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鶴の恩返し  作者: 雪桃
そして一年が経つ
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 一月十三日。遥はある建物の前で一つ大きな深呼吸をした。


(忘れ物はないか何度も確認した。直前まで羽奏さんに勉強を見てもらった。円と颯馬にはお守りも作ってもらった)

「大丈夫。いける!」


 遥は受験票を片手に建物へ──センター試験会場へ向かった。




 前日。


「ねえねあそんでー」

「駄目だよ颯馬。今日はねえね禁止」


 案の定というか遥はその日、朝からずっと部屋に()もりきりで机と睨みあっていた。


「朝ご飯も食べてないし大丈夫かな?」


 羽南が弟二人の間から顔を出す。その手には時間が経ってしまい海苔(のり)がヒタヒタになってしまっているおにぎりが二つ皿にある。


「まあ私もお姉ちゃんも経験してるからわかるけど。国立志望ともなるとやっぱ不安なのかな。遥ちゃんって学部どこだっけ」

「薬学です」

「こりゃまた重圧が」


 国立だけでも難易度が高いというのに理系分野ともなればプレッシャーも大きいだろう。受験に使う教科だって馬鹿にならない。


「しかもこういう時に限って私達いないし」


 センター試験日。羽奏は会議のため、羽南も新人研修のため出張に行かなくてはならない。


「心配だなー。車で送らなくていいかな?」

「俺と颯介で送りますよ。危ないし」

「途中で美智ちゃんとも会いますし」


 これ以上遥の邪魔をしてはいけないということで静かにドアを閉めて退散した。




 幾度となく参考書を読み返し過去問を解く。努力の甲斐(かい)あってか全国模試でも上々の成績を維持できている。しかし本番でどう転ぶかわからない。慣れない場所で受験するとなると緊張しやすい遥は本領を発揮できなくなる。

 単語帳から目を離して少し休憩をする。肩の力を抜くと腹の虫が盛大に鳴った。


「……」


 無言で備えつけられていた時計を見る。短針は十を指している。午前かと思ってカーテンの向こうを見るが太陽の光は一切差し込んできていない。


「……お腹空いた」


 朝も昼も食べていない自分の体は限界を迎えていた。


(もう皆部屋に帰ってるよね。何かあるかな)


 いつも以上に疲れを溜めながら一階へ降りていく。階段を(くだ)っていくにつれてリビングの光が点いているのに気づいた。


「?」


 疑問に思いながらも音を立てないように静かにリビングへ入る。遥の目に映ったのは真剣な表情で書類に目を通している羽南の姿だった。


「羽南さん?」


 声をかけてみると羽南は今気づいたように顔を上げた。


「お疲れ遥ちゃん。どうしたの?」


 首を傾げる羽南に遥は少し後ずさる。こんな時間に夜食はあるかなど聞きづらい。言い淀んでいると空気を読まない遥の腹が再び部屋中に鳴り響いた。どんどん赤くなっていく顔を見て、羽南は無言でキッチンに向かった。


「はい。なんの具もなくて悪いけど」

「……いただきます」


 羽南が持ってきてくれたうどんを(すす)る。薄すぎずちょうど良い出汁(だし)に遥は一息吐く。


「美味しいです」

「そりゃよかった」


 人というのは空腹が限界に到達すると熱さなど関係なく猛スピードで食事を進めていくらしい。ものの数分で(めん)も出汁も全て遥の腹の中に入ってしまった。


「ごちそうさまでした」

「はい。それじゃあ」

「勉強してきますね」


 食器を素早く洗った遥はまた自室に戻って勉強しようとした。慌てて羽南が行く手を(ふさ)ぐ。


「今日はもう寝なさい」

「でもまだ完璧じゃ……」

「もちろん生半(なまはん)()で合格できるわけない。でも体調管理ができなきゃ全部水の泡だよ」


 厳しい表情でこちらを見る羽南に尻込みする。


「今日はもう寝なさい。それで明日早く起きればいい。違う?」

「違くない……です」


 遥が小さく呟くと羽南が満足そうに頷く。しかしすぐに何かを思い出したように手を打つ。


「もし緊張して寝られないんだったら一緒に……」

「結構です!」


 これ以上恥を(さら)したくなかった遥は止められる前にさっさと自室に帰って簡単に明日の仕度をした後すぐにベッドに入った。無意識に疲労の溜まり具合が酷かったらしく、気づいた時には夢の中へ落ちていった。




 そして当日。先に出ていってしまった姉二人はいないが、羽南は朝ご飯を作ってくれた。一応遥は平気だと言ったが雪も降って滑りやすくなり危険だと言うことで颯斗がついてくることになった。


「途中で美智とも会うよ」

「そこまでの道中でどうなるかわからないだろ」


 自分の不注意さに気づいていない遥に呆れながら颯斗も出かける準備をする。


「ねえね」


 少し気が立っている遥に颯馬が恐る恐る近づいてくる。


「どうしたの颯馬」

「これあげる。まどかねえねとつくったの」


 颯馬がくれたのは折り紙で作られた何かだった。恐らく今小学校で流行っている折り紙で円が作ったのだろう。幼児特有の鏡文字で『おまもり』と書いてある。


「ねえねががんばれますようにってつくったの」

「颯馬昨日がんばって字の練習してたよ!」


 上手く説明できない颯馬に代わって円が力説(りきせつ)した。姉のためを思って作ってくれたのだと思うと目頭が熱くなった。


「ありがとう二人とも。ねえね頑張ってくるからね」


 円と颯馬を力強く抱きしめる。円は一緒に笑顔で抱きしめ返し、最初は戸惑っていた颯馬も姉の雰囲気和らいだことを察して強張りを解いた。


「行ってらっしゃいねえね!」

「行ってきます」


 遥はしっかりとお守りをバッグに入れ、家を出た。

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