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三時間後。人気のない屋上に颯斗は一人上がってきた。
(公開は終わったし、羽南さんが言うんだから告白ではないんだろうけど)
羽南は肝心の理由をいつも話してくれない。それに遥はいつも巻き込まれている。颯斗も何かあるのかと身構える。
「颯斗」
振り返ると緑色のワンピースを着た日奈がいた。ワンピースは衣装の一つだ。
「何で着てんの」
「えっと……お姉さんに着ろって言われて。似合う?」
「まあ」
よく亡き母が父に褒めろと言うような行動をしていたが、生憎颯斗はあまり人を称賛できない。
「それだけ?」
「う、ううん。ちゃんと話をしたかったの。二人にならないと邪魔が入っちゃうから」
日奈の言葉に颯斗は眉をひそめた。
「俺の言ったこと忘れた? また悪口言われるぞ」
颯斗は苛ついたように乱暴に吐く。そういう意図を含んだわけではないが、つい声を荒げてしまった。日奈は一瞬怯えたように見えたが、すぐに颯斗に向き合った。
「わかってるよ。それでも話したかったの。ちゃんと、これからどうするか」
日奈は友達に戻りたいと思っている。くだらない悪口で仲違いするなんてそれこそ後悔する。颯斗だってそれは思う。だが友達が陰で嫌味を言われているのは苦痛なのだ。それが自分に該当しているのなら尚更に。
「私も辛いよ。慣れてると平気は違うもん。けど友達が減るのと比べたら大丈夫になるんだよ」
「俺は嫌だ。当事者ならともかく俺が元凶、加害者なんだぞ。いじめてる奴といじめられてる奴が仲直りできないのと一緒だ」
「颯斗は加害者じゃない。巻き添えを喰らってるだけじゃない」
「赤城は優しいからそう言えんだよ」
両者一歩も譲らずに言い合いを続ける。黙って睨みあっていた二人だが、先に日奈が折れた。
「……わかった」
諦めてくれたという安堵と寂しさで肩の力を抜く。そんな颯斗に日奈は更に言葉を重ねる。
「じゃあ私も女子に紛れる」
「うん……うん?」
「ラブレターを渡したり告白したりする女子になる。それでいいでしょ」
「良くない」
日奈の唐突な主張を根本から否定する。
「友達は嫌なんでしょ。なら女子に紛れるくらいいいじゃない」
「絶対嫌だ」
ただでさえ今面倒な告白処理が増えるのだけはまっぴらごめんだ。
「それなら友達でいる方がマシ……あ」
失言してしまったことに後から気づいた。日奈はスマホを見せて録音ボタンを停止した。
「お姉さんに言われたの。颯斗は反論していけば必ず墓穴を掘るって。だからそれまで録音してろって」
(羽南さん……)
弟を簡単に売る羽南に呆れを感じる。二人の関係性を見ていれば羽南ならやりかねない。これを知ったら遥が喧嘩しかねないが。
「ややこしくなるから私のことはもういいよ。友達に戻っていい?」
「……俺は別に」
目を逸らしながら颯斗は素っ気なく答える。日奈はその姿を見て微笑む。
「じゃあ仲直り。はい握手」
「ん」
嬉しそうに笑う日奈と戸惑う颯斗は手を重ね、握り合った。
「ところでそのワンピースはなんの意味があったんだ」
「ジャージより印象よくなるんじゃない? って」
「羽南さん……」
ついに羽南が策士というより楽しんでいるようにしか見えない颯斗であった。
後日。
「羽南さん俺のこと売ったでしょ」
「オネエチャンシラナイヨ」
「大根か」
文化祭が終わって幾日か。思い出した颯斗はすぐに羽南に詰め寄った。誤魔化しているが羽南の目は泳いでいる。
「……遥ちゃんには言わないで」
「聞こえてますが?」
颯斗の後ろから黒いオーラをまとった遥が飛び出してきた。
「私の弟に何したんですか」
「いや、だって」
「問答無用!」
「言ってること違う……お玉振り回さないで危ないから」
颯斗の予想通り喧嘩が始まった。遥の一方的な暴発とも取れるが。
「文化祭で何があったんだ」
「さあ?」
その横で事情を知らない羽奏と颯介は首を傾げていた。