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デトリックは朝食後、城中をくまなく案内した。例えば、浴室はどこだのあの部屋はカミラの部屋だの。
一通り城内を回りきるころには、時計の長い針が一周していた。そして最後に外にある庭に向かった。
城がこんなに大きいのだから当たり前のごとく庭もそれ相応に広い。しかし広いが閑散としていて園庭らしからぬ姿をしている。雑草は生えまくり、至る所に苔も生え、樹木は倒れており、いかにも魔王にお似合いの庭である。
さすがにこんな廃れた庭を見るとマリーも気を悪くするだろうと心配してマリーの顔色を伺うが、」そんなデトリックの心配も杞憂に終わった。
「この庭のお手入れを私にさせてくださいまし!」
マリーはきらきらと顔を輝かせて、デトリックは興を突かれた。まさかマリーがこんな顔をするとは思っていなかったのだ。嬉しくも予想外の反応をしてくれたのでデトリックは一安心した。
とはいうものの、なぜマリーがこんなに生き生きしているのか。それは彼女の趣味が家庭菜園だからである。家に居場所がなかったマリーは時間があればよく家の庭園に行き、庭士に様々な知識を習っていた。そのおかげでマリーは立派な庭を見るとどうやって手入れをしているのか考えるのが癖になっていた。いつしか自分もやってみたい、と思うようにもなった。
「っふ。面白いやつだな。こんな可哀想な庭を見てそんなことを言うとはな」
「あっ、バカにしてます?可哀想な庭だからこそ改造しがいがあるのです!デトリック様の腰を抜かしてやりますわ!」
「あぁ。楽しみにしている」
デトリックは珍しく微笑んだ。「どきっ」としたのはきっと気のせいだろう。とマリーは自分にいいきかせた。まさか自分が魔王にときめくなんて。動揺しながらもマリーはデトリックに誘導されて再び城内に入った。
少し疲れたこともあり、デトリックの提案でお茶にすることにした。侍女が紅茶を淹れ終わる頃にデトリックは先ほど話したいと言っていたことを切り出した。
「僕たちが魔族ってことは知っているだろう?でも魔族といっても人間とは全く別物ではない」
「それってどういう……?」
「僕をはじめ、カミラや他の魔族も人間と同じ姿だろう?そのこともあって、僕ら魔族は人間と魔物の中庸的存在だ」
「ということは両親のどちらかが人間なのでしょうか?」
「いや、そういうことではない。ただそんな存在なだけだ。人間とは何ら遜色なく、共に暮らしていける。そう思っていた。……しかし、違った。人間と交流が多かった僕らの仲間は一度人間のいいように使われた。そして用なしになると捨てられ、無残な姿で帰ってきた。それ以来魔族と人間の間には大きな壁ができた」
(そんな辛い過去が……いいや、辛いじゃ言い表せられない)
マリーはデトリックにどう声をかけて良いかわからなくなった。明らかに悪いのは私たち人間であって彼ら魔族ではない。こちらが勝手に裏切ったのだと申し訳なくなった。それと同時に今もライラ王国は魔族を腫れもの扱いし恐れているのは事実だ。これはどうにかしないといけない。
「デトリック様は人間が信用なりませんか」
マリーは考えに考え、出た質問がこれだった。するとデトリックは俯きながら気力なさげに答えた。
「……信用はできない。もちろん……お前も」
そんな今にも泣きそうなくらい力ないデトリックの姿を救ってやりたいとマリーは強く思った。口より先に体が動いた。気がつくとマリーはデトリックの手を両手で握っていた。自分でも驚いたが、マリーは落ち着いた微笑みでそのままデトリックに向き合った。
「まだ信用してもらえないのはわかりますわ。ですが、私はデトリック様を裏切るつもりはありません。その事だけは心にお止めくださいな」
「……っ。……見苦しい姿を申し訳ない」
デトリックは一瞬目を丸くして、マリーの方を見つめ返した。そして我に戻ると赤面気味の顔を隠すように顔を背け、謝罪をした。デトリックも自分がここまで饒舌に話すとは思っていなかったらしい。
本当にこの子を信じて良いのだろうか。また信じてみたい気もする。疑念と好奇心とが葛藤しあってデトリックを悩ませる。
しかし彼女は何か違うかもしれない。デトリックは彼女と出会ってすぐに抱いた感想だ。もしかすると……。そんな淡い期待を持ちながら、マリーとは別れて仕事に戻ることにしたのだった。