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「__で、私ヒロインを助けようと思うのだけどっ!」
こう豪語するのはこの世界__乙女ゲーム『ドキドキっ!?騎士団の王子様』のヒロイン……ではなく、その恋敵である悪役令嬢のグランベル・マリー。
今、彼女は近い将来ヒロイン達と敵対するだろう相手のところへ訪問、というか道場破りのごとく毎日押しかけている。
というのも数日前、彼女は婚約者でありライラ王国が大切に抱える騎士団の隊長でもあるファントム・ロバートに相応しい女性になるために勉学、武術、礼儀作法など日々勤しんでいた。
しかし、数日前。馬術の練習中に彼女とあろうものがうっかり足を滑らせて馬から転倒した。その時に頭を強く打った衝撃で前世の記憶を取り戻した。
それでなぜマリーがヒロインを助けたいかというと、単純に「今までのマリーの悪事を報いたい」らしい。そして「安全に幸せになってほしい」と願う。
前世のマリーはこのゲームがとても好きだったらしく、勉強せずに何周も何周もプレイしたのが学生時代の思い出だ。それに前世のマリーが一番好きだったキャラはヒロインであるマーガレット・フィリーナ(名前変更可)。この作品だけデフォルトの名前のままプレイするくらい好きだった。
もうすぐ高校を卒業しようとしていた手前、運悪く交通事故に遇い、若くしてこの世を去った。なんともかわいそうな話だが、記憶を取り戻した瞬間、彼女は歓喜の雄叫びを挙げたらしい。何とも令嬢らしくない。
グランベル・マリー。これがこの世界での彼女の名前。マリーはヒロインで恋敵であるマーガレット・フィリーナを陥れるべくあの手この手で嫌がらせをする悪役令嬢なのだ。マリーがフィリーナに嫌がらせをする度に前世のマリーは激怒していた。
そしてどのルートを辿ってもマリーが生存してエンディングを迎えたことはない。必ずどこかで死んでいる。しかしバッドエンド場合フィリーナも死ぬ。このゲームは作品名にもあるように〝騎士団〞がメインでる。だから戦闘シーンがあり、敵がライラ国を狙ってくる。そしてなぜかマリーは敵が襲撃してきた時にほとんど巻き込まれて亡くなる。
マリーが最終的に懲らしめられるのは嬉しいが、魔王によってフィリーナが危ない目に遭うのは毎回可哀想だなと思っていた。ゲームのシナリオだから仕方ないが、もし魔王が襲撃してこなくてフィリーナが幸せに暮らせたら__と何回か思っていた。
せっかくドキプリ(ドキドキっ!?騎士団の王子様)の世界に転生できたからそういう平和ルートもありじゃん!そう思いマリーは自分の死の根源である魔王の元へ訪れているわけだ。
(毎日来ているのに門を開けてくれないなんて薄情な魔王ね)
魔王が薄情なんて当たり前のことを恨んでいるマリーは魔王の住みかといわれている森の奥深くの廃れた城の門を叩いている。
「私のためにこの門をっ」だの「人助けだと思って私の話を聞いてください」だのいろいろと叫び門を叩いているがいつも反応はない。
かれこれ一週間は通い続けている。
(意地でも粘ってやるんだから…!)
そう、今日はいつもと違い泊まり込みをする。そのために大荷物を背負ってこの城の前まで来たのだ。寝袋に蝋燭、食料や寂しくないようにぬいぐるみも。
とりあえず日が沈んできたので薪を焚く準備をし始めた。そこら辺に落ちている枝を集めて持ってきたマッチに火をつけて……。案外いけそうだなとマリーは喜んだ。
ところで、こんな時間までなぜマリーが家の人に怒られず森にいられるのか。それはマリーの家族はマリーに無関心だからだ。いつどこでマリーが何をしようが知ったことではない。マリーは四人兄弟である。しかしマリーだけがみんなと血が繋がっていない。養子である。そのことが家族が彼女に無関心な大きな要因だ。
またマリーには婚約者もいるが婚約者であるファントム・ロバートも攻略キャラの一人。だからマリーとは結ばれることもない。それにマリーとロバートの間には愛がない。いわゆる戦略結婚なのだから。なのでロバートもマリーのことなど微塵も気にかけない。たとえ、マリーが浮気をしようが怒らないだろう。
そのこともあってマリーはなんとか家族に嫌われまいとあらゆることを頑張った。認めてもらうために。
そんな相当ツラいことに耐えてきたマリーが魔王と忍耐勝負をするなんて楽勝だ。
(うふふっ。非常食も持ってきたんだから)
それは小さなボール状になった味噌のか溜まり。その中にネギや乾燥ワカメなどが入っている。それをカップの中に入れお湯を注ぐと……味噌汁の完成だ。
(やっぱりどの世界でも味噌汁って落ち着く)
和の心に浸り呑気に味噌汁をすすりながら魔王を待っている。そしてお次は。木の枝にマシュマロを突き刺し、先ほど焚いた薪の上で炙る。良い感じに溶けてきたマシュマロのふんわり甘い香りが辺り一面に広がる。
そろそろ食べ時かなと思った瞬間。
先ほどまでは暗く寂しい森の中にいたのに、一瞬で豪勢なしかし少し寂れている屋敷の中へと瞬間移動した。
「それをよこせ」
「え……えぇーー!?ま、魔王!?」
マリーの目の前には肘掛け椅子に座ってる魔王が私のマシュマロを指差していた。予想だにしなかった展開にマリーは頭が追い付かない。
「それをよこせといっているんだ」
どうやら魔王は焼きマシュマロがご所望らしい。言われるがままにマリーは手に持っていた枝に刺さる焼きマシュマロを魔王の方へと差し出した。
すると木の枝はマリーの手から離れ、宙に浮かんで魔王の手へと渡る。魔法を初めて目の前で見て、体験したマリーはぽかんと口を開けて呆けている。
「……なかなか美味だ。悪くない」
「あーっ!そうだ、私のお願いを聞いてくださいまし!マシュマロならまだたくさんありますわっ」
やっと我に戻ったマリーはマシュマロを餌に魔王を釣ろうと考えた。マシュマロが好きだなんて魔王もかわいいなぁとマリーは内心思った。
「そのマシュ……マロ……?というものがあるなら聞いてやらなくはない」
(チョロいな……)
マリーは心の中でガッツポーズをした。魔王様は案外チョロいらしい。