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鶴の恩返し  作者: 雪桃
夏の終わり
42/62

41

「おかえりー。二人とも遅かった、ね?」


 玄関まで迎えに来た羽南は二人の間で険悪(けんあく)な雰囲気が流れているのを感じ取って言葉を切った。


「ただいま」

「……」


 遥はあまり元気のない返事をした。颯斗に(いた)っては何も言わずにリビングの方へ行ってしまった。


「どうかしたの?」

「私もわかりません。学校で何かあったのかも」


 羽南が聞いているのは颯斗のことだけでなく遥も含まれているのだが。この状態では話してくれないだろう。


「ねえねおかえりー!」


 リビングに入ると円が迎えに来てくれた。ダボダボな上着を羽織(はお)っている。


「それ颯斗のでしょ! 危ないからやめなさい」

「やだよー」


 円は部屋中を走り回る。上着が床を(すべ)っている。


「円ちゃんほどほどにねー。それ直すの時間かかるから」

「はーい……あ」


 羽南に注意された矢先、円が(すそ)の部分につまづいて転びそうになった。


「あうっ」

「おっと」


 間一髪颯介が抱えたため、転倒は(まぬか)れた。だが。


 ビリッ


「びりっ?」


 不吉な音がして辺りが静まり返る。恐る恐る颯介が上着を脱がせて内側を見てみる。燕尾服の肩から腕にかけて大きく裂けていた。


「……あらら」


 羽南が気まずそうに声を出す中で遥がとうとうブチ切れた。


「いい加減にしなさい円!」


 その夜、遥の怒声が家中に響き渡ったそうな。




 翌朝。


「お゛はようござい゛ます」

「おはよう。予想通り声枯れたね」


 大声で円に怒り続けたせいで酸素が足りずに酸欠(さんけつ)を起こし、声も枯らした。


「それにしても昨日の遥ちゃんはすごかったなー。鬼みたいだった」

「うっ。でも時には怒らないと。たとえ家族でも迷惑をかけたら叱らないと」

「大人だねー」


 羽南は燕尾服をハンガーにかけて様子を見る。


「さーてと。どう直すかな。颯斗君これ文化祭前に着る?」


 起きてきた颯斗に話しかける。


「いや、サイズチェックはしたので。でも一応聞いて……」


 スマホをいじる颯斗の手が止まる。


「どうしたの?」

「あーいや。多分大丈夫です」

「そう? それならいいけど」


 颯斗の不信な動きに疑問を抱きながらも羽南は話を終わらせた。




 文化祭の準備にかまけて颯斗は女子の視線から逃れていた。


「大変だなイケメンは」


 隣にいた男子が颯斗をからかう。記憶が曖昧だが恐らくクラスメイトだろう。彼は玄関に飾る入場ゲートの色塗りをしている。


「それにしても驚いたよ。今まで声を荒げたことのないお前が女子の胸倉掴むなんて」

「別に。目の前で聞いてもないのに悪口ばっか言って仕事しないから」


 彼は──というより日奈以外は颯斗の両親が死んだことを知らない。言う必要もないと思ってその内容は伏せておいた。


「まあな。でも女子なんて口開けば大体悪口ばっかだぞ?」

「赤城は言ってない」

「あれは例外。つーかあの後どうなったの? 赤城と距離置いてるみたいだけど」


 颯斗と日奈は基本一緒にいるため、クラスメイトから見ると一日一言も喋らない二人は珍しい。何かあったのかと思うのが普通だろう。


「……俺のせいで悪口言われてんなら離れればいいって」

「えー。ただ巻き添え喰らってるってお前も当てはまってんじゃん。悩む必要ある?」

「ある。彼女作ったらそれはそれで何か来そうだし」

「モテる男はつらいねー」


 一人でいることが多くなった颯斗に対し言い寄ってくる女子は増えたが、颯斗は全て軽くかわして、作業に没頭(ぼっとう)した。


「おつかれー。靏野、もう下校だよ」

「え、まじか」


 集中していた颯斗は下校のチャイムに気づかず、クラスメイトに呼ばれて時計を見た。早くしないとペナルティを課されてしまう。作りかけのものを急いで袋に詰めて早足で玄関へ向かう。


「全く。俺がいなかったらどうなってたんだか」

「悪かった。ありがとう」


 帰り道が一緒ということで途中まで話しながら歩いた。


「なあ? 靏野って弟いる?」

「いるよ。二人」

「もしかして颯介って名前?」

「ん? まあ一人は」


 男子は途端に目を輝かせて詰め寄ってきた。


「やっぱり!? 名字が珍しいからそうだと思ったんだよ。俺、バスケ見てかっこいいなーって思ってさ」

「お、おおそうか」


 やはり中学生と言えど颯介は有名らしい。身近にファンがいるとは思っていなかったが。


「どこの高校行くんだ? 強豪校か?」

「バカ。弟の個人情報ベラベラ喋るか」


 颯斗が肩を軽く小突(こづ)くと男子は唇を尖らせた。


「ちぇ。あ、じゃあさ、文化祭来る?」

「多分」

「会ってみたい。お願い、余計なことはしないから」


 男子の懇願に颯斗は渋々頷いた。まだ怪我が完治していない弟を連れ回すのは気が引けるが仕方ないだろう。


 駅で男子とは別れた。電車に乗ろうとした颯斗は肩を叩かれて振り返った。


「やっほー。お疲れ颯斗君」


 スーツを着た羽南が颯斗に手を振っていた。

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