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鶴の恩返し  作者: 雪桃
プロローグ
6/62

「大丈夫? のぼせちゃった?」

「だ、大丈夫です。お水もらいますね」


 水の入ったグラスをもらって一気に飲み干す。それでも羽南は呆れ笑いをするだけで一切怒らない。晴れ晴れとしない気持ちのまま食卓についた。




 夜も更けて、ちびっ子二人が寝静まった頃、羽南が大きくため息を吐いた。


「あんの社畜ババア」

(また……)


 二人でリビングのソファでくつろいでいるところに羽南の悪態(あくたい)が響いた。


「あの、羽南さん」

「ん? どうかした?」

「えっと……社畜、ババアって?」

「え? ああ気にしないで。独り言だから」


 独り言である方が余計まずい気がする。踏み込んではいけないかもしれないという気持ちを抱えながら、しかし(こう)()(しん)誘惑(ゆうわく)には勝てない。


「だ、誰のことなんですか」

「へ?」

「独り言で言ってしまうとストレスが溜まってしまいますし……つ、突っ込んじゃ駄目ならごめんなさい。でも心配で」


 真面目に悩んでいる遥に羽南は拍子抜けしたような表情を見せる。その直後、両手で顔を(おお)って上半身を床と平行にするくらい(うつむ)いてしまった。その姿はまるで苦しんで泣いているよう。


「だ、大丈夫ですか!? どこか痛いところが? あ、救急車……」

「い、いや違う。は、遥ちゃ、背中、さすって」


 言われた通りにする。というかよく見れば羽南は泣いていない。笑っている。呼吸困難になるほど。


「は、羽南さん?」

「遥ちゃん面白すぎ。馬鹿なんだか真面目なんだか」

「ば……」


 深呼吸をして落ち着いた羽南が横目で遥を見る。


「姉」

「え?」

「社畜ババアっていうのは私の姉のこと。芦屋(あしや)羽奏(わかな)、今年二十五歳。超仕事大好きワーカーホリックで社畜万歳ブラック企業万歳の能面美人巨乳。略して社畜ババア」


 一息に言ってしまった羽南にポカンとしながら曖昧(あいまい)相槌(あいづち)を打つ。


「で、社畜っていうだけあって勤めてる会社もまあブラックなわけよ。でもお姉ちゃんボーナスくれりゃ何時間でもやるって面接で言ったらしくてね。その通りにやるもんだからもう九日は帰ってきてないわけよ。その分お金はたんまりあるけど」


 九日前と言えば靏野夫妻が事故にあった日だ。その二日後に通夜があったのだから。


「帰ってきてもずっとデスクワークで酒とつまみだけでまともにご飯食べてくれないし。結局帰れないとか言うし。だから悪態吐いたの。ごめんね心配かけて」

「い、いえ無事ならそれで。というか、えっと羽奏さんはは体を壊したりしないんですか」

「それが私も思うんだよ。朝昼カロリーメイト夜酒で不健康なのに五年間風邪なし。もうバケモンだよ」


 羽南は笑いながら言う。なんだかんだ言って姉のことは好きなのかもしれない。


「あ、そういえば。お弁当大丈夫だった? 昨日ネットで見て急いで作ったからぐちゃぐちゃだったでしょ」

「いいえそんな! 友達にも美味しそうって褒められましたし」

「ホント? わー嬉しい。あ、でも成長期の男の子は物足りないかな。使い捨て容器も小さいし週末にデパートでも行くか」

「そうですね。本当に色々と処分してしまいましたし」


 本音を言えば形見以外で思い出になる物は全て捨ててしまいたかったのだが、今となっては余計な(しゅっ)()を増やしてしまったことを後悔した。


「明日は何作ろっかなー。ご飯を美味しく食べてくれるの見るのは久しぶりだから楽しいわ」

「そうですか。あ、私明日も早いので部屋に戻りますね」

「うん。おやすみー」


 遥が二階に上がるのを確認してから羽南は冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出した。


「帰ってこないお姉ちゃんが悪いんですよーだ」


 羽南は一人遅い(ばん)(しゃく)をした。




 週末。羽南の運転で家から一時間かけた所にデパートはあった。


「本当に良かったんですか。羽南さんお疲れでしょう?」

「全然平気。むしろここで買いだめする気だから。それにどうせ家にいてもあのババア帰ってこないし」


 折角の休みだというのに羽南の姉・羽奏は一向に帰ってこない。最悪ひと月は帰らなかったことがあるらしいので羽南は特に心配もしていない。ただ(いら)ついてはいるが。


「そうすけにいに! おっきいおうち!」

「颯馬、危ないからこっち。後あれ家じゃなくてデパート」

「う?」

「ちびちゃん達も楽しそうだし」

「……すみません」


 日曜ということもあってか、デパートは子連れが多い。


「弁当箱買って、プレート買って、食材買って……遥ちゃん服見る?」

「え!? い、いえ間に合ってます」

「あ、そう? じゃあ先に雑貨見るか」


 大型のデパートなだけあって品ぞろえは豊富だ。そして人が多すぎて酔いそうだ。


「円、颯馬、はぐれないように手繋いでおくんだよ」

「はーい」


 仲のいい二人は小さい手をしっかりと握りしめる。

 雑貨屋に着くや否や羽南は子どものように目を輝かせて色々と物色していった。


「すごいねーお弁当の容器も四年でこんなに変わるものなんだ」

「テレビとかでも特集されてますよ」

「実物は久しぶりなもので。制服できゃぴきゃぴしてた頃が懐かしいよ」


 過去を振り返ってため息を吐く羽南にどう反応していいか困る。


「ていうかそんなことしてる場合じゃないや。好きな弁当箱持ってきて。私食器見てくるから」


 そういうと、羽南は一人で食品雑貨のブースへ行ってしまった。

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