第三十八話 命のクリスタル
「それで、どうする?」
「どうするって・・・。紫の結晶石の扉を開けるに決まっているさ!」
クルーガに質問されたシルバーは、ソフィアの顔を見ます。
「紫の結晶石は、私が持っているわ!パパからもらった結晶石・・・」
ソフィアは袋から紫の結晶石を取り出して、みんなに見せました。
「ちょ、ちょっと!ソフィアちゃん!あなたも見たでしょ!?
バジルの奴、毛虫にされちゃったのよ!!」
コノハが慌ててソフィアを止めます。
「そうだよ!危険すぎるよ!!」
しょうちゃん帽を被ったチョボも、コノハの意見に賛成のようです。
「これは、ひょっとすると・・・。エルサラーム宮殿を復活させるためのエサだったかも知れませんな・・・」
「本当は命のクリスタルなんて無かったんじゃ・・・。命のクリスタルをエサに、どん欲な魚を釣り上げようとした罠だったのでは?」
「そしてエサにかかった二匹の魚によって、エルサラーム宮殿は復活した・・・」
ミスター・プーも、セイバーも慎重に行動するよう促します。
「ねえ!ここの扉を開けるのはあきらめ、どこか脱出できる所を探しましょうよ!!」
コノハはソフィアに提案しました。
だけどソフィアは頭を縦には振りませんでした。
「ダメよ、コノハさん。もう時間がないわ!!
わたし、パパからもらったこの結晶石を信じてみる・・・」
「もう、この宮殿で捜索していないのは、この扉だけだ。
きっと父ちゃん達は、この扉の向こうにいる!!」
一人で扉に向かったソフィアを、シルバーは呼び止めました。
「ソフィア!一緒に結晶石を・・・」
「うん・・・」
シルバーとソフィアは、二人で紫の結晶石を扉にはめ込みました・・・。
女神の顔が怪しく光輝き始めます・・・。
ですが、優しい美しい顔は変わる事はありませんでした。
ガシャ!
扉が開き、ソフィアとシルバー、そしてフレディアは部屋の中へ駆け込みました。
「父ちゃん!!」
「パパ!!」
そこには、バジルによって捕らわれた人々が閉じ込められていました。
「パパ、無事だったのね!!」
ソフィアは父親に抱きつきました。
「ソフィア!!助けに来てくれたんだね!!」
「パパ・・・。ママが・・・・。ママが・・・・」
「知っているよ、ママの事は・・・・。お前には辛い思いをさせてしまったね。
ソフィア、パパを許しておくれ・・・」
母が亡くなった事を伝えようとしたソフィアへ、クランツはそう言いました。
「え!? 知っているって・・・。パパは・・・」
「私はダメな父親だ・・・。お前を独りぼっちにさせてしまうなんて・・・」
「パパ・・・」
「父ちゃん!やっぱり無事だったんだね!!」
シルバーとフレディアは、クレストの所へ駆け寄ります。
「シルバー!!しばらく見ないうちに、ずいぶん逞しくなったじゃないか!!」
シルバーの成長した姿を見て、クレストは嬉しそうに目を細めました。
「心配したよ父ちゃん!!母ちゃんも心配してブランデールまで来ているんだぜ!!
さぁ、早く帰ってみんなを安心させてやらなくちゃ!!」
「シルバー・・・。お前の立派に成長した姿を見て、父さんは安心したよ・・・」
「お父ちゃん?」
初めてクレストを見たフレディアは、何故か少し不思議そうな顔をしています。
「やぁ、フレディア・・・。今回は色々ありがとう。これからもシルバーと、母さんを頼んだよ・・・」
「え? と、父ちゃん・・・。なんでフレディアの名前を知っているんだ?」
「は、は、は・・・。自分の娘の名前を知らない親はいないよ」
シルバー達が話している所へ、クルーガ達も集まって来ました。
「クレストさん!よくぞご無事で・・・」
「やぁ、クルーガじゃないか!!久しぶりだな、元気にしていたかい?
今回は、私の息子が色々お世話になったようだね。ありがとうクルーガ」
「お頭、助けに来てくれたんですね!?」
「おう!!おめえも無事だったか!!」
クルーガとクレストが話している所へ、他の捕らわれた仲間たちも集まって来ました。
しかしゆっくり話をしている時間はありません。もし三つの塔に聖なる石が置かれたら、この宮殿は砂漠の下へ沈んでしまうのです。
「シルバー!早く命のクリスタルを封印して、ここからずらかるぜ!!」
フォークがシルバーを急かしました。
「よし!命のクリスタルを封印するぞ!!」
シルバーはパンドラの箱を取り出し、部屋の祭壇に祭られていた命のクリスタルを封印しました。
「さぁ、父ちゃん!早くここから脱出しよう!!」
「と、父ちゃん・・・・」
この時、シルバーはクレストの身体の異変に気付きました。
何故ならクレストやクランツたちの姿がどんどん薄くなり、消え去ろうとしていたのです。
「シルバー。私たちの事はかまわず、早く行きなさい!」
「と、父ちゃん・・・。ま、まさか父ちゃんは・・・」
「シルバー。母さんを頼んだぞ!!」
クレストはシルバーに早く宮殿から脱出するよう促します。
「パパ! パパの身体が!!」
薄く消えかかるクランツの姿を見たソフィアは、震える声で叫んでいます。
「さぁソフィア、早くここから逃げ出すんだ!早くしないと宮殿が崩れ落ちる・・・」
「そ、そんな・・・。そんな、パパは・・・」
「ソフィア、私たちの分まで幸せになっておくれ・・・」
「いや!パパと一緒でないと!わたし・・・・また独りぼっちになってしまう!」
「くっ!!な、なんてこったい!! ここにいる皆は、もう・・・・」
「くそー!! こんなのありかよ!!」
この様子を見たクルーガとフォークは、悔しさのあまり声も出ません。
「命のクリスタルを封印すれば、自分の父親が死んでしまうなんて・・・。
あ、あんまりだわ・・・」
「ちくしょう!いったいどうすればいいんだ・・・」
コノハとセイバーもやるせない気持ちでいっぱいになり、どうして良いのか判断がつきません。
「ダメだ!オレには父ちゃん達を見殺しにすることはできない!」
シルバーはパンドラの箱を開け、命のクリスタルを取り出しました。
その時です、シルバーの手から命のクリスタルが一瞬にして消えてしまったのは。
「なに!?」
驚くシルバーの後から、何者かの低い声が響いてきました。
「おぉ!つ、ついに手に入れたぞ・・・・・」
「ガウス!!!」
その声の主は賢者ガウスでした。
ガウスは最後の力を振り絞り、魔法の力で解放された命のクリスタルを奪い取ったのでした。
「つ、ついに手に入れたぞ・・・。究極の秘宝、命のクリスタルを・・・・」
「おぉ・・・。見よ!傷口が見る見るうちに治ってゆく・・・・。
はっ、はっ、はっ・・・。ついに手に入れたぞ!不老不死の力を!!」
「て、てめえは・・・」
予想外の出来事に、クルーガは慌てて身を構えます。
「ガウス!貴様、そのクリスタルを手に入れ、一体どうするつもりだ!!」
ランドル将軍が剣の束に手を掛けて叫んだ瞬間、その体を激しい雷が襲いました。
ガガーーン!!
「うっ!!」
「ふっ、ふっ、ふっ・・・。口の利き方に気をつけるんだな、ランドル・・・」
「おかしな真似をすると、今度は容赦なく殺す!
ワシはもう以前のガウスではない!!永遠の命を手に入れたのだ!!」
「そう!ワシはついに、偉大なる神の力を手に入れたのだ!!」
「わっ、はっ、はっ、はっ・・・・・」
「新しい神の誕生なるぞ!!さぁ、ワシの前にひざまずくがよい!!」
命のクリスタルを天にかざし、ガウスは大声で叫びました。
だけどそんな勝手な宣言を、天使であるフレディアが許す訳がありません。
「だめーーーーーっ!!」
「そんな事、絶対に許さない!! 天使のわたしが絶対に許さないから!!」
フレディアはキューピットの弓矢を構え、命のクリスタルに向かって放ちました!!
すると矢は見事に命のクリスタルに命中し、クリスタルは粉々に砕け散ってしまいました。
「うわーーーっ!!ワ、ワシのクリスタルがーーーー!!!!」
賢者ガウスは絶叫します。
「うわっ!命のクリスタルが砕け散った!!」
シルバーの驚きの声とともに、砕かれた命のクリスタルは、まるでダイヤモンドダストのようにキラキラと部屋中に散らばり、そして命を奪われた人たちの身体へ吸収されて行きました。
「クリスタルのカケラが・・・。パパたちの身体に吸い込まれて行く・・・」
ソフィアも驚きの声を上げています。
その時です、大きな揺れが宮殿を襲いました。
ゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・。
「大変だ!!宮殿が崩れるぞ!!」
クルーガが叫びました。
「行こうシルバー!!宮殿の外に脱出するんだ!!」
クレストがシルバーとフレディアの手を取って、走り出しました。
「パパ!!」
「行こう!ソフィア!!」
クランツもまた、ソフィアの手を取って走り出します。
命のクリスタルを失った宮殿は、もうその姿を維持する事が出来なくなっていたのです。
その場で狂ったように笑うガウスを残し、全員が崩れ落ちる宮殿を外へ向かって走り出しました。
命のクリスタルを失ったエルサラーム宮殿は、再び訪れた激しい砂嵐とともに、地上からその姿を消し去りました・・・。




