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マリーは楽しそうに部屋を出ていったが、すぐに戻ってきた。どうかしたのかという不思議な目でデトリックとカミラは顔を見合わせた。
「あのー……掃除道具ってどこに?」
マリーは少し言いにくそうにしながらデトリックらに向かって質問をした。するとデトリックは「あぁ」と呟きながらパチンと指をならした。
そのとたん、ホウキやちり取りなどアナログな掃除道具が出現した。
(これ使えってことよね。……ルンバとかあれば楽なのに)
この生活の技術の発達具合に少し不安を持ちながら、マリーは一礼して道具とともに再び退出していった。
「ところで我が王よ。なぜマリーさんを急に入れたのです?前まで放っておけの一点張りだったじゃないですか」
「……あいつは僕が出てくるまで帰らないつもりだったんだ。この城の前で死なれても困る。ただそれだけだ」
「えー?魔王様というのに優しいじゃないですか。私はてっきり、マシュマロの誘惑に負けたのだと思ってましたが」
「あれは……ついでだ。なかなか興味深いものだった」
カミラはデトリックの反応を楽しみながらにやにやとからかっていた。カミラとてデトリックが人間の娘を招き入れるとは思いもしなかった。
しかしどんな理由であれデトリックが女性を招き入れたのには変わらない。ならば嫁にしてしまえ、というのが彼の願いだ。
今はまだ様子見といったところだが、案外デトリックもマリーのことを気に入っていると彼は確信している。ずっと傍にいた自分が思い間違えるはずもないとも思っていた。
「でもあの子が魔王族とライラ王国のことをうまく勘違いしてくれて良かったですねー。別にライラ王国なんて眼中になかったですよね」
「そうだな。それに関しては驚いた。勢いであんなことを言ってしまったが……本当に良かったのだろうか」
デトリックは内心、こんなところに若い娘を縛り付けておくべきではないと思っていた。落ちぶれた魔王に仕えるなんて人生を捨てたものだ。しかし彼女がこの城に最近通い詰めていたことが少し嬉しかった。訪問者なんて誰も来なかったのに__。
「あの子は望んでここに来たっぽいですけどね。自分から国の犠牲になろうなんて良い子だし、不気味な城に通い続けて肝が座ってるじゃないですか。私は王とマリーさんが結ばれることを希望しますよ」
「それはあまりに可哀想では……」
「マリーさん以外の女性がこれから先ここに現れると思いますか?」
「思わない」
「じゃあ答えはひとつです。良いですか、これは私たち魔族にも関わる重要なことなんですからね」
カミラに押されてデトリックは頷くしかなかった。彼女には本当に申し訳ないと思いつつ仕方ないのだと観念した。するとため息が自然と出てきた。窓から見える空を見ると、薄暗くていつものことながら気味が悪かった。嬉しいような気が引けるような微妙の心持ちでデトリックは頭を抱えた。
一方その頃、そんなやり取りが行われているとは全く予想だにしないマリーは、今のところ自分の計画通りになっていてにやけていた。
ふんふんふ~ん、と鼻唄まで歌い上機嫌。先程も言われていたが、この城は全然清掃がされていなく掃除のし甲斐がとてもある。
ホウキを掃けば一瞬にしてゴミが溜まり、雑巾で拭けば物凄くピカピカになる。上機嫌なこともあり、マリーは嫌になることもサボることもなく掃除をし続けた。
かれこれ三、四時間は経っただろうか。あっという間に埃まみれの廊下や玄関、たくさんの部屋がとても清潔感があり綺麗になった。
マリーは我ながら良くやったと褒めた。デトリックはどんな反応をするだろうか。それだけがとても楽しみで仕方なかった。
(これで認めてくれれば良いけど)
マリーはそわそわしながらさっきいた魔王の部屋へ戻った。お願いしますと心の中で何回も唱えながら。