イケメン司令官のキスの意味
相変わらずナルさんは私とずっとべったりでもないが目に入るくらいの位置にいることが多い。いつの間にかいなくなっていていつの間にか部屋にいたりする。話しかけられたりせずにただそばにいてパソコンを叩いてたまにねこかんに指示を出しているくらい。それ以外にも作業をしていることもあるが私からしたら何をしているのかは見当もつかない。
何度かせがんだのだがあれからナルさんは素顔を見せてくれることはなかった。
ただしナルさんの距離感にも例外はある。それは私絵を描いているとき。特に色を塗っているときには近くでじっと見てくれていたり色を一緒に考えてくれたりしてそのセンスも私よりもかなりいいため毎回いい感じの絵が完成する。
今は海を描いている。彼はあまり外に出ないためか海などは知ってはいるが目できちんと見たことがないとのことだった。
「果奈」
あ、くる。
その声に振り替えると私の肩から絵を覗いていたナルさんが少しフードを上げて唇が見えるくらいにしてから目の前にいた。思わず目を閉じると、そのままふにゅっとした感触。
ここまで近づいても魔力の香りはしない。
角度を変えて、何度かキスを繰り返す。
彼の裾を握ってすがるようになってしまう。そうでもしないと夢心地になってしまって現実かわからなくなってしまうから。角度を変えるために顔を動かしているときに少しだけフードから覗く顔が美形すぎるのだ。もちろん鼻くらいしか見えないんだけれどそれだけでもその美しさが伝わってくる。
「この色は緑を入れたほうが綺麗なんとちゃう」
顔を離すと何でもなかったかのように話し始める。
ナルさんは私のことが好きなのだろうか。そう思ってしまうほどに日に日にキスの回数も深さも多くなっていく。もうすでに家の中では私たちが公認カップルのような扱いを受けていてナルさんが私と一緒にいても来也さんと河合くんは何も言わなくなっていた。
「じゃあここに緑を入れようかな」
こうして二人で絵を描いている時間がとても幸せだし彼からもらった絵の具もやはり物がいいようできれいな色を出すことが出来ている。
『ナルさん、ナルさんっ』
ふとパソコンからナルさんを呼ぶ声。
ねこかんに対してナルさんが声をかけることは多いが彼から呼んでいるところなんて初めて聞いたしいつも落ち着いているのに珍しく焦ったような声質だ。
ナルさんはパソコンをもって即座に立ち上がった。
「どうしたん」
『少し緑の国の動きがあやしくて』
そうして話しているところを聞いていると、私も異変に気が付いた。久しぶりに鼻にツンとした刺激を感じたのだ。
「なんだか外からすごいにおいがする」
「・・・拓斗を呼んで、来也が近くにいることを確認したら家の結界をもっと強く張るように指示。あとはこのインカムを付けて俺の指示を待て」
「わかった」
渡されたのは小さな黒い物体。これを耳につけるとナルさんや他の人との会話ができるというシロモノである。他の人は個人に渡されていて非常時用に携帯されるようにしていたのだが私だけ持たせてもらえなかったのだが一応くれたためうれしい。
自室の部屋をあけてすぐにある部屋に入る。
そして事態について伝えるとインカムを付けてから指示を受けているようだ。
河合くんが手のひらを上にして目を閉じると周囲がきらきらと光りだした。白い粒子が舞っていてとても美しい状態になっている。白に囲まれているため消えてしまいそうなくらいに光っている。きっと指示通りに家の結界の強化をしているのだろう。
集中している顔も可愛らしい。
『現状を報告するで』
ざざっという音の後にインカムからナルさんの声が聞こえる。カタカタといつも以上に速いタイピングをしていることから作業をしながらこうして話しているようだ。
『ねこかんが黄色の国に訪問しとるのがわかったみたいで緑の国のやつらがこっちにも攻めにきとるんや。それも結構大量に来とるからねこかんがおらん状況で家を守らなあかん。それとねこかんも攻められとるけれどこちらはわかるやろうけど戦力としては全く問題あらへん』
やはり魔力の香りが強いと思ったら他国の人たちがこちらに攻めているという状況だったのか。そういえばこの家にいるのは防御専門の河合くん、まだまだ未熟な私、守るべき総長、そして魔力を持っていないであろうナルさん。こんなのどうしようもないのでは。
でも河合くんだってかなり強い魔法使いだし防御するだけでもなく一応結界を使って攻撃をすることもできるようだからとりあえず安心なのかな。
『問題点があるんやけど、あくまで黄色の国は他国であって他国の戦争問題やろ。やから顔がばれとるねこかんがあまりにも緑の国に対して攻撃をしたとすれば総長の来也がバッシングを受けて他国に嫌われる可能性があるからそれはまずいねん』
なるほど、おそらく私たちは黄色の国への支援をしているのだがそれが度を超すと良くないという事だろうか。確かにこの国は東城家のトップである来也さんが総長なのだからそれが片方の国に肩入れするのは良くないという事だろう。
微妙なところだな。
『だから顔バレがしていなくてそこそこに戦えるやつを向かわせる必要があるねん』
「果奈ってことか」
「え、私!?」
確かにまだ幹部としての仕事なんて一つもしていないし他国が攻めに来たとしても河合くんの結界がかなり頑丈なようで特に問題がないらしいため顔バレなんてしていない。
『そうや、やから家の周りについては拓斗は結界で攻撃に集中してもらうことにするけど、予定よりも早いんやけど果奈に向かってもらう』
そういわれたとしても戸惑ってしまう。
まだまだ他国にいけないとたびたびいわれているのにこうして言われると私のことを考慮されていないように感じる。
「仕方ないな」
「でも果奈さんは実力不足だからもしものことが起こってもおかしくないと思うの。ナルさんは好きなんでしょ」
そう河合くんが言うと一拍置いた。
『好きも嫌いもなにもない。帰ってこれないならそれまでってことや』
私は、その言葉にちくりと胸を刺されたような感覚になった。
「じゃあ、とりあえず一時期だけ果奈さんの結界を解除するからそこから出てほしいの」
河合くんが眉をㇵの字にしてから手のひらを上にあげる。きっと河合くんの魔法をかけるときのルーティンのようなものなのだろう。
「本当に気を付けて帰ってきてほしいの。ねこかん君にも拾ってもらえるように言っておくから」
「うう~、ありがとう河合くん。絶対帰ってくるからね」
思いっきり抱きしめる。
「ど、どさくさに紛れてにおい嗅がないでほしいの、気持ち悪いよ」
ここまで近づけば魔力の香りもかなりするが本人の香りも感じることが出来る。汗ばんだ感じのにおいもイケメンのにおいと考えればいいにおいのように感じてくる。
ずっと一緒にいる来也さんは何も言わずにただ見守っている。
出身国がばれないように事前に渡されていたフードをかぶる。
「行ってきます」
私は、外に出た。
外に出てみると数十人の黄色の髪の男たちがいた。思っていたよりも人数が多いと感じたのは家の中に実力者が多くて一人につき二十人分以上の魔力の香りがするからなのだろう。感覚がおかしくなってしまっていた。皆思い思いに一点集中をして自分たちの魔法をぶつけているがびくともしない結界によって阻まれてしまっている。
この人数の魔法使いの攻撃を他の人と会話しながらでも防げるというのは本物の強者なのだろう。
未熟者の私は戻ってこれるのだろうか。
手に汗を握らせて、私は踏ん張る。そして、跳躍。
一気に家が遠くなっていく。家で過ごした日々によって私はかなり魔法が上達してここまでの長距離の跳躍などが可能になった。特に脚を使う行動がうまくなってキックなどは硬いものでも砕けるくらいの実力になったが、一度も河合くんの結界を破ることはできなかった。
何度も何度も跳躍を繰り返していくと、やがて高い壁が見えてきた。これは他国との国境となる壁である。この壁は昔に大魔法使いが創ったものでだれも破ることはできないとされているが魔法を使えば乗り越えることは簡単な高さになっていることからきっとこうして戦争を起こすことが前提の作りになっているのだろうと習ってきた。
胸糞の悪い話だ。
一気に壁を乗り越えていく。そして、着地。
「わ、わわ!?」
いやらしいことに壁を越えたそこは木が大量に植えられていた。下は完全にへらべったい地面だと勝手に思っていたため驚いたが、魔力を使って木のてっぺんに無事着地をした。そして木と木を順番に歩いて行ってから何もない平地に着地。結構枝などが長い木だからもしもそのまま落ちでもしたら重症は免れない事態になっていただろう。
ゆっくりと歩いていくと街があった。思わずフードを深くかぶりなおすがこの動作がナルさんにそっくりだということに気が付いて笑みがこぼれそうになるがそういえば私はナルさんに死んでもどうでもいいという風なことを言われてきたのだと思い出す。
落胆しそうな気持ちを落ち着かせてゆっくりと歩く。急ぎたいところではあるが魔法を使って目立つのはいいことではないだろう。
「さあ、みんな寄っていってね。おいしいよ」
当たり前なのだが私が今まで見てきた白色の世界とは違っていて、黄色くまばゆい感じの場所で全体的に活気がいいように見える。
「戦争が起きているらしいぞ」
「しかも劣勢だって」
戦争が起こっているといっても一部分だけで行われていると考えられているのか意外と村の人などは掲示板にたくさん群がっていて情報を手に入れようとはしているもののパニックは起こしていないようだ。しかし黄色の国が危ないという状況なのにのんきな感じだな。国民性の問題なのだろうか。
というよりもみんな穏やかで大丈夫だと信じているようにも見える。
「あの総長がいるんだから大丈夫だよ」
そういう声がたくさん聞こえてくる。
なるほど、信頼があるからこその穏やかさなのだ。対照的に私たち白の国は総長の存在があまり意識されておらず東城家の長男が務めているということしか知らない。それは総長が公に外に出るという行為を今まで全くしたことがなかったことによる。しかし代わりに戦闘幹部であるねこかんが世界最強であることから名をはせており国民の心の拠り所となっているがそのあまりの強さから恐れられているという状況になっているため結果的には国民からマイナスのイメージが強いのかもしれない。
そう考えるとこの黄色の国はとても国民からの信頼が厚いのだと感じる。
『果奈。またしても緊急事態や、今緑の国のやつらが一般人に対して攻撃しに向かっとる。今果奈がいる村や』
「え・・・?」
ツンとした刺激臭を感じたかと思って振り向けば、そこには百人はいるであろう隠そうともしていない髪や瞳が緑色の軍団がそこにはいた。
この人数で気付かなかったくらいだから決して強いメンバーではないのであろうけれど、数が数だ。
「黄色の国ども、お前らを緑色に染めてやるよ!」
その男たちは、一気に手に持っていた緑色のペンキをバケツごと黄色のまちに塗りつけた。
美しく敷かれていたタイルも乱雑に染められたことによって汚くなってしまう。
その言葉を聞いて、黄色の国の人々が一気にざわめき立つ。今まで穏やかに商売をしていたおっちゃんも仲良く姉妹で手をつないでいた子たちも恐怖を顔に張り付けながら足をもつれされるくらいに動揺しながら逃げていく。人がこけてしまっても気にしていられないという雰囲気でそのまま逃げていくのかと思いきや、そのこけている人をわざわざ人の進行を止めてその人を助ける姿もあった。
どうしてこんなに優しいひとたちが国の戦争に巻き込まれなければならないのか。
国が違うからといって人それぞれに敵対心があるわけでもない。
なるほど、こいつらは魔法を使って攻めに来たわけではなくこうして物理的に色を染めることによって一般人を痛めつけようとしているため魔力が家に来た人たちよりもかなり少ないというわけか。しかし実害がないとはいえない。普通の人にとって色を染められるというのは精神的負担がかなり大きいことであるためあってはならない。それに魔力がないわけでもないうえに暴行を加える恐れもある。
私は、逃げていく人たちの流れを逆走していく。
「あ?なんだ女か。確かねこかんってやつは男だったよな。あいつじゃねぇなら大丈夫だ」
「はは、お前も染められたいのか?」
私は無視して進んでいく。
その中でも黄色の国の人たちは「危ないから下がっていたほうがいい」と忠告してくれている。自分たちが逃げるのが先決のはずなのに。
ごめんね、私は敵国出身なの。
でも今は味方。
一人一人の魔力は私のほうが圧倒的に上。でもどうしても数が多すぎて勝てそうにもない。しかし。
「私が相手してあげる」
悪いけれど、私は生きて帰らなくちゃいけないの。
ナルさんに認めてもらって、イケメンとの同居生活のために。