犠牲
息を整えながら、ロンドが風車小屋の周囲を探す。
風車小屋には鍵が掛かっていて、中には入れそうにない。
「風はあるんだけどな。」
僕は風車小屋を見上げる。風車の羽がゆっくりと回転している。
「ねえ!これってそうだよね!」
マーニャが大声で僕達を呼ぶ。マーニャは手のひら大の緑色の石を持っていた。
「おお、これだ。」
ロンドが驚きの声を上げる。
「これ、あっちに沢山落ちてるよ。」
マーニャは、僕達の背丈よりも大きい岩が点在している場所を指さした。
「岩?」
僕とロンドは首をかしげながら岩に近づく。
岩に近づくにつれ、弱く吹いていた風がどんどん強くなっていくのを感じた。
「なるほど、隙間風か。」
岩と岩の間から吹く風を感じて、ロンドは納得した表情でつぶやく。
「ほら、ここ。岩のそばにたくさん落ちてるよ。」
マーニャの言う通り、岩のそばに緑色の石が転がっている。
「ここなら、風の魔法石も沢山落ちてそうだな。」
岩の周りをざっと辺りを見渡しても、緑色の石がすぐに目に飛び込んでくる。
「それにしても、これは風車小屋からは見えなかったな。」
「そうだったの?」
ロンドの言葉に少し驚くマーニャ。僕もロンドも目はそんなに悪くはない。
「マーニャ、見えてたの?」
「うーん、何かありそうって感じだけだけど。」
腕を組んで首をかしげるマーニャ。どうしてここに何かがあると感じたのか、自分でも判らないようだ。
「マーニャ、感は鋭いな。」
ロンドと僕は大きく頷いた。
「じゃあ、これを集めて帰ろう。もう日が暮れちゃうよ。」
僕が声を上げると、マーニャとロンドが頷いた。
十分なサイズの魔法石を見繕って、僕達はリュックに詰め込んだ。
数が集まったところで、僕達は下山準備を始める。
「ちょっと怒られるのを覚悟しないとね。」
太陽はさらに地表に近づいている。辺りが暗くなる前には山を下りれるだろうが、街に帰る頃には真っ暗だろう。
「街道を通ってれば、商人さんがいると思うし、また馬車に乗せてもらおう。」
マーニャの意見に僕とロンドは賛同する。
「じゃあ、行こう。」
各自、予定よりも少し大きくなったリュックを背負って、元来た道を戻り始めた。
しかし、山小屋を通り過ぎ、道の両端が沢山の樹木に囲まれた場所で、マーニャがふと足を止める。
「二人とも、ちょっと待って。」
「どうした?」
僕とロンドは、マーニャのその行動理由を尋ねる。
「あそこに、何かいる。」
マーニャが指さして伝える。そこは以前マーニャが何かを見つけた場所だ。
「一体何がいるんだろう・・・。」
僕はもう一度マーニャの指さした方向を見る、やはり何か動くモノが見えるが、何かは全く分からない。
「もう、気にしないでおこう。」
僕はそう言って山道に戻ろうとした。その時。
『ガサ・・・』
後ろで、地面の草を踏み付ける音がする。僕はゆっくり後ろを振り向いた。
「え・・・え?!」
動くモノが、狼狽える僕に近づいてくる。そして、その姿がはっきりし始める。
「二人とも、ゆっくり、ゆっくりと山小屋に行こう。」
「どうしたの?」
焦る僕の姿を見て不安に思ったのか、マーニャとロンドが僕の目線の先を追う。
「サーク、あれって?」
マーニャが僕に尋ねる。
「マウントドッグ、山に住む野犬だけど・・・。」
体は明るい茶色の毛に覆われている、大きさは僕の膝のあたりまであるだろうか。
僕はその後の言葉を言いたくなかった。けど、今は言うしかない。
「必ず群れで行動して、狩りの時以外は姿を見せない。」
「じゃあ・・・。」
「狩りの時間に僕達が来ちゃったって事。」
ロンドは、マーニャの手を引いてゆっくりと山道を登る。
「ロンド、マーニャをお願い。」
「どうするんだ?」
「たくさんのマウントドッグが、まだ周囲に群れで居る、このまま逃げても、他の群れに襲われる。」
僕はリュックをゆっくり地面に置いた。
「僕が引き付けるから、その隙に山小屋へ逃げて。」
「それって・・・囮?」
「サーク、出来るわけないだろ!」
ロンドが静かに、それでいて怒りを表した声を上げる。
「大丈夫、魔法石がこれだけあれば、何とかなるから。山小屋に逃げたら、指輪で助けを呼んで。」
「・・・判った。」
戦えるのが僕だけと言う事は、ロンドが一番理解している。ロンドは、不安ながらも、信頼された目で僕を見つめる。
そして、ロンドは自分のリュックを下ろし、僕の前に置いた。
「待ってるからな。」
そして、もう一つ、リュックを降ろす音が聞こえる。
「これも使って。」
マーニャがそう言ってくれた。
「うん。僕も引き付けながら向かうから、二人は日のあるうちに早く。」
マウントドッグ達は、こちらが警戒している間は寄ってこないようだ。
僕は山道を山小屋に向けてゆっくりと歩く二人を横目に、僕のリュックの中身を探る。
「とりあえず・・・。」
水の魔法石を二つ取り出し、全員分のリュックを自分の足元に寄せる。
「もう少し・・・。」
僕は、ロンドとマーニャが十分に離れたのを確認して、山道に向けてさっきの魔法石を投げつけた。
魔法石が割れ、そこから周囲を押し流すような水と大きな波が山道周辺を覆った。
山道周辺にいくつか立っていた看板は全て流されていく。
「これで、二人の匂いは消えたはず。後は僕も・・・。」
そう思ったのもつかの間、目の前の一匹が突然増えた。いや、恐らく最初からいたのだろう。
3つのリュックの中から、マーニャのリュックを開け、折りたたまれた鉄板を取り出す。
同様に、ロンドのリュックから瓶を取り出した。
後ろから水の流れる音がする、その音を聞いて、二人の足が止まる。
「水の音?」
「サークの仕業だな。」
そう確信しているロンドは、再び山小屋に向けて足を進める。
「サーク、大丈夫かな?」
「大丈夫だろう・・・。」
ロンドは自信なさげに答える。そして、まだ足を止めているマーニャの手を引き山小屋へ向かう。
「ねえ、助けを呼びながら山小屋に行けばいいんじゃないかな?」
マーニャの言葉にハッとするロンド。緊急事態に陥った場合、こんな簡単な方法も思いつかなくなる。
「マーニャ、頼めるか?」
「判った!」
マーニャはさっそく左手の指輪に触れて通信を始める。通信がつながった事を確認して、ロンドはマーニャの右手を引き山小屋に向かう。
「ギルドさん、応答してください。助けてください。」
『どうしました?』
指輪から、女性の声が聞こえて来た。
「マウントドッグに襲われてます、助けてください!」
少しの間をおいて、マーニャの言葉にギルドが答える。
『あなた達の場所を調べました。近くの山小屋へ避難してください。』
「一人・・・サークとはぐれたの!。」
マーニャの言葉が徐々に変わっていく。焦っているのだろう。
『判りました、そちらの救援はこちらで承ります。』
「早く来て!!」
悲鳴に近い声を上げるマーニャ。それを聞いたギルドの受付は落ち着いた言葉で答える。
『落ち着いてください、今はあなた達だけでも安全な場所へ。大丈夫、マウントドッグは本来臆病な動物です。』
「でも、襲い掛かってきたんです。」
『何か他の理由があるのかもしれません。』
「サークを、サークを助けてください。」
マーニャはもう涙声だ。これ以上、まともな受け答えは出来ないようだった。
『サーク君は必ず助けます。ですから、早く安全な場所へ。』
「はい・・・判りました。」
『では、こちらからも随時連絡を行います。』
そう言って、ギルドからの連絡が切れた。
「・・・来てくれるって。」
「ああ、ありがたい。」
マーニャとロンドの表情に少しの安堵が感じられる。
「でも、サークが・・・。」
「あいつなら大丈夫だ!」
ロンドは大声でマーニャを諭す。その声にビクッと体を震わせる。
「だから、俺達は信じて山小屋へ行こう。」
マーニャの肩を掴み、ゆっくり言い聞かせるように話すロンド。その言葉に、マーニャは頷いた。
ギルドとの通信を行っている間も、山小屋へ向かって歩いていたため、もう少しで山小屋へ到着する。
「サーク・・・。」
マーニャは後ろを振り向いて呟いた。
「目の前に2匹、後は判らないか・・・。」
僕は、リュックの中から紐を取り出し、瓶の口に堅く結ぶ。そして、鉄板を片手に持ち簡易の盾にする。
「来るなら来い・・・!」
さっき作った簡易の武器振りながら、僕はマウントドッグから距離を取る。倒すのが目的じゃない、逃げるのが目的だ。
僕の視線の先にいる2匹のマウントドッグは、警戒しているのか動こうとしない。
そのまま山道まで戻る。地面がぬかるんで少し滑る。さっきの水の魔法石の影響だ。
慎重に、足を上げないようにすり足で山道を登る。しかし、今度は自分の後ろで『ガサ』と草をかき分ける音がする。
「後ろ・・・。」
首を少しだけ音のした方へ向ける。夕焼けの光が辺りに濃いコントラストを作り、マウントドッグの姿が確認できない。
「音のしなかった方に行くしか・・・。」
そう思って、僕は音のした方とは反対側に向かって山道を登るが、そこでも『ガサ』と音がする。囲まれているようだ。
「ここに集まっている、という事は、向こうは追いかけなかったのか。良かった。」
僕は二人の無事を確信して、少しほっとした。
後は、この包囲網をどう切り抜けるか・・・。
武器を振り、威嚇を続けている間に、濃いコントラストの時間は終わり、辺りを暗闇が包み始める。こうなると、こちらが不利だ。
「もう、これしかないのかな。二人とも、ごめん!」
僕は、武器を思いっきり振り回し、固めておいていたリュックに向けて投げつける。
瓶はリュックに当たり、そこから突風が吹き荒れる。続けて、土砂がその風に乗って飛んできた。
「ぐっ!」
持っていた鉄板を広げて、体を守ろうとするが、突風が僕の体を浮かせる。
「?!」
自分の体が宙を舞い、あっという間に周りの樹々よりも高い位置に浮いていた。
「あぁ、僕はこれで・・・。」
さらに自分の体は飛ばされて行く。上昇感覚がふいに消え、体が落ちていくのを感じる。
僕は、目に涙を浮かべながら後悔していた。あの時、帰っていればよかったと。
そして、地面に落ちる感覚のないまま、僕は意識を失った。
山小屋へ逃げ込んだ二人は、急いで扉の鍵を閉める。
「これで大丈夫だ。」
ロンドが備え付けのランプと火打石で明かりを灯す。小さな炎は、暗かった山小屋を仄かに照らす。
「サーク・・・大丈夫かな?」
「絶対に大丈夫だ。」
ロンドが心配するマーニャに力強く答える。
その時、山小屋を揺らすほどの轟音と振動がロンド達を襲った。
「あ・・・あれ、何?!」
マーニャが窓を指さす。窓には泥がへばりついている。
「どういう事だ?」
二人は状況が把握できなかった。暫くの間、轟音と振動が続いたが、次第に弱まっていく。
「・・・まさか?!」
ロンドがドアを開けようとするが、ドアは少ししか開かない。しかし、その少しだけ開いた隙間から泥が山小屋に入ってきた。
「泥?」
ドアを閉めて、ロンドは少し考える。
「マーニャ、ギルドからの連絡は?」
マーニャは首を横に振る。
「俺の想像だが、これも、サークの仕業だ。」
「え?」
突然のロンドの言葉に、マーニャは驚きを隠せない。
「恐らく、俺たちのリュックに入っている魔法石全てを一気に使ったんだ。」
「そ、そんなことしたら。」
マーニャの顔が青ざめる。ロンドも同じく青ざめていた。
「30個以上の魔法石の固まりが3つ、それが一気に発動したら・・・。」
マーニャは息をのむ。その音がロンドにまで伝わるぐらいの静けさだ。
「周囲の物は全て泥の竜巻に飲み込まれる。」
「じゃあ・・・。」
ロンドは、小さく頷いて言葉を続ける。
「サークも飲み込まれたかもしれない。」
「いや・・・。」
マーニャが力なくへたり込む。ロンドも最悪は考えたくはない。
「大丈夫だ、きっと・・・。」
泥に出入口を塞がれた二人は、無言のまま座り込んだ。




