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「ところで夕飯は?」
「まだです。冷蔵庫に何もなかったので今から買いに行こうかなーと」
遥に教えられて冷蔵庫を見る。ネギやベーコンはあるものの主食となるものはない。
「ご飯は炊いたんだね。いっぱい」
「円がんばったよ!」
どうやらお手伝いで円がやってくれたらしい。米だけあってもと思うが手伝ってくれたことは褒めなければと羽南は頭を撫でてやる。
「ふむ」
「俺なんか買ってきますよ。何か食べたいものありますか」
「ストップ」
外出しようとする颯介を止める。羽南はジャケットを脱いでシャツを捲ると冷蔵庫から色々取り出して調理の準備を始める。
「何作るのー?」
「ちょっとしたもの。当ててごらん」
羽南は慣れた手つきで食材を切って油を敷いたフライパンに米を入れ炒め他の具材もどんどん放り込んでいく。
「いいにおいー」
「ねー。もうすぐできるから勉強道具しまっちゃって」
「あー! チャーハンだー!」
お腹を空かせていたちびっ子二人は羽南が皿によそったものを見て目を輝かせた。
「即席で悪いけどね」
「三十分もかからず作るって本当すごいですよね」
本当に驚いたように遥も寄ってきた。改めて感心されてむず痒くなったのか羽南が変な表情を見せた。
円がいつもの倍米を炊いてくれたおかげか一食で夕飯は足りた。
「そういえば採点してたけどどんな感じだったの?」
暇つぶしに姉の答案を丸つけていた二人に状況を聞く。遥が石化した気がするが構わない。
「滑り止めの方はほぼ余裕だと思いますよ。俺達じゃわからない問題も結構あるんでそれ合わせると国立もいくつかは有利かも」
「え、すごいじゃん。屍になっただけはあるね」
「あはは……羽奏さんが聞いたら甘えるなって言いそうですけどね」
「いやー? お姉ちゃんも休んでいいって言うんじゃ……」
「調子に乗るな」
大分上から女性にしては低い声が聞こえた。それと同時に羽南は頭を掴まれ力を加えられた。
「痛いです! 痛いですお姉さん!」
痛みに悶える羽南を冷ややかな目で羽奏が見下ろしていた。その腕には帰りを喜んでいる颯馬が抱えられている。
「あれ? 羽奏さん早いですね」
「仕事が済んだからな。一つ早い便で帰ってきた。それで?」
暗に試験のことを言われているような気がして遥は問題用紙を取り出した。
「まだわからないところもあるんですけどね」
完全に採点ができないことへの不満を持っている声で遥は教える。それに対し羽奏は何か思い出したのか首を傾げた。
「もう答え出てるだろ?」
羽奏はスマホで何かを打ったかと思うとその液晶画面をこちらに向けた。
「センター試験教科別解答……へえ、今って新聞じゃないんだ」
「これあるなら俺達の苦労って無駄になるんじゃ」
「あ、ありがとう二人とも! お姉ちゃんのためにしてくれたんだもんね!」
落胆する弟を励ますように遥は髪が崩れる程強く撫でた。
「はいはい。数が多いから皆でやるよ。お姉ちゃん一番大変な現国ね」
何故? と遥は思ったが、羽奏の仕事捌きの速度で納得がいった。
「二百点のものは全部お姉ちゃんに押し付けちゃおう」
「三教科ですね」
厚みが他と違う冊子が羽奏の前に積み上げられる。それに物ともせず作業を進める羽奏もまたすごいと思う遥だった。
「……これはまた」
「自分の姉が恐ろしいと思うことってあるんですね」
全て採点し終わった後、改めて点数を見返した一同だったが、その結果は驚愕ものだった。理系分野は全て九割。苦手だと言っていた国語関係も八割を超していた。
「えーすごいなー。だと言うのに渋顔をしているあなたはどうされたのですか」
「これじゃあ駄目なんです。センターで換算されるのは六割程度なんです」
「つまり?」
「満点じゃないと納得いきません!」
プライドが高いのか負けず嫌いなのか。ただ一つ。遥の近くにいた者は心を一つにしてこう思った。「面倒くせぇ……」と。
「ま、まあこれからが本番だと思おうよ」
「そうですね」
これ以上受験話をするのも面倒なので羽南が強制的に終了した。