イケメン司令官はキス魔でした
足に力が入らずに座り込んでしまう。
ここまで強い力をもっている存在と一緒に戦っていかなければならないという絶望ではなく圧倒的な魔力に呆然としたということが大幅に占めている。だって、ちょっと有名な魔法使いであっても雨を一部分に降らせて田畑の凶作を救ったという言い伝えがあるくらいなのに国を超えて降らせているというのはあまりにも強すぎる。
「あいつの足を引っ張らん程度に頑張ってや」
「ナルさん・・・」
「まあ、無理やろうけど」
鼻で笑われた。
あれ以降私は訓練をして強くなったと確信していたのに魔法使いとしての圧倒的な差をつけられたことによりショックを受けてしまった。それに加えてこのナルさんの追いつけないだろうとみじんも期待をしていない表情。
他国に行くことはとても恐ろしいことではあるが隠れて潜入さえすればばれない限り危険性はないし、どうやら話した感じではねこかんは思っていたよりもいい人のような気がするから置いていくような真似もしないであろうため目標自体は大丈夫であろう。しかしこれからの話を考えるとねこかんと一緒に働いていくということに不安を感じる。
それにもしイケメンじゃなかったら、正統派イケメンの来也さん、かわいい系高身長イケメンの河合くん、性悪超絶イケメンのナルさん。一緒に住んでいる人たちがもれなくイケメンであるという状況であるのに一人だけ違うなんて同じ感じで話して行けるとは思えない。
「それであんたはなんで部屋に来たねん」
ああ、そうだった。
私は恐る恐るポケットの中に入れていた紙を出した。人の作品だから丁寧に四つ折りにしていたがそれを広げていくうちに緊張が襲ってくる。今は機嫌が悪くはなさそうだがこれを見せたとして嫌がられてしまってもう入れたくないという状態になったとしたらどうすればいいのかわからない。認められない限り幹部ではあったとしても使ってもらえない限り意味はないのだから仕方がない。
「これを河合くんが見せてみなよって言われたから持ってきたの」
「なんやねんこれ」
私は色が塗られたウサギやひよこが書かれている紙を広げた。
可愛らしい絵であるが、色が混ぜられているためかなり人を選ぶというよりもいやだと感じるほうが正常とさえいえるほど良くない作品になっている。
一瞬ナルさんが固まった。
「これはあんたが描いたんか」
「え、うん」
「・・・そうなんやな」
思っていたよりも、ずっと優しい声。
泣きそうなくらいに切なくて優しい、か細くて抱きしめたくなる。どうしてそんな、声を出すのだろうかと様子をうかがってもどんな表情をしているかは知ることができない。
私から紙を受け取ってからナルさんはじっと見つめている。
「色とかあんまり気にせんの?」
「他の国に対して全く何の感情も抱かないわけでもないけれど、私にとって色を混ぜたとしてもきれいな色だなと思うだけなの。来也さんにとっては理解できないみたいで幹部としての自覚をもてって言われるんだろうけれど」
「来也は来也なりにいろいろ抱えとるからな。意地悪をゆうとるわけやないねん、抱えとるもんが多すぎてきつい言い方をせんと守りきれへんねん。不器用なやつやから」
そういってナルさんは座り込んだ。
いつもよりも小さく見えるその体に私はすり寄ってしまいたくなり、後ろから抱きしめてしまった。
急に触れてしまったことだからすぐに振り払われると思っていたが、彼はそっと自分の肩に回されている私の手を優しく握った。
不器用なのはどちらのほうなのだろうか。
「この色ってどうやって調達したん」
「絵の具を裏ルートで調達して購入したの」
「あほか、それ犯罪やろ」
決して怒るのではなく、笑い飛ばしてくれた。
絵の具の裏ルートなんて逮捕されてもおかしくないことをしているのにどうしてこんなに寛容でいてくれているのだろうか。
そういってから思いついたようにナルさんは頑丈にしまってあった宝箱のような小さな箱を取り出した。それから、彼のポケットに入っていた小さな鍵束の中から一つを選んで差し込む。するとかちゃりと音がして開いた。
そして、ゆっくりと開いて見せてくれた。
「わあ、きれい!」
その中に入っていたのは、絵の具セットだった。それも私が独自で入手したものよりもはるかにいいものだと分かるくらいのもので、そのうえ量がとても多く単色だけでなく色が混ざっているようなものもあってとても高価なものであろう。
どれもきらきらしたものに見える。
思わずふにゃっとした顔になってしまったのだが、なんだか視線を感じると思っていると思いっきり見られていた。相手の表情が分からないだけに恥ずかしい。
「どうしてこんなの」
「何も聞かんでええから、受け取り。あげるわ」
「でも・・・んぐっ!?」
甘いにおいと、唇に柔らかい感触。
そして、先ほど一瞬だけ見ることが出来た超絶イケメンの顔が目の前にあった。
その美しさで人を魅了してしまうくらいの色気とフェロモンを出しながらもどこかはかないような雰囲気をまとっている彼は、目をつぶっていてもその美貌を隠しきるどころかその造形の美しさを見せびらかしているようにすら感じる。
っていけない、きれいな顔に魅了されていたがこの柔らかい唇の感触はなんだろうか。
ふにふにしていて、柔らかくて・・・すると、その感触が離れたかと思えばフードを深くかぶりなおしているナルさんがいた。
ちゅ、ちゅーされた?
まさか、まさかね、こんな超絶イケメンから脈絡もなくキスされるなんてありえない。
「はは、アホ面やな」
「え、え、え?なんで」
するとナルさんはまたフードを少しだけ挙げてから口だけ出して、ちゅっとリップ音をして唇にまたあの柔らかい感触。
それからなんどもキスを繰り返してする。
どうしてキスをしてくるのかわけがわからずぼうっとしている。
「気に入ったわ、あんた」
私のリップが唇に少しついた薄い唇がキラキラと光っていて、つやめいているのが思わずそちらに視点が向かってしまう。
「じ、じゃあ、私の課題は・・・」
「それとこれとは話が別や。精一杯頑張って課題をやってな」
司令官の考えていることがわかりません。
しかし、こうして近くでナルさんと話して分かったことが一つある。うすうす感じてはいたが、今回確信した。
彼には、魔力が存在しない。
読んでくださってありがとうございます。
キス魔って言葉がいいですよねわかります。