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懺悔室の神父さん

懺悔室の神父さん Ⅶ

 懺悔、それは過去の罪に気づいた者が、神仏などに告白する行為。


 私はこの教会で五十年以上、人々の懺悔を聞いて来た。トンデモ懺悔から可愛い懺悔まで。

 そして本日……朝一から、この方が懺悔をしにきた。


「うぅ、神父様……私はとんでもないことを……」


 もはや世界で最も有名な姫君、サラスティア姫君だ。

 先日、彼女は世界を滅ぼそうと黒い甲冑に身を包み、世界中から集めた屈強な兵達と進軍を開始した。

 

 黒い甲冑に身を包んだサラスティア姫君。転生者達は皆、その姿を見て


『ダークサイドに落ちたのか!』


 と口を揃えて言っていた。

 正直ダークサイドとかよく分からないが、転生者達だけに伝わる言葉なのだろう。


「神父様……私はこれからどうすれば……」


 サラスティア姫君はひどく落ち込んでいる。

 それはそうか。世界を滅ぼし掛けたのだから。しかし幸いな事に、サラスティア姫君には頼もしい仲間が居た。仲間とは決して、共に戦う者だけを指す言葉ではない。時に間違った道へ歩もうとしているのを、力ずくで引き戻してくれる存在も、仲間というのだろう。


「サラスティア姫君、人とは過ちを犯す生き物です。確かに取り返しのつかない過ちを犯してしまえば、もはや罪を償う事すら出来ないでしょう。しかし幸い、貴方にはその猶予がある」


「で、でも私……世界を滅ぼそうとして……世界中から指名手犯食らって、母国にも迷惑を……」


「ま、まあ、それも貴方の仲間がなんとかしてくれたじゃないですか」


 サラスティア姫君の尻拭いをしたのは、鼓動する心臓は美しい(ブレイングハート)の面々、そして世界中にちらばる転生者達だった。今は転生者達はそれぞれの国で名を売っており、中には国の重要な機関に属する者も多数居るという。彼らはとりあえずと、サラスティア姫君は暗黒の力に操られた云々の言い訳で誤魔化してくれたという。


 そしてサラスティア姫君が母国の裁判で、王家から追放で済んだのも、とある転生者の力のおかげだった。何を隠そう……あのブレイングハートのリーダーである女性の力だという。一体何をどうやったのかは知らないが、サラスティア姫君は処刑されてもおかしくはない事をしたのだ。まあ、処刑しようとしても簡単には殺せないだろうが。


 しかしそれでも、世界中全てを誤魔化しきれるわけでは無かった。サラスティア姫君は現在、世界中でお尋ね者になっている。冒険者達の間でも、高額懸賞金をかけられているという。噂では、冒険者の中でも最上級のランク、金龍炎等級の者も動いているという話だ。


「……神父様、私のこの罪は……どうすれば払拭……いえ、償いきれるとは考えてません。しかし少しでも、私は償いたいのです、教えてください、神父様、私はどうしたら……」


「厳しい事を言うようですが……それは、自分で見つける他に無いでしょうな」


 というか、んな事聞かれても困るんだが。

 世界を滅ぼし掛けた代償……どうやって償えというのだ、想像もつかん。姫君にこう言っといて何だが。


「っく……神父様の言う通りです。私は自らの手で、贖罪の道を歩まねばならぬようです」


 おぉ、なんか納得してくれた。ヨカッタヨカッタ……


「では手始めに、神父様の犬となり働かせて頂きます!」


「ちょっと冷静に……」


 あぁ、薄い壁で仕切られた向こう側で、サラスティア姫君が希望の眼差しを向けてくるのが分かる。たった今、自分で贖罪の道を歩む言うたやん、何故に早速私の胃に穴が開くような事を言い出すのだ。


 この姫君は……何をどう足掻こうが私の手に余る。

 しかしだからと言って、放り出す事も出来ない。彼女はまだ十八歳なのだ。いくら成人し、大人と認められる年齢とはいえ、若い事に変わりはない。年長者として道を示してやりたいのは山々だが……。


 その時、何やら教会内に急いで駆け込む足音が。


「神父様! 神父様大変です!」


 この声は……リュネか。ダーククロコダイルという獰猛な生き物を駆使し、この港町を守護しているシスターだ。


 焦っているリュネの声に驚き、私とサラスティア姫君は共に懺悔室から出る。


「どうしました? リュネ。そんなに息を切らして……」


「た、大変なんです! その……」


 チラ……とサラスティア姫君に目配せするリュネ。もしや……サラスティア姫君関連か?


「サラスティア姫君、申し訳ありませんが、席を外して……」


「いえ、神父様。私に関係があるのであれば、私の責任です。それと……私に“姫君”はもう不要です、神父様」


 そうか、そりゃそうだよな、もう姫君じゃないんだから……。


 そのまま、私はリュネに用件をこの場で話すように目配せする。リュネは躊躇いがちに


「じ、実は……今、港町に大勢の冒険者達が集ってきて……」


「……! ま、まさか」


 そうか、サラスティア姫君、いや、サラスティアの首を狙って……!

 どこからか情報が漏れたのか。


「はい、そのまさかです。冒険者達はなんと……神父様の下僕にしてほしいと集ってきたのです!」


 ……あ?


「……あの、リュネ? どういう事ですか?」


「はい、簡単に説明しますと……どうやら神父様は、サラスティア姫君……いえ、サラスティアを従える程の力を持つ……まさに神に等しき存在だと認知されているようです」


 何故そんな事に?!

 

「どうやら彼らは、神父様のおかげでサラスティアが途方もない力を身に着けたのでは……と考えているようです。神父様の元で修行を積めば強くなれると思い込んでいる者も……」


 いつから私がそんな意味の分からない存在に……。

 

「今、そんな冒険者が港町の入り口に……ざっと五十名程……。ダーククロコダイルで足止めはしてますが、如何しましょうか。人の肉の味を覚えさせるのはちょっとアレですが……神父様の命令ならば……」


「いやいやいやいや! 何をするつもりで?! 彼らに危害を加えてはなりません! 分かりました、私が赴き説得しましょう、私にそんな力は無いと分かってもらえれば……」


 と、その時……何やら、まさに港町の入り口の方から叫び声が……。


 ま、まさか、ダーククロコダイルが我慢しきれずに冒険者達を襲っているのでは?!


「い、今の叫び声は?!」


 私とリュネ、そしてサラスティアは急ぎ叫び声がする方へ駆けだした。


 そこで私達が見た物は……まさに地獄絵図……だった。




 ※




「こ、これは……一体……」


 港町の正門前、普段そこは静かな海風が吹く、ただの草原が広がっている筈だった。

 だが今、そこには一匹の巨大柴犬が、冒険者達に自らの体毛を擦り付けてる、まさに地獄絵図。


 そしてその様子を微笑ましい目で見つめている少女が一人。巨大柴犬の飼い主、キズナだ。


「キ、キズナ? この有様は一体……」


「ぁ、神父様、おはようございます。いえ、なんか朝から賑やかだったので……漁に出る前にあの子のブラッシングをしようと思いまして」


 ふむ、よく分からん。

 というかアレはブラッシングなのか? 毛を擦りつけられた冒険者達は、もはや毛玉になりつつある。


「キズナ……とりあえず、柴犬を引かせてくれますか?」


「わかりました、神父様」


 キズナを闇を展開し、柴犬に「ハウスっ」と呼びかける。すると柴犬は嬉しそうにキズナの闇の中へ。

 もう随分懐いてるな。グランドレアのショッピングモールでテイムした柴犬……。


「では神父様、私は漁に行ってきます!」


「あ、あぁ、行ってらっしゃい……気を付けて……」


 はい! と元気よく去っていくキズナ。まさに嵐のような子だ。

 しかし……どうしよう、この毛玉達。あの巨大柴犬、もしや換羽期か? 


「……神父様、私に提案があります」


 その時、サラスティアが挙手をしつつそう言ってくる。

 提案……とは?


「幸い、手配書に載っている私の似顔絵は王族に居た頃のブルジョワな私です。でも今は質素な港町の娘……どこからどう見ても、私がサラスティアだとはバレないと思うのです」


 いや、バレるだろ。こう言っては何だが、サラスティア程の美貌の持ち主をどう間違えろと……。いくら質素な服に袖を通し、髪型をおさげにしようが……その白い肌から溢れ出す美貌は誤魔化せない。そもそも顔はそのままサラスティアだし……


「そこで、私が神父様の一番弟子として彼らと決闘するのです。もちろん手加減はします。それで、私に勝てたら神父様の弟子として認めると。どうですか? これなら神父様も安心でしょう」


 安心……まあ、確かに安心だ。この姫君に勝てる輩など、この世界に居る筈が無い。

 しかし……なんだ、この滅茶苦茶な罪悪感は……。冒険者達がめっちゃ可哀想に思えてくる……。


 すると約五十体程の毛玉……いや、冒険者達が動き出した。

 もそもそと動きながら、必死に体中に着いた毛玉を取ろうとしている。しかし簡単には取れない。静電気もあいまって、体にまとわりついてくるのだ。


「神父様、彼女にお願いして毛玉を洗い流してもらいましょう」


 その時、サラスティアは大声で「アイリー!」と叫んだ。すると海の中から巨大な蛇……いや、リヴァイアサンが姿を現した!


 っていうかこのリヴァイアサン……アイリって言うのか。第一話からこの港町に住まう古株だが、初めて知った。


「アイリ! ちょっと、この毛玉洗い流してくれ!」


『はーい! わかりましたぁー!』


 ん? あれ? 今のサラスティアの言い方だと……なんだか嫌な予感が……。


『いきますよぉー! 必殺! 海の藻屑になれゴルァー!』


 突如として暗転する空。その瞬間、海から巨大な水柱が数本立ち、そのまま冒険者達に向かって襲い掛かる! 


「ぐあぁぁぁー!」

「ぎゃあああ!」

「げえええええ!」


 結果……見事に洗い流された。冒険者達ごと。

 海に流されたわけではないが、大半は見事に何処か遠くに……。


「こらアイリ! 毛玉を洗い流せって言ったんだ!」


『はい? だから洗い流しましたよ。海に流すとゴミになりそうだったんで、どっか遠くに吹き飛ばしましたけど』


 あぁ、確かに毛玉……冒険者達は、一見ただの毛玉にしか見えなかった。


 そのまま何事も無かったかのようにリヴァイアサンは海へと戻っていく。どうやらこれから漁へ出るようだ。海の神が漁をする港町……。今更だが、とんでもないな、ここ。


「も、申し訳ありません、神父様、予定と少し違いましたが……」


「ま、まあ……屈強な冒険者なら問題ない? でしょう。おや、しかし一人残ってますよ」


 ボツン、とフルアーマーの鎧を着こんだ冒険者が倒れていた。毛玉は見事に洗い流され、金属製の鎧は鏡のように綺麗になっている。


「なんと……アイリの技を受けて吹き飛ばないなんて……かなり出来る冒険者です、神父様」


 いや、私にはただの偶然にしか見えないが……微動だにしないし。

 とりあえず助けた方が……。


 そのまま私達は、その冒険者を港町の中へと運び込んだ。

 港町で唯一の医者の元へと担ぎこみ、鎧を脱がせると……。なんと鎧の中の人物は……可憐な女性だった。




 ※




 気絶した冒険者を医者の元で手当てをし……と言っても、目を覚ましガタガタ震える女性を風呂の中へと放り込み、暖かい食事を食べさせただけだが。やはり相当に鍛えこまれた冒険者らしい。何処にも怪我など負っていなかった。海の神の技を受けておいて……。サラスティアの言う通り、相当に腕の立つ冒険者かもしれない。


 時刻は既に真夜中。近くの酒場からは漁師達の豪快な笑い声が聞こえてくる。

 

「うぅ……ありがとうございます、神父様……おかげで助かりました……まさかリヴァイアサンが出てくるなんて……」


「い、いえ、ご無事でなによりです」


 現在、女性は毛布に包まりながら、マグカップに注がれたホットミルクをちびちびと飲んでいる。

 私の傍らにはサラスティアが。その腰には、武器屋の倉庫で埃まみれになっていた長剣が。どうやら本当に私の弟子として振舞うつもりらしい。


「神父様……遅れましたが、私の名はヒールカルデ・タニアと申します。友人からはタニアと呼ばれています。どうぞお見知りおきを……」


「そうですか、カルデ……。貴方は冒険者ですか?」


「その通りです、ギルドでの私の階級は蒼龍炎等級です」


 なんと。蒼龍炎等級といえば、十四ある階級の中で上から五番目だ。そこまでに到達するには、相当に長い年月の研鑽が必要だ。だが女性はまだ二十代半ば程に見える。余程の才能、そしてこれまで血のにじむような努力を重ねてきたのだろう。よく見れば、女性の手はボロボロだ。


「それで……カルデ、貴方程の方が、この港町にどのようなご用向きで?」


「それは……」


 チラ……とカルデはサラスティアを横目で。しかしすぐに目を逸らす。そして何やら震え出した。


「ギルドからの依頼で……サラスティア元姫君の捜索を……ですね、してまして……ですね、はい」


 あからさまに焦りだすカルデ。あぁ、もうバレてるじゃないか。そりゃそうだ、分かってた事だ。


「カルデ、こんな事をお願いするのは差し出がましいと思います。私が言えた事でもないですが、どうか……ここで見た事は……」


「は、はい、勿論……」


 コクコク頷くカルデ。するとサラスティア姫君は……何処か不満げだ。


「神父様……ここは私の弟子と勝負して、勝ったら好きにしろーとか言う場面では?」


 いや、目の前のカルデを見ろ、マジでビビってるじゃないか。

 それは勘弁してあげて……。


「……神父様」


 その時、カルデはまっすぐに私を見てくる。

 凛とした顔付き。まっすぐな瞳。


 ……はて、どこかで……


「今回、ギルドの依頼で……というのは勿論なのですが、それとは別に神父様に……聞いて頂きたい事があるのです。なんでも神父様は……懺悔室で真の力を発揮されるとか……」


 どんな尾ひれが付けばそんな事になるんだ。

 真の力ってなんだ。


「あぁ、懺悔室へ御用の方でしたか。では今日はもう遅いので……明日にでも……」


「いえ……出来れば今、お願いしたいのですが……」


 私は「分かりました」と立ち、そのままカルデと共に教会へと。

 サラスティアは置いて来た。なにやらカルデが怯えているから。まあ、怯えるのも当然……


 教会へと向かう道。

 夜の海が丸い月を映し出し、それを横目で眺めながら歩く。


 すると後方について歩くカルデから声がかかる。


「神父様……」


「はい、なんでしょうか」


「……まだ、記憶は戻りませんか?」


「……はい?」


「……神父様……いえ、校長先生……」





 

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