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鶴の恩返し  作者: 雪桃
そして一年が経つ
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エピローグ

最終回です

 泣き叫んでも縋りついても羽南は返事をしない。肩を弾ませて苦しそうに息をする遥に颯斗がそっと隣に腰かける。もう諦めがついているためナースもほとんどいない。


「遥、もういいだろ。先生も仕事があるんだから」

「……やだ」


 一番よく遥を知っている颯斗でさえこんな駄々をこねる姿を見たことがない。だがこのまま放っておくわけにもいかない。後ろにいる颯介も呼んで遥を引き剥がそうかと考えた時だった。


「────よ」

「え?」


 とてもか細く注意しなければ聞こえないような声。それでも遥の耳にはしっかりと聞こえた。弱くても自分の指を握っている手が。小さく開く口が。全て遥の目に映った。


「いたい、よ。はるかちゃん」


 包帯で覆われていても苦笑しているのがわかる。胸で握りしめられているのが痛いのだろう。だがそんなことよりももっと重要なことがある。


「羽南さん、生きてる?」


 颯斗が周りを気にすることも忘れて呆然と呟いた。一方で遥は完全に理解していないものの、羽南が戻ってきてくれたことだけはすぐにわかった。


「はなさん……っ!!」


 止まりかけていた涙を幾筋も流し、遥はその場に顔を伏した。


「だからいたいって」


 愚痴を零す羽南だが、動ける範囲で遥の手を握る。そのまま立ち尽くしている颯斗と目線を合わせて微笑む。


「ただいま」




「本当車でぺしゃんこにされて生還するってゴキブリみたいね」

「それが第一声で娘に言うことかババア」


 事故が起きてから一ヶ月が経ち、羽南も多少は動けるようになった。と言っても一人でできることは喋るだけであり、手助けがないと上半身も起こせない。そして古都子と太郎は今日アメリカから帰ってきて見舞いに来た。


「大体もっと早く帰国してよ。娘が重症だってのに一回忌行ってすぐ帰って」

「あんたより一回忌の方が重要よ」

「じゃあ昨年の通夜も出ろよ!」

「ま、まあまあ二人とも落ち着いて。羽南さんあんまり叫ぶと傷が開いちゃいますよ」


 ベッドから乗り出そうとする羽南を宥めて遥は間に入る。受験も無事第一志望に受かった遥はほぼ毎日羽南の見舞いに来ている。


「わかったわよ。あ、じゃあ車椅子引いてあげようか。どうせどっか行くんでしょ」

「小石につまずかれると厄介なので遥ちゃんに任せます」


 拒否されていじける古都子を尻目に遥を招く。遥は丁寧だから心配がいらない。


「いいんですか?」

「いいのいいの。はい、車椅子乗るから手貸して」


 遥は慣れたように車椅子を持ってきて羽南の手助けをする。

 今でこそ普通に話している羽南だが、障害が残らなかったわけではない。両手足は残っているものの、神経は麻痺を起こし、完治は困難だろうと診断された。だが本人はあまり気にした様子でもない。


「就職はまたやり直しだけどまた頑張ればいいし。障害だって絶対治らないわけでもないし。それにあの時遥ちゃんに叫んでもらえたから私は戻ってこられた」

「本当に一瞬心臓止まったんですからね。私だってパニックになります」


 今年は暖かい。三月上旬だとしてもしっかり防寒していれば十分散歩に適している。羽南は軽く腕を伸ばして日光を浴びる。


「……」

「羽南さん?」


 ふと、目線を上げる羽南に遥は首を傾げる。


「鶴の恩返し」

「はい? 童話ですか?」


 羽南は目を閉じて首を振る。


「おじいさんは困っている鶴を助けた。鶴は自分の羽で(はた)を織り、家を出てしまった後もおじいさんとおばあさんを幸せにした」

「そうですね」

「私も同じだなって」


 羽南は遥達を引き取った。そしてこの一年を通して沢山恩を返してもらった。


「美歩さんと秀明さんにもう一度この世に戻してもらえた。妹達を守る役目をもらった。それに遥ちゃんに助けてもらえた」

「私が?」


 思い当たる節がない遥は首を傾げて思い出そうとする。


「私はずっと、自分が産まれた意味がわからなかった。お母さんは私を産んだせいでお父さんに捨てられ、死ぬまで人形のように私の世話をしていた。何もできなかった私は何のために産まれてきたのか、考えることすら放棄してた。だって考えなくても良かったから。でも……」


 遥に出会えたから。母のように壊れかけながらも必死に生きる遥がいたから。


「私がお母さんにできなかったこと。遥ちゃんにならできるかもしれないって。私も人を救えるんじゃないかって。もう一度、自分の生きる意味を見つめることができた」


 羽南の言葉に遥は一瞬息を呑み、次いで微笑み返した。


「お母さん達の通夜の時、多分一度壊れたんです。でも羽南さんが助けてくれたからもう一度生きようと思えた。またちゃんと笑えることができた」


 きっかけはほんの些細なことだった。親が決めたことに子が従っただけ。それでも──。


「助けてくれてありがとう、遥」

「助けてくれてありがとう、羽南」


 心地良い風が二人の間を巡っていった。

ご愛読ありがとうございました。これからも雪桃をよろしくお願いします。

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