ランチタイム
「さて、水の魔法石、探そうか。」
川を覗き込みながら、僕は二人に話しかける。
「うん、探そ!」
マーニャは張り切って僕のそばに寄ってきた。
「ロンドは・・・って、やる気満々だね。」
もうすでにズボンを膝までたくし上げて、靴と靴下を脱いでいるロンド。
「さっさと探して、遊ばないとな。」
「そうだね。」
僕達は、川に入って魔法石を探し始める。
周囲には僕達の様な人影は無く、魔法石も程よく落ちている。
「やっぱり、あの橋のそばに集まってただけだったね。」
「そうだな。このまま全部集めて山に向かおう。」
「私、少し川でゆっくりしたいなぁ。」
一人魔法石を探す様子がなく、川をじゃぶじゃぶと歩いているマーニャ。
「マーニャ、遊びじゃないんだぞ。」
「でも、気持ちいいよ。」
マーニャが腰をかがめて魔法石を拾う。その魔法石を頬に当ててひんやりとする感触を楽しんでいる。
「仕方ないな。そろそろ昼だし、拾い終わったらご飯でも食べるか。」
「さんせー!」
僕とマーニャは声を揃えて答えた。
そうと決まった後の僕らの動きは早かった。
「サーク!行くよ!」
マーニャが魔法石を拾って僕に投げてよこす。僕はそれを丁寧にキャッチし、岸に積んでいく。
それをロンドは笑いながら見ていた。
「お前達、なんでこういう時に限って息ピッタリなんだ?」
僕とマーニャはその疑問にシンプルな一言で答える。
「お腹空いたから!」
その答えに、ロンドはより一層大声で笑っていた。
そんな僕とマーニャの頑張りもあって、それからすぐに目標の個数が集まった。
「じゃ、ご飯にしよ!」
マーニャが満面の笑顔を見せる。手にはもうすでにお弁当箱が握られていた。
「まあ待て、マーニャ。まずは色々準備が必要だろ。」
ロンドがマーニャをなだめる。その通り、まだ僕とロンドは何も用意していない。
「えっと、水と火がいるかな?」
「水は俺が何とかする。火は・・・マーニャ、頼んだ。」
「任せといて!」
マーニャは自信満々と言った感じで自分の胸をポンと叩き、準備を始めた。
水を取りに、川辺に向かった僕とロンド。川辺でロンドがしゃがみこんで、その水を掬う。濁りのない水だが、これを飲むわけではない。
「サーク、この辺りにある小さい水の魔法石をいくつか持ってきてくれるか?」
掬った水を川に戻しながら、ロンドが僕に依頼する。
「うん。」
僕は、川の中から小さい水の魔法石をいくつか持ってロンドに手渡す。
「これをこの中に入れてと。」
ロンドは大きめの瓶の半分くらいに魔法石を入れる。そして、それに蓋をして2,3回振った。
中に入れた魔法石同士がぶつかり合い、魔法石に小さなヒビが入る。そこから、水がゆっくりと噴き出してきた。
「これで、待ってれば綺麗な水が出来るな。」
ロンドが行っていたのは、水の魔法石から水を取り出す方法だ。こうすれば飲み水の確保が出来る。
「マーニャの方はどうなったかな?」
僕はマーニャの方を見る。マーニャはリュックの中から道具を取り出している最中だった。
「火の~じゅんび~。」
変な歌を歌いながら準備を進めるマーニャ。
「サーク、ちょっと竈作るの手伝って。」
「うん。任せといて。」
僕はマーニャの所へ駆け寄り、周囲に合った手ごろな石を集めて小さな円を作る。
「こんなもんでいいかな?」
「うん、大丈夫。後はこうしてとっと。」
マーニャのリュックから、折り畳みになっている鉄の板を取り出し、竈に乗せた。
「後は、これをセットしたら私の準備はおしまい。」
にこりと笑うマーニャ。そして、竈の下に魔法陣の書かれた紙を一枚置き、風で飛ばないように四隅に石を置く。
マーニャはこう見えても僕らの中で唯一魔法が使える。とは言っても、初心者用の触媒が必要な魔法ではあるけど。
「サーク、今日は何を持ってきてくれたの?」
マーニャの言葉に、僕は自分の持ってきたリュックから弁当箱を取り出す。
「皆の分も持ってきたよ。好きなの選んで。」
僕の弁当箱の中には、家で見繕ってきた色々なパンが入っている。
「あ、これ美味しそう!」
マーニャが粉砂糖をまぶしたパンを手に取る。
「私、これ貰うね。」
「まだあるから、好きなだけどうぞ。ロンドの分も残しといてよ。」
僕は笑いながらマーニャに注意を促す。
「判ってる。」
そう言いながら、マーニャはパンの品定めを続けていた。
「それで、マーニャは今日何を持ってきたの?」
「私はこれ!」
僕の問いかけに答えるように、マーニャは自分の弁当箱を開く。中にはハムやソーセージ、サラミが入っていた。
「一応、保存が効くものを選んで持ってきたんだよ。」
弁当箱の中身を見せあっている間に、ロンドが水で一杯になった瓶をもって来た。
「さすが、パン屋と肉屋だな。」
そう言って、ロンドは瓶を竈の傍らに置く。
「俺はこれだ。」
ロンドは自分の弁当箱を広げる。量は皆で分け合うほどは入っていないようだった。
「まあ、メインは二人が準備すると思って、俺はこれを持ってきた。」
リュックのポケットを漁るロンド。そして、ポケットから折りたたまれた紙をいくつか取り出した。
「塩、コショウ、バター・・・一通りの調味料だ。」
「さすがロンド、良い所突いてくるね。」
僕達は街の市場の幼馴染で、僕はパン屋の息子、マーニャは肉屋の娘、ロンドは素材貿易商の息子で、物心ついた頃から一緒に遊んでいた。
特にイベント事がある時には必ずこういった感じで昼食を楽しんでいた。
「今日も、豪勢なお弁当になるね。」
僕がそう言うと、二人は頷いて答えてくれた。
「じゃあ、火をつけるね。」
竈に置いた魔法陣の紙に指を触れる。その後、目を閉じて呪文を唱える。
「ミニフレイム!」
呪文の最後に魔法名を叫ぶマーニャ。魔法陣に触れていた指先から小さい火が揺らめき、魔法陣の紙に燃え移った。
燃え移った火が大きくなるが、魔法陣の紙が一気に燃える様子は無い。
「便利だよね、この魔法陣。」
「そうだな、指定時間は燃えてくれるからな。」
魔法陣の隅に、小さい文字で『40分用』と書かれていた。
「二人とも、まだこれ使えないの?」
僕とロンドはマーニャの質問に首を縦に振る。
「そうだな、もう少しで使えるようになると思うんだが。」
「まだ魔法力が足りないのかな。」
「やっぱり、私がいないとダメなのね。」
そう言って、マーニャはフフンと胸を張る。
「まあ、魔法は女の子の方が使えるようになるのが早いって学校で習ったからね。」
「そういえばそうだったな。」
「もう、そうだけど。」
僕とロンドの言葉に、胸を張っていたマーニャが頬を膨らませた。
「まあ、今はそんな事よりご飯だろ。そろそろ焼けるんじゃないか?」
ロンドが鉄板の上に手をかざして温度を確認する。十分温まっているようだ。
「でも、今はマーニャだけが使えるんだから、僕は感謝してるよ。」
「俺もだ。」
二人がマーニャにお礼を言う。それを聞いてマーニャは笑顔を見せる。
「判ればよろしい。」
とまあ、ここまでがいつも通りのやり取りだった。
「この半分ででお肉焼くね。」
マーニャがサラミを焼き始める。サラミからは脂が溶けだし、周囲に食欲をそそる香りが漂う。
「この脂で、くっつくのも防げるから便利だよね。」
続けて、ハムとソーセージも焼き始めるマーニャ。
それを眺めつつ、僕は広げた布の上にパンを並べていく。小さいサイズだが、食パンとコッペパンを中心に3人分揃えてきた。
「さて、どれでも好きなものどうぞ。」
僕がそう言うと、ロンドがパンを指さした。
「サーク、そのコッペパン、貰っていいか?」
「はい、どうぞ。」
僕はロンドにコッペパンを手渡した。
「ほら、ソーセージもハムもいい感じで焼けたよ。」
マーニャがソーセージに鉄の串でをさして焼き具合を確かめる。串が刺さった場所から肉汁があふれ出す。
「じゃあ、俺はこれをはさんで・・・。」
ロンドはコッペパンに切れ目を入れて、そこに程よく焼けたソーセージをはさむ。そして、持ってきていたケチャップをかける。
「少し温めよう。」
そう言って、鉄板の上にコッペパンを乗せる。
「僕ならこうするなぁ。」
僕は少し厚切りにしてある食パンに、焼けたハムを乗せ、その上にバターを乗せた。
「これを少し焼いてバターが溶けたら出来上がり。」
僕とロンドはパンが出来上がるのを待つ。
「二人とも美味しそうなの作るね。私は・・・。」
鉄板の上にあるパンを眺めながら呟くマーニャ。
「何があるかな?」
僕の弁当箱を覗き込むマーニャ。残っているパンは甘みの強い菓子パンが数個。
そして、すでに最初に選んでいたパンはお腹の中に入っているようだ。
「ねえ、二人とも。それ一口ちょうだい!」
「まあ、そう来るとは思ってた。」
そう言って、ロンドは焼いていたパンをもってマーニャに渡す。
「ありがとう。」
お礼を言いながら、ソーセージサンドを一口食べる。いい笑顔を見せるマーニャ。
その笑顔につられて、僕もいい具合に焼けたパンをマーニャに渡す。
「こっちもありがとう。」
そう言って、パンを食べるマーニャ。より一層いい笑顔をこぼす。
「さて、僕も食べよう。」
僕はマーニャの食べた場所の反対側から食べ進める。ハムとバターの塩気がパンに合っておいしい。
「マーニャの家の肉はやっぱり旨いな。」
そう言って、ソーセージサンドを平らげているロンド。
「当然よ。パパとママの目利きと調理は間違いないわ。」
「そうだね。」
僕はマーニャの自信に満ちた声を聴いて笑顔になる。
「さて、食後はこれでも飲むか。」
ロンドがリュックから紙袋を取り出す。紙袋の中には、奇妙な形の布が入っていた。
「それ、何?」
僕はロンドに聞いてみる。
「ああ、この中に、乾燥果実を砕いたものが入っている。これをお湯か水につけておくと美味しい飲み物になる。」
その言葉を聞いて、目の色が変わるマーニャ。
「飲みたい!飲みたい!!」
「大丈夫だ、皆の分が作れるぐらいの量だ。」
「やったー」
マーニャが両手を上げて喜ぶ。その姿を見て、ロンドが静かに笑う。
中身が入った布をそのまま水の入った瓶の中に入れるロンド。
「お湯で作ると早いんだが、まあ仕方ない。」
ロンドの持っていた瓶は耐熱ではないようで、火にかけて温める事が出来ないようだ。
「わぁ、色が出てきた。」
布から薄い赤色が出て水に色を付けている。それを見てマーニャが驚きの声を上げる。
「まだまだ薄いな。」
そう言って、ロンドは瓶に蓋をして少し揺らす。瓶の中の布が瓶の壁に当たり、その度に赤い色が広がる。
適度に色が付いたのを確認して、ロンドは瓶の蓋を開けた。
「うわぁ、いい香り。」
蓋を開けた瞬間、周囲に果実の甘い香りが漂う。
「ロンド、飲んだことあるのか?」
僕の質問にロンドは首を縦に振る。
「ああ、不味くはない。好みが判れるかもしれないが。」
そう言いながら、薄い赤色の液体をそれぞれのコップに注ぐ。
「残ってる菓子パンと一緒に飲むといいだろう。」
ロンドの提案を受けて、僕とマーニャはパンを手に取り一口かじる。
「サークのパンもおいしいよね。」
「ありがとう。」
マーニャが褒めてくれる。僕が作ったわけじゃないけど、うれしい。
そして、僕達は薄い赤色の液体を口に含む。
「なにこれ!」
突然マーニャが叫ぶ。その声に少し驚いたが、僕も同じ感想だ。
リンゴとレモンだろうか、甘みと酸味が同時に口の中に広がる。
「うん、おいしい。これはなんて言う飲み物なんだ?」
「フルーツティーという名前だそうだ。」
フルーツティー、確かに色々な果実の味が混ざって美味しい。
「ロンド、おかわりない?」
すでに飲み干してしまっているマーニャ。
「残念だが、持ってきたのはあの一袋だけなんだ。」
「そうなんだぁ。」
肩を落とすマーニャ、僕は見かねて声をかける。
「僕の飲みさしでよかったらどうぞ。」
「いいの?」
マーニャは、僕の申し出に目を輝かせる。
「うん。いいよ。」
「ありがと。」
僕が手渡したフルーツティーをゆっくり飲むマーニャ。
「サークは相変わらずマーニャには甘いな。」
「そうかな?」
マーニャは何だかほっとけない感じがして、ついつい助け舟を出してしまうのだけど、僕が甘いのだろうか?
「まあ、とりあえず今後の事を考えようか。」
「そうしよう。」
僕とロンドは山に視線を向けた。
山は裾野は林になっていて、山は所々に崖が見えている。
「あの山のどのあたりに風の魔法石が落ちているかな?」
「あそこの崖周辺と、後は山小屋周辺の草むらだろうな。」
ロンドは山を指さしながら答える。
「山小屋まで、1時間ぐらいか。」
「少し急がないと、今日中に集まらないね。」
少し早めにお昼を食べたとはいえ、山までの往復と魔法石を拾う時間を考えると少し急がないと日が暮れてしまう。
「すぐに見つかるといいんだけどな。」
「そうだね。」
僕とロンドはそう言って、荷物を片付け始める。その時、目の前の竈の火がフッと消える。指定の時間になったようだ。
「もう40分経ったんだ。」
「じゃあ、そろそろ行くか。」
「片付けるからちょっと待ってよ。」
マーニャが鉄板の表面を布で拭いている。僕も持っていたバスケットをたたむ。
僕の持ってきたバスケットは芯を抜けば、ペタッとたたむ事が出来る。
「俺は水を準備しておくか。」
ロンドはまた川に魔法石を拾いに向かう。
「マーニャ、これはどうするの?」
「あ、私が片付ける。」
僕はマーニャに魔法陣の紙を渡す。マーニャはその紙をリュックに入れる。
僕も畳んだバスケットをリュックにしまった。
「マーニャ、準備できた?」
「うん。こっちはバッチリ。」
リュックをポンと叩いて、合図をするマーニャ。
「じゃあ、行こうか。」
準備が出来た僕とマーニャは、リュックを背負う。その時、ロンドが川から戻って来た。
「おい、二人とも。」
ロンドに呼び止められた僕とマーニャは、ロンドの方を見る。
「これ、それぞれ持っておけよ。」
そう言って、ロンドは水の入った革袋を渡してくれた。
「ありがと。」
マーニャと僕はそれを自分の腰のベルトに括り付けた。
「さて、出発だな。」
「おー!」
ロンドの言葉に、僕達は朝と同じように勝鬨で答えた。