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鶴の恩返し  作者: 雪桃
プロローグ
8/62

 二手に分かれて探すこと十分。羽南のスマホに着信が入った。


「はい、芦屋羽南です」

『こちら迷子センターです。靏野円ちゃんと颯馬君が見つかりました』


 様子を見ている颯介に親指と人差し指を丸くくっつけて大丈夫というサインを出す。颯介は急いで遥にメールをした。


「わかりました。すぐに向かいます」


 心配していた遥達の心配をよそに、円と颯馬は椅子に座って絵本を読んでいた。


「あなた達ねぇ……」


 こめかみをヒクつかせている遥を何とか落ち着かせる。電話をくれたアナウンスの人が来る。


「ありがとうございました。見つけてくださってよかったです」

「連れてきたのは私じゃないんですけど。すごかったんですよ。芸能人でも見たことないくらい()(れい)でスラーっと高くて細くて」

「へ、へえ?」


 何か違和感を覚えながら羽南は相槌を打つ。


「それでその方は? お礼を言いたいんですけど」

「引き止めようと思ったんですが仕事があるからと。お名前も聞けませんでした」


 恐らくアナウンスの人がしょげているのはその究極(きゅうきょく)の美人とやらにお近づきになれなかったことが原因だろう。


「そ、そうですか。でも二人を保護してくださったのは事実ですし。ありがとうございました」


 お礼を言って、今度はしっかりと二人を見張りながら食材を買い占め、家に帰った。




 その日の夜。遥はお怒りモードだった。


「勝手に動き回っちゃダメっていっつも言ってるでしょ。羽南さんにまで迷惑(めいわく)かけて。ちゃんと謝りなさい」

「ごめんなさいはなさん」

「ごめんなさい」


 怒られてしゅんとなっている円と颯馬の頭を()で、羽南は笑う。


「見つけてくれた人が優しくてよかったね」


 何を思い出したか颯馬がポケットから飴を取り出した。


「どうしたのそれ」

「おねえちゃんからもらった。これあげるからいくよって」

「下手すら誘拐(ゆうかい)じゃねえか」


 ちびっ子二人には迷子のついでに菓子をくれる大人に気軽について行ってはいけないことも教えなければならなかった。




 休み明けの月曜日。相変わらず遥と颯斗は満員電車に押し潰されていた。すると遥が体を硬直(こうちょく)させる。


「遥?」

「ち、痴漢……」


 小さな声で遥が呟く。見ると太い腕が遥の尻に伸びている。


「っおいてめえ」


 颯斗がその腕を掴もうとするが後ろから羽交(はが)()めにされる。


「は!?」


 周りを見れば同じくニヤついている中年の男が数人いる。


「僕たちは集団痴漢というグループなんだ。ここに四人。君じゃ勝てないよ」


 男の一人が言う。遥は荒く熱い息を耳元で吹きかけられて(けん)()と吐き気に鳥肌が立つ。


「君、大人しそうなのに胸は大きいんだね。淫乱(いんらん)な子にはおしおきしちゃおっかなー」


 男はパンツの中にまで侵入(しんにゅう)してくる。気持ち悪いのもあるが、何より弟の前で醜態(しゅうたい)を見せる恥ずかしい状況に涙が出てくる。


(やだ、やだ……誰か助けて)


 遥が叫んでしまいそうになる瞬間、尻から腕の感触が消えた。目を開けるとそこには背の高い美女に手首を持ち上げられている男の姿だった。


「いい加減やめろデブ。見てるこっちが気持ち悪くなる」


 美女は十センチはあるだろうヒールで颯斗を捕えている男の足を踏みつける。踏まれた本人は()(もだ)えて颯斗を離す。


「……証拠は撮ったから次の駅降りるぞ。いいな?」


 残りの数人にスマホを見せながら有無を言わせぬ視線を向ける。停車したところで駅員を呼ぶ。痴漢四人と美女、それから遥と颯斗は事務所に連れて行かれた。

 説明するより先に証拠のビデオを見せられた駅員は皆一様にドン引きの表情を浮かべた。


「……彼らには相応の処罰を受けてもらいます。ご協力ありがとうございました」


 美女のおかげで取り調べはそこで終わり、学校にも間に合う。だが解放された途端、遥は力が抜けてその場に座り込んでしまった。


「あ、あれ?」


 腰が抜けて立っていられない。颯斗が心配そうに覗き込む。


「初めてなら精神的にも来てるだろ。今日はもう家に帰った方がいい」

「で、でも」


 今日は羽南も忙しそうだった。きっと迷惑だろう。


「……駅は?」

「え?」

「どうせまだ出勤時間じゃない。一時間で着くようなら駅まで送るけど。これで倒れられたらまずいし」


 これ以上お世話になるわけにはいかないと思いながら、ほかに頼れる人がいないので駅名を告げて颯斗とは別れる。

 電車に揺られている間、遥は目の前の美女に(くぎ)付けだった。

 二重の黒目に形のいい鼻、少しふっくらしている唇。ヒールを履いているにしても175はある颯斗を超しているのだから背は高いのだろう。そして贅肉(ぜいにく)という言葉を知らないような腹と尻。すらっと長く細い足。その分胸はでかい。Iカップは下らないだろう。

 疲れているのか髪は無造作に結んであり、目の下には隈が見えるが、それが逆に色気を引き立てている。


(絶世の美女ってこういう人を言うんだろうなあ)


 遥はそんなことを思いながらぼーっと立っていた。




 駅に着くと美女のスマホが鳴りだした。


「はいはい? ああ部長。わかってますよ、今行きますって」


 何やら取り込み中らしい。遥は無言で目があった美女にお辞儀をする。彼女は手を振ってスマホ片手にホームに戻っていった。


(それにしても終始無表情だったなあ……)


 遥は帰り道でそんなことを考えていた。

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