大人は見捨てない
風が頬を撫でる感触がする。僕は、そっと目を開いてみる。辺り一面暗く、既に日が落ちて数時間が経っているようだった。
「生きてる・・・?」
何が起こったかを思い出してみる。確か、持ってた魔法石を全部使って・・・。
「助かった?あの高さから落ちて?どうして?」
どう考えても、あの状態で僕が助かるとは思えない。それに、体も動く。少し痛むが、ほぼ無傷だ。
「そうだ、ギルドに連絡を。」
僕は寝そべったまま、左手の指輪に手をかざ・・・。
「ない?!」
左手にあるはずの指輪が無くなっている。
「どうしよう・・・。助けが呼べない・・・。」
光は星の明りしかない、ろくに周囲が見れないせいか、僕は不安に駆られていた。
「こんな時に、モンスターにあったら・・・。」
後ろ向きな事ばかりが思い浮かぶ。
「こんな事なら、来なきゃよかった。」
もう起き上がる気力もない。もう帰れないんだと思うと、涙があふれてくる。
「おなか、すいたなぁ。」
そう呟いて、僕は目を閉じた。
意識が闇に落ちていくほんの少し前、何かの気配がしたが、僕はそのまま意識を闇に落とした。
なんだか、身体が温かい。それに、なんだか頭に当たる感覚がやわらかい。
とても心地よい感覚の中で、僕はゆっくりと目を開けると、目の前に知らない女の人の顔があった。
「わ!」
「がぅ!」
僕は驚いて飛び起きた。女の人も驚いていた。どうやら、膝枕をして体に布を被せてくれていたようだ。
「目が覚めたか。」
男の人の声がして、その方向を見る。ターバンを巻いた男の人が焚火のそばに座っていた。
僕はその光景を見て、助かったという実感がわいた。
「あの・・・助けてくれて、ありがとうございます。」
僕の言葉に、二人は少し笑う。何かおかしかったのだろうか?
「いや、俺達は倒れている君を介抱しただけだよ。それより、君の名前は?」
「僕は、サークです。」
少し落ち着いたところで、僕は二人の事を思い出した。
「そうだ!あの、僕と同じくらいの二人が、山小屋にいるんです!連れて行ってくれませんか?」
二人の事が心配でたまらない。僕は二人にお願いする。
「あぁ、あそこか。大丈夫、今の山小屋はこのエリア内のどんな場所よりも安全だ。」
「え?」
男の人は、不思議なことを言い出した。安全?山小屋に行けたから安全なのかな?
「君たちを保護するというクエストが発行されたんだ。」
「クエスト?」
「ああ、君たちが今受けている魔法石回収と同じだよ。」
そう言って、男の人が笑う。
「割のいいクエストは取り合いになるからね、これも取り合いだったよ。」
「僕達の保護が、割のいいクエスト?」
僕は、男の人が言っている事の意味がよくわからなかった。
首を傾げた僕を見て、男の人が頷いて説明を続けてくれた。
「ああ、敵も少ないうえに弱くて、保護対象の場所が判っている。現地に到着して、無事に街まで送り届ければ報酬が貰える。」
男の人が焚火に薪をくべ、火を少し大きくする。
「それに、特殊な事情というのも加味されて、いい報酬になっているという事も大きいね。」
「特殊?」
「ギルド的には、君たちは正式な冒険者じゃない。言ってみれば、体験学習という所だ。そこで事故が発生したら、ギルドの信用問題になる。」
男の人がニヤリと笑う。
「だから、何としてでも無傷で助ける必要がある。という事だ。」
「じゃあ、今頃二人は・・・。」
「山小屋で冒険者達に守られてるよ。」
その言葉に、僕はほっとした。二人はもう大丈夫だ。
「じゃあ、僕も他の冒険者さん達に?」
僕は周囲を見渡す。その姿を見て男の人が少し笑う。
「いや、君はちょっと事情が違う。」
「え?」
「もう気付いてると思うが、指輪とバッジがないだろう。」
僕は、バッジを見る。が、バッジのあったところには小さな穴が開いている。
「あれ・・・いつの間にバッジまで・・・?」
「それらは、無くなったというより、役目を果たしたというのが正しいかな。」
「役目?」
キョトンとしている僕に向けて、男の人が話を続ける。
「どちらも、装備者の身を守る魔法がかけられていたんだ。効果が発動したら、発動した場所をギルドに伝える仕組みになってる。」
「じゃあ・・・。」
「君は、2回命の危険があったという事だ。何があったかは判らないが、緊急事態であったことには違いない。」
2回、その回数には覚えがある。最初に魔法石を発動させた時と、高い場所から落ちた時だ。
男の人の説明に納得した僕は、聞くタイミングを逃した質問をする。
「あの、あなた方は?」
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はシェル、こっちがライフルだ。よろしく。」
ライフルと呼ばれた女の人が、一礼する。僕はその姿に違和感を感じた。
「だから、君の捜索依頼は専門家の俺の所に来たんだ。」
「専門家?」
「ああ、俺達は捜索が得意なんだ。色々やってたからな。」
シェルさんが、不敵に笑う。そして、ライフルさんも微笑んでいる。
僕は、ライフルさんの方をじっくりと見る。
「あれ・・・ライフルさんって?」
焚火に照らされているライフルさんの姿、頭に二本の角と長い青い髪、背中には青い翼、そして長く伸びた尻尾。
「人間じゃない?!」
「ライフルは、竜人だよ。人間の街にはあまり行かないから見ないかもしれないが、冒険者は人間以外も多いぞ。」
「がう、がうがぅ。」
ライフルさんが僕に手を差し出す。僕がその手を握ると、ライフルさんはやさしく握り返してくれた。
「だから、今のうちに慣れておくことだな。何をするにしても、相手は人間以外の事も多い。」
「はい。」
僕は頷いて答える。そうだよね、人間以外の方が、数は多いよね。
「それじゃあ、今日はもう遅い。俺達がいるから、ここでゆっくり休むんだ。」
「がうがう。」
ライフルさんが、自分の膝をポンポンと叩いている。
「あ、あの、いいんですか?」
にこやかにライフルさんが頷く。僕は、その好意に甘えることにした。
僕が、ライフルさんの膝に頭を乗せると、ライフルさんがそっと頭を撫でてくれた。それだけで何だか安心できた。
それから、僕の意識はすぐに闇に落ちていった。でも、今度の闇は心地よかった。
瞼を閉じていても、陽の光を感じる。僕はゆっくりと目を開ける。
「がう、がうがう。」
僕の頭の下には、丸められた布がある。そして、目の前にはライフルさんの顔があった。
「あ・・・お、おはようございます。」
昨日寝る前の感触を思い出して、僕は少し照れてしまった。
「おう、おはよう。良く寝れたみたいだな。」
「は、はい。」
外で寝るのは家族で来たキャンプ以来で、こんな状況で寝たのはもちろん初めてだった。
それでも、ちゃんと寝れたのは、シェルさんとライフルさんが居てくれたからだと思う。
「さて、これでも食べて、サークの仲間と合流するか。」
シェルさんが、僕に果実を渡してくれた。見たことのない黄色の丸い果実だったけど、サークさんが渡してくれるなら間違いないと思って、その果実を皮のままかぶりついた。
シャリっとした少し硬い歯ごたえの跡に、強烈な甘みを帯びた果汁が口に広がる。その甘みで一気に目が覚める。これは一体?
「あの、この果実は?」
「それは、ドラゴアップルっていう、ライフルの故郷の名産品だ。甘みが強いから、食べれば元気が出るだろう。」
「はい。」
一口、二口と口に運ぶ。その都度、甘い果汁があふれ出して僕の力になっていく。
「がうがう。」
果汁で汚れた手を見て、ライフルさんがハンカチを渡してくれた。そういえば、リュックの中に入っていた道具は全部なくなったんだった。
「ありがとうございます。」
そう言って、僕はライフルさんのハンカチを借りて手を拭く。
「これ、洗ってお返しします。」
「がーう。がうがう。」
ライフルさんが首を横に振って、にこやかな顔で手のひらを向ける。
「そのハンカチ、サークにあげるって言ってるぞ。」
「あ、はい。ありがとうございます・・・って、シェルさんにはライフルさんの言葉が判るんですか?」
「ああ、判るぞ。もう何年も一緒に居るからな。」
「がう。」
ライフルさんがシェルさんを見て頷く。
「じゃあ、そろそろ行くか。」
「はい!」
シェルとライフルさんが先導してくれる。僕は二人の後を追いかけていった。
山道を戻る僕とシェルさんとライフルさん。周囲の道は泥に塗れていて、あの時の傷跡を残している。
「さて、山小屋に行くまでに、ちょっとお話をしておこうか。」
シェルさんが僕の方を振り向いて話す。
「サーク、君は今回の冒険でたくさん勉強したと思う。でも、その中で重大なミスをいくつか犯してしまった。」
シェルさんの言葉が胸に重く響く。
「ミスは誰でもするから、誰も責めないし、責めれない。だけど、次からはそのミスを犯さないようにしなきゃならない。」
泥で滑りやすくなっている山道を慎重に上りながら、シェルさんは続ける。
「今回の最大のミスは、一人で敵に立ち向かったことだ。」
「で、でも・・・僕じゃないと戦えない。」
僕は、あの状態での最前の行動をしたと思っていた。けど、それをシェルさんに否定されて、思わず言い返してしまった。
シェルさんは、表情を変えずに頷いて、僕の目をまっすぐ見て言葉を続けた。
「うん、その考えが間違っていたんだよ。僕じゃないと、って時は確かにある。でも、戦いにおいて一人で残るっていうのは最終手段だよ。」
最終手段という言葉を聞いて、僕は下を向いてしまう。
「最終手段を取ると、そのまま最悪の手を選んでしまいがちだ。今回の最悪の手っていうのが、君がやったこの魔法石の爆発だ。」
シェルさんは、周囲の泥を掬って見せる。
「一人30個の魔法石だったか、そのうちの数個を周りに投げながら3人で山小屋を目指していれば、ここまで酷くなってないだろう。」
「ご、ごめんなさい。」
「責めてるわけじゃない。そういう考えに至るには、自分が一度経験しないと無理だからな。」
掬った泥を山道の脇に落とし、シェルさんが続ける。
「特に、若いうちは猶更さ。だから、沢山経験をすることだ。失敗をな。」
立ち止まって泣きそうになっている僕を、ライフルさんが後ろから抱きしめてくれた。
「がう、がう。」
僕を慰めてくれてる、言葉は判らなくても意図は伝わってきた。
「それに、この状況はギルドにとっても、冒険者にとっても悪くない。」
「え?」
僕の驚いた声の後、シェルさんが言葉を続ける。
「街道ではないが、観光資源だからな。ここを修繕するために国が依頼を出す。こういう時は、大体冒険者ギルドに出すんだ。建築ギルドとかに頼むよりも安上がりだからな。」
「違うんですか?」
「詳しくは知らないが、大体一桁ぐらい違うらしい。で、それなりにスキルのある冒険者が修繕する。一応、国の依頼だから慣れてる冒険者を優先するがな。」
シェルさんが笑いながら答える。そして、最後にこう言ってくれた。
「そいつらに任せておけば、この山の清掃は2日もあれば終わるだろう。だから、君が気にする必要はない。」
「は、はい。」
なんとなく世の中の動きを教えられて、僕は生返事しかできなかった。でも、その話が本当なら、僕の気持ちも少し楽になる。
「まぁ、俺達も昔はもっとひどい事をやったからな。」
「え?!」
突然の告白に僕は目を大きく開いてシェルさんの顔を見る。
「生きてれば色々な人に迷惑かけるもんだ。これくらいの迷惑なんて、可愛いもんだよ。」
「がうがう。」
ワハハと笑うシェルさん。
そして、ライフルさんも頷きながら笑っている。
その光景を見て、僕はその言葉が真実なんだと思った。
「見えてきたな。」
シェルさんが前を指さす。そこには、昨日見た山小屋がある。
それと同時に、周囲を冒険者と思われる人達が見回っていた。
「言った通り、安全そうだろ。」
シェルさんの言葉に、僕は頷く。
「さて、仲間に会って来い。」
僕の背中をトンと押すシェルさん。
「一緒に来てくれないんですか?」
「俺達の仕事は君の保護だからな、連れて帰る事じゃない。だから、昨日の時点で仕事は終わってたんだよ。」
シェルさんがニヤリと笑う。その言葉に、僕は頭を下げてお礼を言った。
「はい。ありがとうございました。」
無言で手を上げるシェルさん、ライフルさんもにこやかに手を振っている。
僕は二人を背に、山小屋に向かった。