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「え」
羽南が理解するより早く美人が胸に突撃してきた。
「助けてください羽南さんもうこんな格好嫌です!」
「ちょっ、待って」
美人に胸倉を掴まれて懇願されれば流石の羽南も混乱する。
「え、誰」
「遥です! はーるーか!」
「遥ちゃん!?」
何とか宥めると美人は落ち着いた。美人──遥は涙目になりながら羽南を見上げる。
「あら遥。あなた何してたの」
そんな中で古都子が呑気に遥に聞いた。遥の頭の中で何かが切れた。
「私が一番知りたいですよぉぉぉ!!」
人の目につくのが嫌だという遥のために誰も使っていない空き教室に移動した。事情説明のために日奈もついてきた。
「今まで目立たないように生活してきたのに。目立つのは颯介だけでいいのに」
「え、姉ちゃん俺盾?」
机に伏していつかのようにきのこを生やした遥はどう見ても先ほどの美人とは似ても似つかない。颯斗は体を冷やさないようにと自分の上着を遥にかけた。
「ていうかいつ拉致られたの。目を離した隙にいなくなってたよね」
「一回トイレに行った時に声をかけられたんです」
数十分前。遥が手を洗っている時に三人の女子生徒がやってきた。
「コスプレしてみませんか」
トイレにまで宣伝しにくるのか、と驚きながら遥は首を振った。
「ごめんなさい。待ってる人がいるんで」
逃れようとする遥の腕を掴んで三人は更に取り囲む。
「今空いてるんですぐ終わりますよ」
「お姉さん美人だから何でも似合いますよ」
「え、待って。じゃあせめて連絡を」
遥の返答を聞かずに三人は教室へ連れていった。それからは察しの通りである。
「一着だけって言ったのにどんどん人が増えてくるし写真撮ってくるし」
「何着着たの?」
「えっと」
「見ます?」
どうやら友達からメールで写真を回されたらしい。もちろんプライバシー保護はありだ。遥は石になっているが。
「おー。これちょうだい」
「い、いいですけど」
「颯斗君達も……」
「弟には見せないでください!」
遥が椅子の上に立って二人の目を隠す。そうでもしないと身長差で手が届かないのだ。
「必死だねー」
「ていうか今コスプレしてるから隠すも何もないんじゃない? お、ナース服、超ミニスカね。遥って足いい具合にムチムチしてるわ。あ、こっちは小悪魔。尻尾が生えててお尻見えそ……」
「実況するなぁぁぁ!!」
「姉ちゃんちょっと爪立ってる」
弟二人に平均以下の力の遥が勝てるわけもなくすぐに逃げられてしまった。恥ずかしさがピークに達したのか遥は颯斗の胸に顔を押し付け力強く抱きしめ何かを唱え始めた。
「目立たないように勉強だけを頑張って。美人顔なんていらないのよ。そんなものがあったって職場にはメリットないし」
「どうしたの」
「昔から男子にモテるんで静かに勉強できないって怒るんですよ」
羽南と古都子は遥がモテるくらい美人だということに今日初めて知った。そもそもいつもの遥は全くおしゃれに無頓着だ。加えて遥よりも美人な女が近くにいる。恐らく感覚が麻痺しているのだろう。
「もうやだ着替える。洋服は」
「あ、更衣室ですね。持ってきます」
日奈が思い出して外に出る。羽南も荷物を持ってくるためについていく。
(そういえば)
「君は颯斗君の彼女なの?」
「へっ!? そんなんじゃないです。私はただの……」
日奈は何かを言いかけて急に途切らせる。羽南が様子を伺っているとそっぽを向いて俯く。
「ただのクラスメイトです」
「……」
(なるほどね)
その表情と言葉だけで羽南は大体察しがついた。遥の服を見つけるついでに衣装を見て回る。
「赤城さんだっけ」
「はい?」
羽南は不敵な笑みを浮かべながら日奈に詰め寄る。
「文化祭なんだからハメ外しちゃお」
古都子は一人で撮影会を始めていたらしく、写真のフォルダがいっぱいになっていた。
「見て羽南。題名つけたくない? 執事と花嫁の禁断の愛」
「ドラマ見すぎじゃない?」
丁度遥が抱きしめている颯斗を上目遣いで見ている一瞬だった。涙目の遥と苦笑している颯斗が余計その様子を物語っている。当の二人にはそんな意図一ミリもないが。
「これならタキシード姿も見てみたいわね。一人の花嫁を二人が取り合う」
「これ以上苦行を強いるなら泣きますよ」
「苦行って……」
服を着終わった遥は古都子を睨む。消せと言わないのは諦めているからだろう。
「帰ろっか。もう疲れたし」
「まだ何も遊んでないけど」
「だってこんな人混みじゃあもうどこも入れないでしょう。颯斗のは満足したし。ちび達も退屈そうだし」
特にやったことと言えば遥のパニックを鎮めたくらいだが、颯介の怪我の状況も見て帰ることにした。帰り際、羽南は颯斗に耳打ちした。
「十六時に屋上に行きなさい」
「え?」
何故と聞く前に羽南は輪の中に入っていった。