーウェン・ジャクソンです」
黒髪の女性は笑顔で答える。
「あなたみたいな人がボディーガードだなんて頼もしいわ。これで犯罪率が高いこの街でも安心して歩けそうね。それとエドワーズさんはやめて。クロエで良いわ」
「そうもいきません。立場というものがありますから」
そう言いオーウェンは手を差し出しクロエと握手を交わす。
そして事前にビルの前に止めてあった黒い車の後部座席の扉をオーウェンは丁寧に開きクロエが乗る。オーウェンは丁寧に後部座席の扉を閉じ、運転席に乗り車を発進させた。
どうしても抑えきれなかったのか、クロエは車が発進するなり苛立ちを隠さずに愚痴をこぼす。
「全くあの老人たちはいつも言いたい放題ね。一度で良いから私の立場に立たせてやりたいわ」
クロエの愚痴を聞いたオーウェンは困ったように口を開く。
「すいませんエドワーズさん。今日が初日なものでなんと返したら良いのか」
「あぁ、気を使わせてごめんなさい。ストレス発散のための独り言だから聞き流してくれ良いのよ。前任者もそうだったから」
「わかりました」
そう言いオーウェンは再び運転に意識を向けた。
クロエは携帯を開きニュース番組を観る。画面の中でアナウンサーがニュースを淡々と読み上げていた。
『昨夜未明、アンダータウン地区のヘルズ通り付近の住人から「銃声が聞こえた」との通報を受けダンベス市警が向かったところ、一人の白人男性が意識を失っているところを保護されました。警察によりますと、発泡したのはこの男性とみられ、身元調査で男性が犯罪組織の一員だと言うことも判明したとのことです。現在男性は怪我の治療のため市内の病院で保護されています。また警察は、今回の件は巷を騒がせている”狐のヘルメットの男”が関わっていると見て調査を続けている模様です。次のニュースです……』
そこまで見てクロエは携帯を閉じた。
ニュースの内容を聞いていたのかオーウェンがクロエに話しかける。
「今人々の間で”ヒーロー”と呼ばれている”狐のヘルメットの男”についてどう思いますか?」
クロエは少し考えて答えた。
「貧富の差が激しくなって犯罪率も右肩上がりのダンベスにはヒーローという希望が必要なのかもしれないわね。でも黒いライダースーツと狐のロゴのヘルメットじゃあスーパーヒーローにはなれないわ」
「スーパーヒーローですか?あなたのような人もコミックは読むんですね」
「まぁ、あまり詳しくはないけど」
クロエは窓の外の街並みを眺めながらそう呟く。
クロエはふと今の自分と会社を見たら幼い頃に他界した両親はどう思うだろうと考えた。二人とも街のために尽くした人だった。
クロエが亡き両親に思いを馳せているとある考えが浮かんだ。しかし、あまりの馬鹿馬鹿しさにすぐに考えることをやめた。
「私もまだ夢は見れるみたいね」
そう小さく呟くとクロエは次の仕事に意識を集中させた。