第三十二話 エルメスの洞窟
氷で出来た広い空間の最奥、両脇を美しい女神の像が守る扉にエルメスのカギを差し込みます。
ギギギギ・・・・ガシャーーーン!!
静寂な空間を大きな音がこだまし、ゆっくりと扉が開きました。
中を覗くと、氷で出来た部屋の床の上に無数の氷柱が迷路のように立ち並び、その一番奥には立派な祭壇が設えられています。
その祭壇には二つの美しい宝箱が置かれているのですが、問題はそこへ至るまでの間に、奇妙な生き物がうじゃうじゃと浮遊している事でした。
宙に浮く大きなマリモのように見えるその生き物は、一つしかない大きな目玉をパチパチと瞬きさせ、身体の半分を占める大きな口をパクパクさせながら不規則に空中を彷徨っているのです。
「何に?あの気味の悪い生き物は・・・」
ソフィアの一言でシルバー達は戦闘態勢を取り、じわじわと部屋の中へ入って行きました。
けれども、その奇妙な生き物はシルバー達を襲う素振りは見せません。ただ不規則に空中をふわふわと彷徨っているだけです。
そのうちの一匹が、先頭のシルバーに向かって近づいて来ました。
身体に触れる寸前に、シルバーは剣を抜いてその生き物を薙ぎ払います。
ビ~~~~~ン!!
次の瞬間、気が付くとシルバーはエルメスの洞窟の入り口に突っ立っていました。
「えっ?これはいったいどういう事だ?!」
慌ててフォークたちがシルバーの元へ駆け寄って来ました。
「なに?もしかしてオレ、ここへ飛ばされたの?」
訳が分からないシルバーは、ソフィアたちに事情を聞きました。
「あの魔物に攻撃した瞬間、シルバーの身体が消えてここへ現れたの」
シルバーの問いに、ソフィアが驚きながら答えます。
どうやらあの生き物に触れると、洞窟の入り口まで飛ばされてしまうようです。
しかしただそれだけなら、慎重に進めば何とかなりそうですが、実はもう一種類厄介な魔物が潜んでいました。
同じように空中を浮遊する半透明のクラゲの魔物です。
ただしマリモのような生き物と違うところは、こいつは獰猛な吸血の魔物で、人を見つけると猛烈な速さで襲い掛かって来るのです。そして長い触手を相手の体に巻き付け、血を吸い取るとても厄介なヤツでした。
しかも匂いで人を判断するようで、遠くにいるクラゲも匂いを嗅ぎつけて集まってくるのでした。
しかしここまで来たからにはもう後ろへは引けません、覚悟を決めて突き進みます。
戦っては飛ばされ、飛ばされては戦いを繰り返し、時間は掛かりましたが、ようやくクラゲの魔物を全滅させ、何とか最奥の祭壇までたどり着きました。
そして宝箱を開くと、右の宝箱には光の冠が入っていました。
光の冠は使用する者の精神力を最大にまで引き上げ、マジックパワーの消費を半分にしてくれる魔法のアイテムです。
そして左の宝箱には、探し求めていたパンドラの箱が入っていました。
「やぁ!ついに手に入れたな、パンドラの箱」
フォークが嬉しそうにガッツポーズを取りました。
「やった~~っ!!これでエルサラームの宮殿を完全に封印することが出来るんだよね!!」
「パパや、宮殿に捕らわれた人達を救出できるのね!!」
フレディアとソフィアは手を取って喜んでいます。
「そうさ!!みんな本当にがんばったよな!!」
シルバーがそう言った時でした。
バチッ!!バチッ!!
ジ、ジ、ジ・・・・。
エルメスの洞窟の入り口に不気味な閃光が走り、二つのおぞましいシルエットが浮かび上がります。
「やっと見つけたぞ!」
「グフフ・・・・。今度は逃がさぬ!」
現れたのは、恐ろしい野獣の顔に大きな角を二本生やした大柄な魔物で、背中にはコウモリの様な黒い翼を生やしています。
そう、タルコスの遺跡でシルバー達を打ちのめした闇の扉の番人でした。
もう一体は不気味な笑い顔の仮面を被った恐ろしい魔物で、黒いローブを纏い、手には巨大なカマを持っています。
闇の扉の番人と同様、魔王の右腕の“死の道化師”と呼ばれる魔物でした。
今しがたまで大喜びしていたシルバー達に、戦慄が走ります。
「くそっ!このタイミングでこいつらかよ!!」
シルバーは吐き捨てる様に言いましたが、実はその反面、身体中に闘志がみなぎるのを感じていました。
タルコスの遺跡で手も足も出せずに敗北してしまった悔しさが、沸々と湧いてきたのです。
シルバーはペルセウスの剣をスラリと抜くと、闇の扉の番人に突きつけて言います。
「お前たち、以前のオレ達だと思ってナメてかかると痛い目に合うぜ!!」
シルバーは不敵な笑みを浮かべ、闇の扉の番人を睨みます。
「そうだぜ!あの時のお礼をしっかり返させてもらうぜ!!倍返しでな!!」
フォークはナイフをクルクルと器用に指先で回しながら、ニヤニヤと笑いながら答えています。
ピシッ!!
ソフィアは裁きのムチで地面をたたき、相手を挑発しています。
「あなた達、覚悟しなさい!わたしはもう本気で怒っているんだからね!!」
そしてフレディアは・・・。
「あわわわ・・・・間違えた!」
フレディアはそんな仲間たちを頼もしそうに見ていましたが、構えた弓矢がキューピットの弓矢なのに気づき、慌ててアルテミスの弓矢と取り換えています。
自分たちを見て恐れるどころか、闘志をむき出しにして戦闘態勢に入るシルバー達を見て、魔物たちの怒りは頂点に達しました。
「グフフフ・・・・。おのれの力量を知らぬ小童どもが!」
「いたぶりながらじわじわと殺してやろう!!」
そう言うなり、二体の魔物は同時に襲い掛かって来ました。
しかしシルバー達は、タルコスの遺跡で戦った時とはまるで次元の違う強さを身につけていました。
武器や防具などの装備品を見ても、あの時身につけていた量産品とは比べ物にならない、伝説の品々を身につけているのです。
*シルバー
武器 ペルセウスの剣
盾 ガイアの盾
鎧 銀嶺の鎧
兜 英知の兜
装飾品 タイタンの腕輪
*ソフィア
武器 裁きのムチ
盾
鎧 光のローブ
兜 光の冠
装飾品 アトラスの腕輪
*フォーク
武器 王家のナイフ
盾
鎧 正義のマント
兜 風のバンダナ
装飾品 流星のイヤリング
*フレディア
武器 アルテミスの弓矢
盾
鎧 天使のローブ
兜 天使のリング
装飾品 女神の腕輪
猛烈な勢いで襲い掛かって来た魔物たちですが、シルバーの一撃で闇の扉の番人の身体は真っ二つに斬られ、フレディアのアークの魔法で跡形もなく消し飛んでしまいました。
もう一体の魔物も同様です。
ソフィアのムチで体を裂かれ、フォークの一撃で急所を突かれた死の道化師は、巨大なカマを振るう事もなく葬られてしまったのです。
あまりにあっけない勝負にシルバー達も少し驚いているようですが、本番はこれからです。
シルバーは気を取りなおして皆に言いました。
「タルコスの遺跡では、全く歯が立たなかった闇の扉の番人も倒すことが出来た!!
後は、このパンドラの箱と聖なる石の力でエルサラーム宮殿を封印し、元の平和な世界を取り戻すだけだ!!」
「さぁ!ブランデールのお城へ戻ろうか!!」
シルバー達は意気揚々とエルメスの洞窟を後にし、ブランデールのお城へと帰って行きました。




