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鶴の恩返し  作者: 雪桃
そして一年が経つ
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 高校三年生の三学期というのは人によってまばらな時期である。既に受験が終わっている生徒は長い冬休みになる。そしてまだ終わっていない者は冬期講習を受けたり試験の報告をしたりと全体で集まることはもうほとんどない。


「なのに古谷君はこんな寒空でもお昼寝するの?」


 何か予感がして中庭に(おもむ)いてみれば古谷がいつもの木陰で寝そべっていた。


「風邪引いちゃうよ」

「どうせ家いても嫌味言われるだけだ」


 一般家庭に生まれた遥にはわからないような苦労があるのだろうか。コートだけで冷たい地面に横になっている古谷を見るとこちらまで寒くなってくる。


「……よいしょ」


 遥は古谷の隣に腰かけていつも通り単語帳を開いて勉強を始めた。その姿を横目で見て古谷は仕方なさそうに溜息を吐いた。その後すぐに立ち上がって中に入ろうとする。


「どこ行くの?」

「どこでもいいだろ。一人で勉強してろ」


 突き放すように言う古谷だが今更怖じ気づく遥ではない。行く所にカルガモの子どものようについて行ってはそこで勉強しようとする。結局行きついた先は図書館だった。


「静かだしあったかいから勉強しやすいね」


 古谷は勉強などしないし寝られればそれで良かったのだが。遥のことを配慮したところ、もう大分感化されてしまっているらしい。


「俺は寝る」

「うん」


 何を言わずとも遥は当たり前のように隣に座ってバッグの中から筆箱、参考書、問題など無限ポケットかと思う程の量が出てきた。


「……」

「どうしたの?」

「いや」


 積み上がったものを古谷は無言で見つめる。そんな様子に疑問を抱きつつ、時間が惜しいため、遥はすぐに取りかかった。




 センター試験が終わった後、国立まではまだ時間がある──というわけにはいかなかった。


「滑り止めかー。今の遥ちゃんなら余裕だね」

「そう思ってるとまた羽奏さんに絞られるので。できれば満点目指します」

「すごいなこの子」


 明日に控えた滑り止め校の私立に対しても驕ることなく遥は暇を見つけては勉学に励んでいる。


「志望校は美智ちゃんとは違うの?」

「はい。学部がそもそも別なので」


 遥曰く美智は養護教諭を目指しているらしい。形は違うがどちらもしっかりとした将来設計がされている。


「そうだ。こんな大事な時なんだし送ってくよ」

「え、でも就職は」

「大丈夫。明日は休み」


 遥の受験は朝早くから始まり日没までかかる。送迎を頼むのも申し訳ないと思う遥だが逆に羽南に願われた。


「遥ちゃんって大事な局面でヘマするから」

「フラグになりかねないのでやめてください」


 自覚があるため反論はしないが縁起が悪いので遥は軽く羽南を睨みつける。


「はいはいごめんなさい。今日の夕飯は栄養がつくものにしようね」


 羽南は茶化すように軽く笑うとキッチンに足を運んだ。


(さてと、何作るかな。かつ丼がド定番だけど遥ちゃん食が細いからな)


 遥は食事を残さず食べるが多めに出すと少し苦しそうにする。本当に下の子はよく食べるのに何故遥だけこんなにも少食なのだろうか。ストレスで胃が小さくなったのかと羽南は冷蔵庫を探っていく。


(あ、ニラある。ニラ玉にしようかな。そういえば秀明さんの好物だったっけ……)


 古都子から教えてもらった亡き靏野夫妻のことを思い出しながらふとカレンダーに目を向けた。


「後一週間か」


 通夜が去年の二月五日。その二日前に事故が起きた。そして今は一月二十七日時が経つのは早い。


「一回忌には流石に帰ってくんのかな。何用意したらいいんだろ。お母さんが全部するって言ってたけど」


 あの常人ではない両親二人のことだ。きっとぬかりのない一回忌になることだろう。ただ折角だからこちらとしては何か礼をしたいものだが。


「まあもうちょっと後でいっか。遥ちゃんの私立受験でも間に合うし」


 当の本人はいつもの通り食い入るように参考書に目を走らせていた。




 翌日。遥は白いハチマキを朝早くから頭に巻きつけていた。


「よしっ」

「何してんだあいつ」

「我が姉ながら意味わからない時あるよね」

「遥ちゃん。そのハチマキは車降りるまでにしてね。おかしい子に見えちゃうから」


 弟二人と羽南から冷めた視線を向けられて遥は徐々に顔を赤らめていった。


「だって円と颯馬が作ってくれたし。前のお守りとは違って身に着けるものだし」


 丁度真ん中には(つたな)く「ねえねがんばれ」と書いてある。


「まあまあ。ほら行くよ。忘れ物はない?」


 不貞(ふて)(くさ)れる遥を(なだ)めて羽南は先に車の方へ向かっていく。その後を遥も慌ててついて行く。


「あ、スマホの電源切っときなよ。会場着いてから確認すんの面倒でしょ。よっぽどのことなら学校から来るだろうし」

「そうですね。よいしょ」


 スマホの電源で不合格にされたら一生の恥だ。言う通り電源を落としバッグの底にしまっておく。


「もうこれで大丈夫です」

「はーい。目的地に着きましたよ」


 遥は車から降りてドア越しに羽南と向かい合う。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい。帰ってきたら美味しいもの作って待ってるからね」


 遥が会場内に入るまで羽南は見守っていた。


「あ、ここ迷惑駐車だった。ていうか送迎禁止なんだ。怒られなくて良かった」


 見送った後、羽南は邪魔にならないようにすぐ退散した。途中十字路にあるコンビニを見つける。


「そういやマスク切れてたな。多めに買っとこ」


 丁度通勤ラッシュ時なため走行車も多い。羽南は青信号ですぐにコンビニ方向に発進した。その直前、目の前で違う車が急カーブした。


「わっ、危ないなー。マナー守ってよー」


 頬を膨らませながら羽南はエンジンを切る。だが今度はまた違う悲鳴のようなものが聞こえた。


「もう。今度は何……」


 羽南の目の前で明らかに速度がおかしいトラックが向かってきていた。運転手は目を(つむ)っている。羽南は思考を巡らせていた。


(エンジンかけすぎ。ていうか対向車線。そんなことしたら警察に捕まるよ。寝てるし。居眠り運転ですか。あ、これやばい。このままじゃ私)


 トラックの中にいる運転手の顔がすぐ近くに見えた。トラックが壁一枚差にまで迫ってきていた。


(ぺしゃんこにされちゃうわ)




 野次馬の声、サイレンの音、潰された車。そこから出てきた細い手は真っ赤に染まっていた。


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