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元々住んでいた靏野家と今の芦屋家は駅三つ分の距離にあり、高校も中学も転校せずに行ける。ちびっ子二人だけは少し悩んだが。
「どうせ大学まで自転車だしついでに連れてくよ。いやー近所の人が押しつけていったママチャリがここで役立つとは」
庭に放っておいた前後に子ども用の椅子がある自転車を運んでくる。年季が入っているが十分使えそうだ。
「本当にいいんですか。講義があるのに」
「大丈夫! 運動もできるし道一緒だし。心配無用」
困惑している遥とは裏腹に円はピンクのランドセルを、颯馬は幼稚園のバッグを持ってわくわくしている。その姿に遥も諦めて羽南に礼を言う。
「よろしくお願いします」
「オッケー。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
中高組とちびっ子組に分かれて各々の学校へ向かう。
「遥ちゃんの制服、あれって東大生を多く輩出してる超有名進学校だよね」
「しんがく?」
ランドセルを抱えて後ろに座る円が羽南の服を引っ張る。羽南は自転車を漕ぎながら笑う。
「遥ねえねはすっごく頭がいいんだね」
普通の公立中学に通っている颯介とは別れて、遥と颯斗は同じ電車に乗る。
「学校から近くなったのはいいけど満員なのは変わらないのね」
「遥、こっち」
電車内に入った途端反対側に押し込まれる。颯斗が庇ってくれないと潰されそうになる。
「登校だけで疲れるわ」
「そういえば颯介が今日部活で帰り遅くなるらしい」
「あ、そう? じゃあ羽南さんに連絡を……」
「遥?」
「羽南さんの連絡先わかんないんだけど」
悩んでいるとすぐに遥の目的駅に着くアナウンスが鳴った。
「どうしよう。絶対羽南さんの方が帰るの早いよ。料理温めなおすのも失礼だし」
「とりあえず降りろ。もしかしたら誰かしら言うかもしれないし」
扉が閉まるブザーが鳴り、遥は急いで電車を降りて学校に向かう。
クラスに入っても全員の視線が集中することはなく、遥は友達に軽く挨拶をしながら自分の席に向かう。
「おはよう遥。これ休んでた時のノート」
「ありがとう美智」
遥の前の席であり、赤ちゃんの時からの親友である美智がノートを遥の机に置く。超進学校なだけあって三日休むと書く量も底知れなくなる。
「化学が……美智もうやけくそになってるよ」
「いいじゃん。細かいことは全部遥に聞くから」
事務連絡くらいしか話したことのないクラスメイトはわからないが、美智は遥に何があったか知っている。だからいつもより遥に接するテンションや声が高いのだろう。遥は励まされたような気分になった。
その後、ホームルームが始まり午前の授業と続いたが詮索してくるような者はおらず、無事に昼を迎えた。
「おっひる~ごっはん~」
「お腹空いたね」
二人は机をくっつけ、各々の弁当箱を出す。
「あれ、作ってくれたんだ」
「うん。私は購買で足りるって言ったんだけど。菓子パンばっかじゃ栄養が偏るって」
「ふーん」
ふたを開けてみると白米に玉子焼きや可愛らしいピッグに刺さったミートボールなど色とりどりだ。
「めっちゃ美味しそうじゃん。引き取ってくれた人料理上手なの?」
「うん……」
比べるのは申し訳ないが、弁当のレパートリーが慣れていない感はある。だが朝から大学があったのも関わらず三人分の弁当を作ってくれた。
「優しい人そうだね」
「うん」
午後の授業も難なく終わり、日も暮れてきた。
「後は帰るだけー。駅が遠くなっちゃったのが寂しいけど」
「あはは。まあ明日も会えるから」
「むー。それにしても遥はいいなー。あの玉子焼き美味しそうだったもん。今日の夕飯もきっといいものだよ」
「美智のお母さんだって美味しいもの作るじゃん。でも今日は……」
「遥?」
「ごめん。駅着いたから。じゃあね」
「え、うん。バイバイ」
急いでホームから改札へ行く遥を首を傾げながら美智は見送った。
遥は小走りになりながら家路を行く。夕飯のことをすっかり忘れていたのだ。朝にあれだけ颯斗と話していたのに。
「ただいま!」
勢いよくドアを開けて靴を脱ぎ捨ててリビングの方に向かう。ダイニングキッチンでは羽南が料理中だった。
「羽南さん!」
「おかえり遥ちゃん。お風呂? ご飯? それともアタシ? なんつって」
羽南の冗談もそこそこに、遥はキッチンをのぞき込む。先に帰っていた円と颯馬は仲良くアイスを食べている。冬なのによく食べる。
「これは?」
「ハンバーグのタネ。二人が食べたいって言うから」
見れば小さいのが二つと普通のが四つある。
「ていうかどうしたの。何か焦ってる? 学校で何かあった?」
「あ、そうだ。すいません、今日颯介部活で遅くなるそうで。本当は連絡いれたかったんですけど番号わからなくて」
「そういうこと。全然平気。いつも何時くらい?」
「えっと……七時過ぎだったと思います」
「オッケー」
ご飯の冷め具合や連絡不十分で母がよく怒っていたのを見て慌てていたのだが、杞憂だったらしい。遥はホッと一息吐いた。
「それよりお風呂入ってきなよ。疲れたでしょ」
「はい。そうします」
一息吐くと同時に疲れが押し寄せてきた遥は部屋に荷物を置くと風呂に向かう。熱い湯に浸かって固まった筋肉をほぐしていく。
(やっぱり羽南さんいい人かも)
怒らないのが不思議だがもしかしたら遠慮しているのかもしれない。他人に、それも親を亡くしたばかりの子どもに感情を爆発させない方がいいと思っているのかもしれない。
(それじゃあ他人行儀みたい……っていやいや。羽南さんは私達のことを想ってくれてるんだから。想って……くれてるよね)
そうでなければ自分たちを引き取ってくれなかったはずだ。いや、親の代わりにと言っていたから引き取ったのは羽南の意思ではない。
色々と考えている内に入浴時間が長くなってしまった。