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1ヵ月ぶりです。
ドライヤーで髪を乾かしながら遥は鏡に映った自分を見る。多少疲労が見え隠れしているが受験が続いているから仕方がない。それを抜かせばいつも通りの遥だ。羽南がいなくても普通に過ごせるのだ。
(うん、そうよ。だってお母さん達が死んだ時も平気だったじゃない。ただ羽南さんがいなくなるだけ。古都子さん達は私達を引き取っていてくれる。家族がバラバラになるわけじゃない)
ドライヤーの少し耳にはうるさい音が遥の頭の中で鳴り響く。髪が十分に乾いたことを確認してコンセントを引き抜いた。
(勉強まだ終わってないな。早めに仕度してさっさと病院行って。待ち時間はきっと長いから参考書も持っていって。重いけど)
櫛で髪を梳かし、簡単に一つにまとめ、洗面所を後にした。
「ただいま颯斗」
リビングに残っていた颯斗に声をかける。颯斗はすぐに気づき、洗面所の入口に立ったままでいる遥の元に歩み寄っていった。
「ちょっと待ってて。仕度が終わったらすぐ病院行こう」
「……大丈夫なのか」
何が? と遥が首を傾げるので颯斗もそれ以上は追求せずに先に進めた。
「颯介は先に行ったから。何かあったら連絡してくると思うよ」
「そう、わかった」
部屋へと続く階段を上がる遥に声をかける。遥は足を進めながら返事をした。
この一年、風邪を引くことはあっても全て病院まで行く必要のないものばかりだった。一つ、颯介が入院したことを入れて、これが二回目になる。
「寒いね」
「ああ」
羽南がスクールバッグじゃ休みの日に持っていけないからと以前買ってくれた大きめの黒いリュックサックに参考書を詰めた遥が白い息を吐きながら呟く。
「二月は雪が降るかもだって。気をつけなきゃいけないね颯斗」
「そうだな」
遥が揺らぐことのないよう颯斗は多く語らず相槌を打った。病院は電車で一駅分の距離にある。颯介は恐らくとっくに病室に着いているだろう。それでも連絡がないから大事はまだ起こっていないのだろう。
遥は病院の外観をぼんやりと眺めていた。まだ靏野家にいた頃から通っている病院だ。それなのに何故か今はそこに現実味を感じない。
「遥?」
足を止める遥を訝しんで颯斗は振り返る。
「後どれくらいなの?」
何が? と聞かなくてもわかる。そして颯斗が答えることはできない。全てわかっているからこそ遥は独り言のように聞いたのだ。
「行きたくないな」
辿り着いてしまったら終わりな気がした。何故死ぬとわかっているのに縋りたいと思っているのか。自問しながら答えることはできずに颯斗に追いつきながら歩みを進めた。
受付で面会届を提出し、病院の奥の方まで向かう。
「あ、颯斗。トイレ行ってきていい?」
遥は先に行ってと言うように手で合図をして手洗い場に一人で行った。
(……やばい)
「羽南さん、遥がもう限界だよ」
両親が他界したのは急だった。意識不明にもならずその場で死亡が確認された。だから遥も悲しみはしたが忙しかったために壊れずに済んだ。その後に羽南と出会えたのだから。
遥に合わせて歩いていた颯斗の足ではすぐ病室に着いた。
「羽南さん……」
先に着いて椅子に腰かけていた颯介の隣に立って眠っている羽南を見下ろす。唯一外に出ている右目だけを見ればいつものようにただ寝ている女性の姿だ。それでも全身に巻かれた包帯と脈に刺された点滴はいくら疑っても羽南の死を取り消すことはできない。颯斗は大きく息を吐きながらその場にしゃがみこんだ。
「兄ちゃん?」
「どうすんだよ」
悔しそうに吐き捨てる颯斗に颯介は首を傾げた。
「遥が壊れても俺達には治すことなんてできないだろ」
独り言にしては大きい声に颯介は言葉を詰まらせる。彼もわかっているのだ。既に姉が崩れ始めているということに。
「やっぱり駄目?」
「自己暗示しかしてない。それでも大丈夫じゃないんだからもう手遅れだろ」
遥は気づいていない。明るく振る舞っているのは空元気にしか見えないことに。もう笑えていないことに。
重い沈黙が流れる中、心電図の音が変化した。画面に映っている心拍数が大幅に減少している。医学の知識が無くても何を意味しているかわかる。颯斗はナースコールを押してスマホを取り出した。
「すぐ戻る」
スライドドアを開けて颯斗は外に出る。羽奏に連絡するためだ。だが医者が来るにしても颯介一人に辛いことを押しつけてはならない。
「……一人?」
スマホを耳に当てながら颯斗はハッと気づいた。
「遥、流石に平気だよな?」
そしてまた不定期になります。




