第5話 張り詰めた空気
「コジロー、無事でよかったー」
俺が帰ってくるなり建物から飛び出してくること美。
自分の立場わかってんのか?誰に見られてるかも知れんのに。
コジローも数日ぶりに会う主人に歓喜の舞だ。
「とにかく中に入って。ドッグフードも買ってきたから」
二人をママの店へ押し込む。
ここまで実に邪魔者に遭遇していない。逆に怖いわ。タイミングを測れれているのか、それとも・・・。
教授のデータは俺が持っているし、下手に手出しができないだけならいいんだが。
「ありがとうございます、くわとろさん。コジローも助けていただいて」
コジローを抱き抱えたこと美が近寄ってくる。
「それくらいどうってことないよ。でも、番犬としてはまるでダメだな。俺が連れて行こうとしても抵抗しやしない」
「はい、うちに来た時からすごくおとなしくて。人に吠えたことがほとんどないんです」
コジローの頭を撫でながらこと美が話す。
「一年のほとんどを研究室で過ごす父が買ってくれたんです。私が寂しくないようにと。周りには父の娘だとは話さず暮らしてました。それがわかってしまうと人が寄ってくるからと」
「教授らしいな。君も心細かっただろうが、今はここにいるみんなが君の味方だ。そこは安心してくれ」
こと美の頭をポンと軽く撫でる。
「あの、くわとろさん」
こと美が少しモジモジしている。
「なんだい?どうかした?」
「くわとろさんのことをくわさまって呼んでいいですか?
お知り合いの方にはそう呼ばれているってエビ太さんから聞きました」
「好きに呼んだらいいよ。どんな呼ばれ方でも俺は俺だし」
「はい!じゃあくわさまで」
「さてとそろそろ準備すっか」
必要になるであろう道具をリュックに仕舞い込む。
もう直ぐ昼になる時間だ。その途中でエビ太が帰ってきた。
「社長、事務所行ってきましたよ。もうめちゃくちゃです。そもそも重要なものは探せるところにはおいてないのでどうってことないですけどね。けど、誰もいなかったのが気になります。はい、武器といつもの弾丸、持ってきましたよ」
「うん、俺も気になってるんだ。ここまで敵であろう人間に遭遇していない。だが気を抜くわけにはいかんし。エビ太、ママ、2、3日頼むよ」
軍仕様のブーツに履き替えながら二人を見る。「任せて」とうなずく。
「くわちゃん、こっちのことは気にしないで」
「くわさま、またどこか行くんですか?」
コジローがいつの間にか寝てしまっていたので別室で世話をしていたこと美が戻ってきた。
「うん、教授から預かったメモリをある人物に渡しに行く。俺の仕事はそれでおしまい。すぐに帰ってくるよ」
「気をつけてくださいね。私心配です」
「うん、いつも気をつけてるから。これまでも心配することなかっただろ?それと同じ」
俺の愛銃を最後にセットする。ベレッタM92F くわとろカスタム。実弾の代わりにゴム弾を発射させる。殺傷能力は低いが、足止めや気絶させるくらいは軽くできる。
かなりの長距離になるが機動力を生かしたいためバイクに跨がる。
出発する前にエビ太が駆け寄ってきた。同時にこと美も近づこうとしたがママに止められた。
「社長、気をつけて」
それだけで十分だ。
「うん、彼女をよろしく頼むよ」
離れ際にグータッチをコンと。
これから片道1日くらいか。ってか本当に教授の友人ているのかどうか。
「今バイクが一台出ました。男です」
「二人で追跡しろ、絶対に気付かれるな。発信器の信号は?」
「建物から動いていないようです」
「よし、バイクが20km離れたら作戦を実行する。中には教授の娘がいるはずだ。娘だけを捕まえろ。残りは殺しても構わん」
「わかりました」
トモママの店から離れた場所で交わされた会話だ。
少しずつ近づいていく男たちが5人ほど。
外の異変にピーンと空気が張り詰めるの感じた。
「エビちゃん、来たわよ」
「ついに動き出したわね、ママ」
エビ太もハンドガンを装備する。エビ太はシグ・ザウレルP220だ。
「ママ、こと美さんを奥へ、お願い」
「わかったわ、こと美ちゃん、こっちへ。コジローも」
地下にあるパニックルームへ3人が入っていくのを確認し表情が戦闘モードへ。
「ちょっと分が悪いわね。バズーカでも持ってくればよかったかしら?」